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イルデフォンソ編
時には牙をむくことも必要です
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「クラウディオ、お話があります」
僕は三年の教室で、クラウディオを呼び出した。殿下のお傍にいる時以外、彼と二人で話したことなどない。だが、今日こそ話をしなくては。
「イルデフォンソ……」
「一緒に、来ていただけますね?」
行かないと言われても連れて行く。抵抗されたら、この場で決着をつけてやる。
決意をこめて見つめると、彼は観念して頷いた。
「話とは……何かな」
鍵をかけられる相談室に彼を誘導し、逃げられないように鍵をかけた。
「何、ですか……よくもそんな口をきけたものですね。あなたがリナに不埒な真似をしたことは、全校生徒が知っていますよ」
「不埒?な、何のことだ?さっぱり分から……」
ダン!
壁を拳で叩き、クラウディオを睨み付ける。
青い目がはっと開かれ、僕の形相に怯えているのだと分かった。
「……何を、したのです?」
「何も……」
「リナが怯えて逃げるようなことをしたのでしょう?公爵令息だから、伯爵令嬢のリナが断れないと思って!」
胸倉を掴み、壁に押し付ける。彼の方が筋肉質だが身長では負けていない。
「し、してない!君の誤解だっ!」
「恐ろしい思いをしたに違いない。やっとのことであなたを拒絶し逃げたのに、生徒達は総じてあなたに同情している。……何をしたのですか?裏から手を回して、リナの悪評を立て、自分だけが助かろうと」
「違う、信じてくれ!あれは、君の……うっ」
手に力を籠めると、クラウディオは息苦しそうに顔を歪めた。
「あなたの言葉など、信じるに値しません。僕が信じるのは彼女――アレハンドリナの言葉だけです。さあ、さっさと吐きなさい。リナに何をしたのです?返答如何では、この場で……」
「君が彼女を好きだと言ったんだ!」
――は?
「……嘘でしょう?」
「ほ、本当だ。アレハンドリナと君が、単なる幼馴染に見えないと言ったら、やめてくれと言って走って行ったんだ。顔を真っ赤にして。だから……」
手を離すとクラウディオは床に尻餅をついた。
「君はいつも、彼女を熱い視線で見つめていただろう?僕はそれを指摘しただけだ。……あの反応だと、アレハンドリナは君を……あっ、イルデフォンソ!」
◆◆◆
信じられない。
信じられなくて、顔がにやける。
クラウディオを置き去りにして、僕は二年の教室に戻った。
……と。
僕の教室の前をうろうろしている、赤黒い髪の彼女が目に入る。
何をしているのだろう?
伯爵家から殆ど出たことがなく、交友関係がないに等しいアレハンドリナが、二年の教室に用事がある?……誰に?
ドアを開けて誰かを呼ぶでもなく、教室に入るクラスメイトに声をかけるでもない。ただ行ったり来たりを繰り返している。ドアが開いた瞬間にそっと中を覗いている。何かがっかりして自分の教室へと歩いて行った。
何だったのだろう?
毎日休み時間に話していた時でさえ、僕の教室に来たことはなかったのに。
◆◆◆
「イルデは、卒業したら神官になるんでしょう?」
殿下とルカとビビアナと僕の四人でいた時、突然ビビアナが訊ねてきた。
「……ええ」
アレハンドリナが殿下を好いていて、殿下も憎からず思っている以上、仮にビビアナがそのまま妃になってもリナは愛人になるのかもしれない。だとしたら、僕には勝ち目がなさそうだ。リナは殿下が好きで、殿下がリナを可愛がって……。
「どうしたの?顔が暗いわ。せっかくの美人さんが台無しよ?」
「顔など、どうでもよいではありませんか」
「まあ……。好きな人と結ばれないからって、悲観してはいけないわ」
その発言は自分への激励なのか。ビビアナの言葉にルカが苦笑いをする。王太子の婚約者には手が出せない。ルカは必死に耐えているのだ。
「イルデは素敵だもの。自信を持って」
にっこり微笑むビビアナの背後で、黒いオーラを放つルカが見える。これは早く退散するに限る。
「神殿に行こうかと……本気で考え始めています」
セレドニオ殿下に寵愛されるアレハンドリナを見るくらいなら、世間から隔離された神殿の奥に籠った方がましだ。
ふとそんな気持ちになって、僕は神殿行きを口にしたのだ。
それが事件の引き金になるなど、思ってもいなかった。
◆◆◆
リナがビビアナと喧嘩したらしいと、校内の噂で聞いた。
どんな噂でも、必ずリナが悪者にされている。喧嘩の理由は諸説あり、大筋では王太子殿下を取り合ってのことだと言われた。
とうとうやってしまったのだ。
恋に目が眩んだアレハンドリナは、あの一年生だけではなく、正式な婚約者のビビアナにまで……。
どうして、それほどまでにセレドニオ殿下に執着するのだろう?クラウディオが言っていたことは嘘だったのか?僕を憎からず思っていたのではないのか?
「憂い顔だね、イルデ」
「はっ……申し訳ございません」
セレドニオ殿下は鋭い。僕の物思いなど見透かしているのではないか。
「影のある君も素敵だと、令嬢達が騒いでいたよ。人気があるね」
人気などいらない。僕は一人に愛されればそれでいい。
「殿下の足元にも及びません。私は……殿下が羨ましい」
「そう?イルデも人気だぞ?そんなに僻むなよ」
ルカは僕の肩を叩き、自分に言うように励ました。隣でビビアナが愛想笑いをする。
話しながら廊下を歩き、職員室の近くまで来ると、後ろからヒールの高い靴音がした。
「イルデフォンソ君!」
「……アリアドナ先生。私に何かご用ですか?」
「すぐにセレーネ修道院へ行って」
「修道院……ですか?」
先生は腰に手を当て、キッと僕を見つめた。
「あなたがはっきりしないのがいけないのよ。アレハンドリナは修道女になるために、セレーネ修道院へ向かったわ」
僕は耳を疑った。
僕は三年の教室で、クラウディオを呼び出した。殿下のお傍にいる時以外、彼と二人で話したことなどない。だが、今日こそ話をしなくては。
「イルデフォンソ……」
「一緒に、来ていただけますね?」
行かないと言われても連れて行く。抵抗されたら、この場で決着をつけてやる。
決意をこめて見つめると、彼は観念して頷いた。
「話とは……何かな」
鍵をかけられる相談室に彼を誘導し、逃げられないように鍵をかけた。
「何、ですか……よくもそんな口をきけたものですね。あなたがリナに不埒な真似をしたことは、全校生徒が知っていますよ」
「不埒?な、何のことだ?さっぱり分から……」
ダン!
壁を拳で叩き、クラウディオを睨み付ける。
青い目がはっと開かれ、僕の形相に怯えているのだと分かった。
「……何を、したのです?」
「何も……」
「リナが怯えて逃げるようなことをしたのでしょう?公爵令息だから、伯爵令嬢のリナが断れないと思って!」
胸倉を掴み、壁に押し付ける。彼の方が筋肉質だが身長では負けていない。
「し、してない!君の誤解だっ!」
「恐ろしい思いをしたに違いない。やっとのことであなたを拒絶し逃げたのに、生徒達は総じてあなたに同情している。……何をしたのですか?裏から手を回して、リナの悪評を立て、自分だけが助かろうと」
「違う、信じてくれ!あれは、君の……うっ」
手に力を籠めると、クラウディオは息苦しそうに顔を歪めた。
「あなたの言葉など、信じるに値しません。僕が信じるのは彼女――アレハンドリナの言葉だけです。さあ、さっさと吐きなさい。リナに何をしたのです?返答如何では、この場で……」
「君が彼女を好きだと言ったんだ!」
――は?
「……嘘でしょう?」
「ほ、本当だ。アレハンドリナと君が、単なる幼馴染に見えないと言ったら、やめてくれと言って走って行ったんだ。顔を真っ赤にして。だから……」
手を離すとクラウディオは床に尻餅をついた。
「君はいつも、彼女を熱い視線で見つめていただろう?僕はそれを指摘しただけだ。……あの反応だと、アレハンドリナは君を……あっ、イルデフォンソ!」
◆◆◆
信じられない。
信じられなくて、顔がにやける。
クラウディオを置き去りにして、僕は二年の教室に戻った。
……と。
僕の教室の前をうろうろしている、赤黒い髪の彼女が目に入る。
何をしているのだろう?
伯爵家から殆ど出たことがなく、交友関係がないに等しいアレハンドリナが、二年の教室に用事がある?……誰に?
ドアを開けて誰かを呼ぶでもなく、教室に入るクラスメイトに声をかけるでもない。ただ行ったり来たりを繰り返している。ドアが開いた瞬間にそっと中を覗いている。何かがっかりして自分の教室へと歩いて行った。
何だったのだろう?
毎日休み時間に話していた時でさえ、僕の教室に来たことはなかったのに。
◆◆◆
「イルデは、卒業したら神官になるんでしょう?」
殿下とルカとビビアナと僕の四人でいた時、突然ビビアナが訊ねてきた。
「……ええ」
アレハンドリナが殿下を好いていて、殿下も憎からず思っている以上、仮にビビアナがそのまま妃になってもリナは愛人になるのかもしれない。だとしたら、僕には勝ち目がなさそうだ。リナは殿下が好きで、殿下がリナを可愛がって……。
「どうしたの?顔が暗いわ。せっかくの美人さんが台無しよ?」
「顔など、どうでもよいではありませんか」
「まあ……。好きな人と結ばれないからって、悲観してはいけないわ」
その発言は自分への激励なのか。ビビアナの言葉にルカが苦笑いをする。王太子の婚約者には手が出せない。ルカは必死に耐えているのだ。
「イルデは素敵だもの。自信を持って」
にっこり微笑むビビアナの背後で、黒いオーラを放つルカが見える。これは早く退散するに限る。
「神殿に行こうかと……本気で考え始めています」
セレドニオ殿下に寵愛されるアレハンドリナを見るくらいなら、世間から隔離された神殿の奥に籠った方がましだ。
ふとそんな気持ちになって、僕は神殿行きを口にしたのだ。
それが事件の引き金になるなど、思ってもいなかった。
◆◆◆
リナがビビアナと喧嘩したらしいと、校内の噂で聞いた。
どんな噂でも、必ずリナが悪者にされている。喧嘩の理由は諸説あり、大筋では王太子殿下を取り合ってのことだと言われた。
とうとうやってしまったのだ。
恋に目が眩んだアレハンドリナは、あの一年生だけではなく、正式な婚約者のビビアナにまで……。
どうして、それほどまでにセレドニオ殿下に執着するのだろう?クラウディオが言っていたことは嘘だったのか?僕を憎からず思っていたのではないのか?
「憂い顔だね、イルデ」
「はっ……申し訳ございません」
セレドニオ殿下は鋭い。僕の物思いなど見透かしているのではないか。
「影のある君も素敵だと、令嬢達が騒いでいたよ。人気があるね」
人気などいらない。僕は一人に愛されればそれでいい。
「殿下の足元にも及びません。私は……殿下が羨ましい」
「そう?イルデも人気だぞ?そんなに僻むなよ」
ルカは僕の肩を叩き、自分に言うように励ました。隣でビビアナが愛想笑いをする。
話しながら廊下を歩き、職員室の近くまで来ると、後ろからヒールの高い靴音がした。
「イルデフォンソ君!」
「……アリアドナ先生。私に何かご用ですか?」
「すぐにセレーネ修道院へ行って」
「修道院……ですか?」
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