モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

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イルデフォンソ編

なりふり構っていられません

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アレハンドリナを嫉妬させようにも、僕には機会がなかった。
というのも、足の怪我が治るまで、彼女は学校を休むことになったからだ。
怪我から一週間が経ち、ある噂が校内をかけめぐった。
「お聞きになりました?クラウディオ様の……」
「ええ。毎日のように、アレハンドリナのお見舞いに行かれているそうですわ」
令嬢達がひそひそと話している。僕がいるのを気にして、ちらちら様子を窺うのが余計に腹立たしい。

会話の中に聞き捨てならないことが二つあった。
一つは、クラウディオが伯爵邸を訪れていること。
もう一つは、リナが呼び捨てにされていることだった。
僕のリナはあんな雑魚貴族の令嬢どもに呼び捨てにされるような彼女ではない。
笑みを張り付けて彼女達に近づく。
「その話、詳しく教えていただけますか?」

   ◆◆◆

翌日。
僕は中等部の中庭にいた。
呼び出した時間通りに、目当ての人物が現れた。
「こんにちは。お久しぶりです、イルデフォンソ様」
「お久しぶりです、エレナ嬢。中等部には慣れましたか?」
「はい。三年から編入しましたので、授業についていけるかどうか不安でしたが。皆様よくしてくださいます」
「それはそれは。……ところで」
くだらない挨拶は終わりだ。本題はここからだ。

「あなたの婚約者クラウディオが、私の大事なアレハンドリナに言い寄っているのをご存知ですか?」
「言い寄る……?」
エレナは厳しい顔をした。三つ編みをしたオレンジ色の髪の先を弄り、何か考えているようだ。
「それは、アレハンドリナ様の方から」
「はあ?」
僕が声を上げると、彼女はビクッと身体を震わせた。
「僕のリナが、あんなくだらない男に言い寄るとでも?」
「くだらないって……だって、そういう話になってるんだもの!」
エレナは僕に負けずに言い返すが、『そういう話』とは何なのだ。弁解にもなりはしない。
「リナは多少、他人との距離感が近いところがありますが、それを誤解したクラウディオが悪いのです。それと」
威圧するようにエレナを睨む。
「彼を繋ぎ留めておけなかったあなたも」
「なっ……!私は、別に!」
「リナが休んでいるにも関わらず、二人の噂が広まっています。あなたがぐずぐずしているから、クラウディオが他の女性に目移りするのです。年下だからと遠慮せず、自分のものにしてしまえばいいのですよ」
「……イルデフォンソ様は、アレハンドリナ様をご自分のものになさったのですか?」
ドキン。
一瞬冷や汗が出そうになった。
「勿論です。リナは僕のものだと決まっているんです。……では」
動揺を気取られぬよう笑顔を浮かべ、僕は踵を返した。

   ◆◆◆

「顔が怖いよ、イルデ」
「申し訳ございません」
殿下はやれやれと肩を竦め、僕を見てくすりと笑う。
「リナが学校に来ていないからといって、イライラするのはよくないよ?」
「殿下の思い違いです」
「そうかな。……あ、そうそう。クラウディオが悩んでいたよ」
あいつの名前を聞いて、僕の額に青筋が浮かんだ。
「何でしょう?」
「婚約解消すべきかと相談されてね。エレナはあんなに可愛いのにね」

婚約解消……。
エレナを捨てて、リナを?
「殿下。それは……」
「私は止めたよ?でもね、クラウディオはエレナとの婚約が良かったのかどうか、随分前から悩んでいたようだから、一度初心に帰ってみるのもいいと思って」
セレドニオ殿下の薦めとあっては、クラウディオも婚約を解消してしまうだろう。お墨付きをもらったようなものだ。両家の親が反対しても、エレナを捨ててリナに婚約を申し込むかもしれない。殿下も余計なことをしてくれたな。
「私にとっては、クラウディオとエレナの婚約がどうなろうと知ったことではありませんが、アレハンドリナに手を出そうと言うのなら、話は別です。私にも考えがあります」
「……怖いねえ。イルデ。君を敵に回したらアレセス家の呪いどころではなさそうだ」
殿下の言葉に軽く頷き、一礼して御前を辞した。

   ◆◆◆

クラウディオはリナに参っている。
リナはどの令嬢よりはるかに可愛いし、仕草も愛らしいから惚れるのも無理はない。遠くから眺めて称賛している多くの男子生徒と同じように、リナに関わらなければ大目に見てやろう。
だが、婚約となると……。

「私に話って、なあに?イルデフォンソ」
殿下とルカを遠ざけ、僕はビビアナを呼び出した。
クラウディオはビビアナの兄だ。他人の婚約者に手を出すのはよくないと、彼女に窘めてもらおうと思ったのだ。
「折り入って、お願いがあるのです」
控えめに話し出すと、快活な彼女は瞳をきらきらさせて僕に顔を近づけた。
「お願い?……嬉しいわ、私、お友達に頼られたことなんてなくて!」
喜んでいるところに悪いが、依頼はあなたの浮気性の兄のことだ。聞いたらさぞがっかりするだろうな。
「……あなたは、アレハンドリナと私が婚約していることをご存知でしょうか」
「うん」
即答?
その割に、兄を止めないのか?
「子供の頃に決めた話でしょう?本人達の意向は関係ないから、アレハンドリナは好きに結婚相手を……あら?違ったかしら?」
僕から異様なオーラが漂っているのを感じとり、ビビアナはさっと口元に手を当てた。
「彼女と私は、将来を約束し合った仲なのです。ベッドの柱に名前を刻んで、その日の誓いを忘れないように……」
「ベッド……」
ビビアナはうまいこと勘違いをしたらしく、両頬を手のひらで覆い、視線を彷徨わせた。
「ですから、あなたのお兄様のクラウディオが出る幕はありません。リナは私のものなのです。ずっと前から」
「ずっと前!?嘘っ」
「嘘ではありません」
わなわなと唇を震わせ、ビビアナは一歩下がった。
「イルデフォンソ……あなた、神官になれないわよ?神官は結婚できないって知ってるでしょう?」
「はい。結婚は、できませんよね」
「あ……って、ことは……アレハンドリナ様と結婚する気もないのに、その……同じベッドで……」
どう思ってくれてもいい。リナが僕のものだと、しっかり兄に伝えてくれさえすれば。
「クラウディオには婚約者のエレナ嬢がいらっしゃいます。あのように素晴らしいご令嬢がいながら、私のただ一人の人を奪うとは……ああ、悲しくて胸が張り裂けそうです」
制服の胸元を掴み、僕は悲しそうな顔で頭を振った。勿論演技だが、リナが本当に奪われると想像しただけで涙が自然と出た。
「イルデフォンソ……」
「お願いです、ビビアナ。どうか私を助けてください」
白い手を握ると、僕はその場に膝をついた。
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