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イルデフォンソ編
あなたと一晩過ごしたいのです
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――リナが、修道女に!?
「ああ、ごめんなさい、イルデ。私、リナ様に……あなたが神官になると言ってしまったの」
ビビアナがその場に崩れ落ち、ルカが彼女の肩を抱いた。
「イルデフォンソ。私の馬を使いなさい。どこかに置いてきても自分で帰れる賢い子だから」
殿下は王家の紋章入りのハンカチを僕に渡した。
「これを見せて、私の命令だと言えばいい」
「ありがとうございます、殿下」
頭を下げてすぐに廊下を駆け出す。
一刻も早く追いついて、リナの誤解を解かなければ。
厩には殿下の馬が繋いであった。厩番に事情を話し、殿下のハンカチを渡すと、すぐに馬を貸してもらえた。
「これを被っていきな」
つばが大きい黒い帽子を被せられる。
「普段は馬車で歩いているんだろう?日焼けするぞ」
色白だとは自覚している。少しムッとすると、厩番は豪快に笑って馬の尻を叩いた。
◆◆◆
セレドニオ殿下の駿馬は素晴らしかった。しばらく走ると、すぐにリエラ伯爵家の馬車が見えてきた。追い越して前に回り、御者を脅して馬車ごとアレハンドリナを攫う。黒い帽子で顔を隠し、まるで誘拐犯だ。
まさか自分がこんな思い切ったことをするとは思わなかった。こうなったら勢いだ。
修道院に行くというリナをどこかに閉じ込めて、一晩中かかっても説得しよう。
……一晩中?
一晩……リナと、一晩……。
◇◇◇
ベッドに投げ出され、リナの身体がマットレスに弾む。ワイン色の髪が白いシーツに広がり、たれ目がちの大きな瞳が僕を見つめる。
「お願い、イルデ。私を修道院に行かせて」
「神にお仕えする?あなたが?……ハッ、笑わせてくれますね」
ネクタイを解いて、嫌がるリナの手首をベッドの柱に縛る。両手の自由を奪われたリナは、泣きそうな顔で僕を詰る。
「こんなこと……していいと思ってるの?あなた、神官になるんでしょ?」
「言いましたよね?神官は結婚はできませんが、恋愛は禁止されていません」
「都合のいい解釈ね」
「……黙って、リナ。あなたは自分の置かれた状況を分かっていないようですね。今宵一晩、僕はあなたを好きにできるというのに」
「あっ、待って……」
細く白い首筋に唇を這わせ、吸い上げて痕をつける。
「一つ目。……あなたが僕に愛された証拠です。身体中につけてあげますよ」
「やめて」
「では、思い直してくれますか?神のものではなく、僕のものになると」
「イルデ……」
「リナ。……愛しています」
「……私も、好きよ。ずっとあなたが――」
◇◇◇
はっ。
いけない。
つい妄想に浸ってしまった。
気づけば同じ場所を何度も走っていたようだ。周りの景色に見覚えがある。
人通りが少ない山道で助かった。事故を起こすところだった。
神官になる僕を追って、修道院に入ろうとしたのなら、リナは……。
僕が好きなのだろうか。
クラウディオや殿下ではなく、僕を?
それとも、殿下への恋に絶望して、修道院行きを思い立ったのだろか。
推測だけでは不安だ。はっきり本人の口から聞きたい。
道の片側に馬車を寄せ、僕は御者席から下りた。
破裂しそうなほど高鳴る胸に手を当て、一つ深呼吸をしてドアを開けると、愛しい彼女は上半身を座席に横たえて、すうすうと寝息を立てていた。
……うん。
そうだった。
リナはこういう令嬢だった。
良く言えば何事にも動じない、悪く言えば常に緊張感が足りない。
押しかかるようにしてそっと頬を撫でると、何度か瞬きして瞳が開いた。
赤い唇が半開きになって、吐息交じりの呟きが耳をくすぐる。
「……ど、して……?」
どうして、だって?
「誘拐されて寝ているなんて……どれだけ危機感がないんですか、あなたは」
本物の誘拐犯だったら、寝ているうちに殺されても文句は言えないのだ。学校に入るまで数えるくらいしか家から出たことがなかった彼女には、そもそも常識が不足している。学校でも僕がいない時はいろいろやらかしているのだ。自分ではしっかりしているつもりらしいが。
「修道院に……行こうとしたのですか?」
リナの顔がさあっと青ざめた。
分かりやすいな。行こうとしたのは本当なのだ。
「あー、えー、ん?」
「誤魔化そうとしても無駄です。私の目を見て、違うと言えますか?」
顔を近づけて視線を無理に合わせる。
「違くないけど、ね、ほら、たまには……」
「信心の欠片もないあなたが、修道院に行って何をするんです?修道女が務まるわけがありませんよね」
「くっ……」
リナの信心の浅さは折り紙つきだ。現役神官の僕の叔父上が嘆いていたほどだ。
言い訳を考えているのかと思っていたが、彼女は顔を上げて僕を睨んだ。
「イルデなら神官になれても、私はダメだっていうの?」
「えっ……」
ビビアナから聞いた話をここで持ち出すのか?
では、リナが修道院行きを決めた理由は、殿下やクラウディオにはなくて……。
頬に熱が集まる。怖いくらいに心臓が早鐘を打つ。
「イルデが良くて、何で私がダメなのよ!そんなのおかしいわ!」
「あの……リナ?」
期待してしまう。僕を追って神の道へ進もうとしたと言ってくれるのだろうか。
「ビビアナ様から聞いたわ。神官になって神に生涯を捧げるんでしょ?いいわよね、自分は俗世間から離れちゃえば楽だもの。残された私がどんなに辛い目に遭うかなんて思いもしないんでしょ!」
辛い?
僕が神殿に入ったら、リナは辛い目に遭うのか?
残されたら……って、僕に残されるのを恐れている?
「私がっ……死ぬより辛い目に遭うのに」
「リナっ……」
ごめんね。リナ。
君を追い詰めて、僕は最低の男だ。
馬車の席に横になった彼女をぎゅっと抱きしめた。
――もう、放さない。
「あなたが、それほどまでに思いつめていたなんて……僕は何て愚かだったんだ……」
「そ、そうよ。イルデが悪いんだからね!」
ああ。何とでも言ってくれ。
全部僕が悪いんだ。
「ああ、ごめんなさい、イルデ。私、リナ様に……あなたが神官になると言ってしまったの」
ビビアナがその場に崩れ落ち、ルカが彼女の肩を抱いた。
「イルデフォンソ。私の馬を使いなさい。どこかに置いてきても自分で帰れる賢い子だから」
殿下は王家の紋章入りのハンカチを僕に渡した。
「これを見せて、私の命令だと言えばいい」
「ありがとうございます、殿下」
頭を下げてすぐに廊下を駆け出す。
一刻も早く追いついて、リナの誤解を解かなければ。
厩には殿下の馬が繋いであった。厩番に事情を話し、殿下のハンカチを渡すと、すぐに馬を貸してもらえた。
「これを被っていきな」
つばが大きい黒い帽子を被せられる。
「普段は馬車で歩いているんだろう?日焼けするぞ」
色白だとは自覚している。少しムッとすると、厩番は豪快に笑って馬の尻を叩いた。
◆◆◆
セレドニオ殿下の駿馬は素晴らしかった。しばらく走ると、すぐにリエラ伯爵家の馬車が見えてきた。追い越して前に回り、御者を脅して馬車ごとアレハンドリナを攫う。黒い帽子で顔を隠し、まるで誘拐犯だ。
まさか自分がこんな思い切ったことをするとは思わなかった。こうなったら勢いだ。
修道院に行くというリナをどこかに閉じ込めて、一晩中かかっても説得しよう。
……一晩中?
一晩……リナと、一晩……。
◇◇◇
ベッドに投げ出され、リナの身体がマットレスに弾む。ワイン色の髪が白いシーツに広がり、たれ目がちの大きな瞳が僕を見つめる。
「お願い、イルデ。私を修道院に行かせて」
「神にお仕えする?あなたが?……ハッ、笑わせてくれますね」
ネクタイを解いて、嫌がるリナの手首をベッドの柱に縛る。両手の自由を奪われたリナは、泣きそうな顔で僕を詰る。
「こんなこと……していいと思ってるの?あなた、神官になるんでしょ?」
「言いましたよね?神官は結婚はできませんが、恋愛は禁止されていません」
「都合のいい解釈ね」
「……黙って、リナ。あなたは自分の置かれた状況を分かっていないようですね。今宵一晩、僕はあなたを好きにできるというのに」
「あっ、待って……」
細く白い首筋に唇を這わせ、吸い上げて痕をつける。
「一つ目。……あなたが僕に愛された証拠です。身体中につけてあげますよ」
「やめて」
「では、思い直してくれますか?神のものではなく、僕のものになると」
「イルデ……」
「リナ。……愛しています」
「……私も、好きよ。ずっとあなたが――」
◇◇◇
はっ。
いけない。
つい妄想に浸ってしまった。
気づけば同じ場所を何度も走っていたようだ。周りの景色に見覚えがある。
人通りが少ない山道で助かった。事故を起こすところだった。
神官になる僕を追って、修道院に入ろうとしたのなら、リナは……。
僕が好きなのだろうか。
クラウディオや殿下ではなく、僕を?
それとも、殿下への恋に絶望して、修道院行きを思い立ったのだろか。
推測だけでは不安だ。はっきり本人の口から聞きたい。
道の片側に馬車を寄せ、僕は御者席から下りた。
破裂しそうなほど高鳴る胸に手を当て、一つ深呼吸をしてドアを開けると、愛しい彼女は上半身を座席に横たえて、すうすうと寝息を立てていた。
……うん。
そうだった。
リナはこういう令嬢だった。
良く言えば何事にも動じない、悪く言えば常に緊張感が足りない。
押しかかるようにしてそっと頬を撫でると、何度か瞬きして瞳が開いた。
赤い唇が半開きになって、吐息交じりの呟きが耳をくすぐる。
「……ど、して……?」
どうして、だって?
「誘拐されて寝ているなんて……どれだけ危機感がないんですか、あなたは」
本物の誘拐犯だったら、寝ているうちに殺されても文句は言えないのだ。学校に入るまで数えるくらいしか家から出たことがなかった彼女には、そもそも常識が不足している。学校でも僕がいない時はいろいろやらかしているのだ。自分ではしっかりしているつもりらしいが。
「修道院に……行こうとしたのですか?」
リナの顔がさあっと青ざめた。
分かりやすいな。行こうとしたのは本当なのだ。
「あー、えー、ん?」
「誤魔化そうとしても無駄です。私の目を見て、違うと言えますか?」
顔を近づけて視線を無理に合わせる。
「違くないけど、ね、ほら、たまには……」
「信心の欠片もないあなたが、修道院に行って何をするんです?修道女が務まるわけがありませんよね」
「くっ……」
リナの信心の浅さは折り紙つきだ。現役神官の僕の叔父上が嘆いていたほどだ。
言い訳を考えているのかと思っていたが、彼女は顔を上げて僕を睨んだ。
「イルデなら神官になれても、私はダメだっていうの?」
「えっ……」
ビビアナから聞いた話をここで持ち出すのか?
では、リナが修道院行きを決めた理由は、殿下やクラウディオにはなくて……。
頬に熱が集まる。怖いくらいに心臓が早鐘を打つ。
「イルデが良くて、何で私がダメなのよ!そんなのおかしいわ!」
「あの……リナ?」
期待してしまう。僕を追って神の道へ進もうとしたと言ってくれるのだろうか。
「ビビアナ様から聞いたわ。神官になって神に生涯を捧げるんでしょ?いいわよね、自分は俗世間から離れちゃえば楽だもの。残された私がどんなに辛い目に遭うかなんて思いもしないんでしょ!」
辛い?
僕が神殿に入ったら、リナは辛い目に遭うのか?
残されたら……って、僕に残されるのを恐れている?
「私がっ……死ぬより辛い目に遭うのに」
「リナっ……」
ごめんね。リナ。
君を追い詰めて、僕は最低の男だ。
馬車の席に横になった彼女をぎゅっと抱きしめた。
――もう、放さない。
「あなたが、それほどまでに思いつめていたなんて……僕は何て愚かだったんだ……」
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全部僕が悪いんだ。
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