会長にコーヒーを☕

シナモン

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4話 機嫌の悪い日々

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「では、51、52階は禁煙、ということでよろしいですかな」

 朝の会議。社長がまとめて、決定した。分煙は各部署に任せているが、これで我が社はほぼ全フロア禁煙となる。
 会議室の席を立ちながら専務の一人が口を開いた。

「……市川君がいなくなって、少しずつですが給湯室や休憩室が乱れてきている。今まであの子が整理していたのですよ。白本くんが言ってましたが、共用のロッカーもです。毎日使う度きれいにしていた。なかなかできませんよ、誰にいうでもなく。感心ですな。さりげなくそういうことができるのです。躾が行き届いている。

 ーー会長、ご存知ないのでは」

 ーーえっ。

 すぐに言葉が出ない。
 別の重役が答えた。

「ーーああいう子を『リア充』というのでしょうな。いつも明るく友だちも多そうだ。良い人選でしたな。何より秘書室の雰囲気が良くなっている。どうですかな、人事に言って、我が社の社員選考基準を考え直してみては」
「そうですね。飲食店店員の経験が生きているのでしょう。人間性や協調性を重視した項目を入れても良いかもしれませんな」

「会長、市川くんの際、そういうこまかいエピソードを入れると話に奥行きが出て感動を呼びますよ。新郎側への受けもいいでしょう。是非入れてみられては」


 ーー!? 
 今、なんて……。


「……あ、ああ、専務、会長も困惑なさるでしょう。突然そんなことを言われてもねえ……」
「ささ、行きましょう」

 社長副社長が専務を囲った。


「? いやいや、先ほどの話の続きですよ、ほら、秘書の披露宴の話をしていたでしょう、スピーチを頼まれたと……」
「あーー、そうでしたね、あちらでしましょう」「社長ーー?」「さあさあ」


 ささささ…。

 みんな出て行った。


 ひ、ひろうえん?
 祝辞ーー!?

 なぜそんな話が成り立つんだ。
 あの子の花嫁姿を来賓席で拝むーー。
 そんな視点があったか…。


 確かに私は彼女の上司だ
 このままいけば……いつかあの子の披露宴で祝辞を述べる役をやらねばならない……。


 ゴツ…
 ガラス張りの窓に突っ伏した。




「あの、会長…」

 声をかけられるまでそのままだった。秘書室長が立っていた。

「長嶺知事が私的にお話がしたいと言われています。ハイアットのピークラウンジにきていただきたいと」
「ああ、そうか」
「あの…お気分でも悪いのですか」
「いや。行こう」

 姿勢をなおそうとしてふらっときた。
 私的に? あのことか…。
 …マナーモードのままだった。
 頭が働かない。疲れがたまっているのだ。
「白本くん」何とか立て直し、「…いつもありがとう」力なく振り返ると、彼女は一瞬ハッとしてすぐに礼をした。





「やあ、行ってきたんだよ。コウダさんのところ」

 ホテルの指定の場所に行くとこっちこっちと手招きされた。「今日はうるさいのまいてきたよ」なるほど一人で座っている。

「代替わりするんだねえ。孫に会わせてもらったが、いい子じゃないか。ゴードンの話をしたら盛り上がったよ」

 ーー!?
 いきなりなんの話だ。

「星川先生は宇部出身だからねえ。賛同者が増えて嬉しいよ」

 賛同者?
 宇部出身?

「養殖をやめるんだねえ。今持ってる在庫は秋穂の親戚に譲るそうだよ。なあ、あの土地、更地にするのなら考えてみてはどうだ、ーーミュージアム」

 ーー!

「バカな。まだ何も決まっちゃいないぞ。極秘だ」

 しまった。彼を行かせるべきではなかったか?
 地権者に余計な情報吹き込むんじゃない。

「まあまあ、世間話だよ。私も半分宇部の人間だからな」

 ーーなに?

「故郷にとって何が一番かいつも考えているんだよ。聞いて回った中ではゴードン関連が一番熱心だ。ただ庶民に限って言えばモールだな」

 モール…。またか。

「スーパーに頼んで意見箱置いてもらったんだよ。見てくれ。子供の書いたのもある。これを見るのが楽しみなんだ。私の宝ものだ」

 ばさっと紙の束を渡された。「私への要望だ」

 鉛筆手書きのメモ書きだ。


『〇オ◯を作って』

『山口にモールを』

『モール希望。小倉まで行くのは疲れます』

 一様に他社の……。

「大人気だな」

 これを私に見せてどうしろと?

「長嶺くん。いい方法がある」
「なんだね」
「そこに名指しの企業に言いたまえ。ライバル社だが」

 失礼な話だ。

「はっは、そうじゃない、みんなモールが大好きなんだよ、とくにフードコートがね」
「フードコート? とは?」

 聞き返すと、知事はそこかい、と表情を変え説明を加えた。

「ああ、カフェテリアのようなものか」

 社員または学生食堂ー。知事はゆっくり首を振る。

「フードコートは我々庶民からすると集会所みたいなところだよ。ワンコインで長時間過ごせる。綺麗で広くて年寄りにも子供にも使い勝手がいい。私もよく打ち合わせに使ったもんだ。ああいう場所が欲しいんだ。…何か名案はないかね、ミュージアム、モール…」
「…だからそれは専門の業者に言いたまえ。…君、当選前と言うことが違うぞ。買い物したい者は、“他県”へ行けと言ってなかったか? その“他県”と同じところを目指しているじゃないか」
「だからそれは仕方ないんだよ。君も知事になってみればわかる」
「なるわけない」
「私の希望はごみ処理施設だ。それは今も変わらん。だが、みんなの希望はやはり……。そういうことだ。県の声に従わねばならん。みんなモールが好きなんだよ」
「だからそれは他社に……」

 だからだからの応酬…。反論するのも無駄である。その話をしにきているのだ。それから一時間強、理想論に近い話は続いた。

「ーー要するに誘致の要望か? 何なら県に売却するぞ。地権者に根回ししたまえ」
「そうするとまた白紙じゃないか。今のままでは予算がきついんだよ」
「……前も言ったが我が社は商業施設は不得手なんだよ」

 専門業者に頼むのが妥当だ。

「このご時世、そんなこと言っとられんだろう。九条くん、君はこんな恵まれた環境にいるから地方の人間の気持ちがわからんのだよ。少しは下界を歩いてみたらどうだね」彼は大げさに手を広げ、窓の向こうを向いた。「いい眺めじゃないか。なあ、九条くん、この景色を見ることなく一生を終える者もいるのだよ」摩天楼を指して。

「そう言われても」むしろ閉じ込められている気がするのだが。籠城だ、目の前のビルに。食事もままならずーー。もう二週間になる。キツイ。

「ーーああ、時間切れだ。まあ、宇部の件は考えておいてくれ」

 知事の携帯が鳴り、去っていった。いかにも旅行会社にいそうな、セカセカキビキビした動きだ。その後ろ姿に言えなかったセリフをぶつける。

 ーー何の話だったんだ!

 ミュージアムを作れだと!?  無理だ。商圏を考えろ。さすがにあの中東の話と同じにはいくまい。勝手に話を持ち込むな。それより件の真相はどうなった? さっぱり出てこなかったじゃないか。モールなんかどうでもいい、あそこで何があったか知りたいんだ。

 ーー何をしに行ったんだ!


 彼が置いていった『メタル戦士ゴードン』のグッズーー渋いメタリックカラーのフィギュアを手に取ってみる。


 ーーこんなもの。ちゃっかり宣伝させるつもりか。


 会長室で配ってくれと袋ごと渡されたのだ。

 哀愁を感じさせるいぶし銀のボディ。ギラリ嫌な予感が走る。
 地権者と地元の有志、自治体の長……勝手に計画が進んでしまいそうで恐ろしい。


「ああ……」


 奴はスピーチがうまいが、私が丸め込まれてどうする……。

 あんなところにミュージアムだと? 数年後には沈んでいるさ。

 ここはビシッと、つまらぬ絵空事の芽は摘んでおかねばな。







  。 .+。☆。+. 。
  。┼*   *┼。
  * ゚:   :゚ *
    ☆   ☆

 ー∩♀ーweddingー∩♀ー


 おめでとう、おめでとう……

 良く晴れた日、教会の鐘が鳴る。


 キラキラ光が差し込む祭壇に並んで。


 ーーでは、誓いのキスをーー


 恥ずかしそうに見上げる花嫁。


 ベールを上げる…


 男の顔がアップに。



 ーー!?





 そこで目が覚めた。
 同時に飛び起きる。

 なんだ、心臓に悪い。

 あの子とあの男の結婚式ーー?

 寝付きが悪い上にこんな夢を見るとは。


 ーー祝辞なんて言うからだ!


 私が祝辞……。

 いや、祝辞どころか仲人までやらされかねない…。


 No~~~~~~~~~………………!


 ーーやはりあの携帯は邪魔だ!

 ベッド脇のスマホを乱暴に掴んだ。

 まだ真夜中。薄暗いホテルの部屋で光る画面。


 検索!

 破壊、破壊、破壊……

 壊したい!

 あの男は危険だ。
 あの穏やかな笑顔。
 何かの拍子に簡単にさらわれていきそうではないか。


 検索し続けること数時間、うっすら明るくなってきた頃。

 ーーなるほど、この手があったか。

 ある記事に光を見出した。

 ーー簡単だ。緑川にやらせよう。

 少々恥ずかしい思いをするだけだ……できる。




 出社してすぐ、引き出しにストックしていたタバコのカートンをゴミ箱に投げ込んだ。
 今日は退院の日。
 嬉しいはずなんだが、ボロボロだ…。


 昼過ぎ、人がやってきた。

「九条会長、資料をお持ちしました」

 御堂及び男性社員が一人。

「ショッピングモール視察のご参考に。私、建築関係のHPもってまして、モールや巨大建造物についていろいろまとめてます。よかったらお目通しください」

 巨大…? そういえば神殿が好きとか言っていたな。「どうぞ」プリントアウトしたものを束ねたらしい冊子を渡された。

「君は付き添いか」
「はい、初めまして、九条会長。TLCプラントソリューション柚木です」
「君が柚木くんか」

 プラントの評価が高い例の技師。
 幕張で遠目に見た真面目な印象そのままだ。

「君たちの評判は上々だね。まずはおめでとう」
「ありがとうございます。僕も建築かじってまして」
「そうか」
「モール関連のブログやってるんですが、よろしければ参考にしてください」とタブレットで見せられた

 webサイト、

 ーーショッピングモールに住みたい人のブログーー

 ほうー? のんびり口調だが堂々として評価にたがわぬ個性の持ち主らしいな。いきなり自ブログの紹介とは…。

「読者に色々アンケートとってるんです。モール好きのオフ会なんてのもやってまして、熱く語っちゃってます。あるデータによるとモールに休憩所を増設したところ売り上げが5%アップしたそうで…」

 アンケート。有効投票数10万人強。結構な数だな。

「あとこちらは建築バカ…いえ、建築好きが集まって好き勝手言ってるSNSです。各国の巨大建造物の一覧などあります。会長がメディソンにいらした頃手がけられたマークスも載ってます。会長のお仕事ぶり尊敬します。設備投資にしても柱の太さとか一切手抜きしない」
 御堂から別のページを差し出された。
「よく知ってるね」
 何年前の話だ。
「短期で回復したのは有名です。外観もすごく素敵です」
「それはそうだが、私は会社の方針に従っただけだよ。設計は全くノータッチだ」
「いえいえ、ファンもいますって。ーーあ、これ、お客様アンケートですか? 見てもいいですか」とデスクにほったらかしだった先日の意見書に綺麗な爪先の手を伸ばした。「ああ」

「ーーー“お母さんの買い物が長いのでモールにもっとソファ置いてください”、わかるー。よく子供が座り込んでゲームしてますよね」

 見るだけじゃなく声に出して読み上げるか…。隣の男もだ。

「“僕の希望はステーキ屋とハンバーガー屋とゲームショップです。よろしくお願いします”、あはっ、僕も同じですー」

「“お父さんに福岡のショッピングモールに連れて行ってもらいました。広くてきれいでした。時間が足りなかったです。山口にもあったらいいのに”、作文みたいですね。かわいー」

「コレ、[ゴードンパーク]ってイラスト入りですよ。へー、こういうのもやってるんですか、ここの会社って」

「いや、それは…」

 この者たち…すぐに入っていけるのだな。勝手に盛り上がり出した。

「ゴードンってなんでしたっけ、キャッチフレーズ、えっと、音速のソニック、じゃなくって……」
「硬質のメタリック」
「ああ、そうそう! 思い出しましたー!町工場のくず鉄がエネルギー源なんですよね。僕、親近感を覚えます♪」
「子供が家のガラクタ持ってきて『ーーこれで仇を討ってくれ!』とか」
「わー、それそれ。僕、メタルコイン集めてました」
「今の子にはピンと来ないでしょうね。コインなんて」
「電子マネーですしね。…ゴードンにお願いするとガラクタが片付いてスッキリするんですよね♪」

 …誰の前で喋っているのだ。えんえんと……。黙っているとそのまま最後の一枚まで読み上げた。

「アンケート見るのって楽しいですね♪」
「なんかはりきっちゃう♪ あ、会長、シドニー経由で行程表出しときました」

「あ、ああ……」

「中東の計画楽しそうですね! 主宰はステキな女性の方だとか。僕もお会いしたかったです!」
「また会えますよ。まずはゴールドコースト成功させましょう! 柚木さん、英語の説明頑張って」
「yahー♪ 」

 ワイワイ楽しそうに。

「会長もいらっしゃるんですよね。ご一緒できて光栄です。ああ、毎日夢みたいです♪ どんどん世界が広がって」
「私もそうですよ。毎日楽しくて仕方ありません♪ 成功させましょうね」
「ハーイ」


 仲良く帰っていった。
 そんなに楽しく進むわけがないだろう。
 まっったく、どうなっているんだ、ここ最近、浮かれすぎだぞ……!





 実に重苦しい二週間だった。

 最後の仕上げ、退院した市川香苗から衝撃の事実を聞かされる。



 携帯を池に落としたというのだ。(自分も落っこちたが)


「なんだ、そういうことだったのか」


 そうだったのか!……思わず高笑い。

 取り越し苦労だった。

 ついでにストラップも片付いていたとは。

 ひとまず安心だ。


 いーーーや…

 念には念をだ
 ちょうどいいじゃないか、どうせ廃業するんだ、
 二度と出てこないよう徹底的に整地してやる!
 最終権限は私にあるのだから。

 まずはスマートフォンに買い替えさせて。

「携帯買わなくちゃ…」
「ふふん、買ってあげようか?」
「えっ、いいんですか」
「ああ。だが条件がある」
「条件?」
「まず、私の前でいじらないこと」

「はい」

「待ち受け画面を変えること」

 …返事をしなさい。

「いいな」
「って、どういう」
「どういうじゃない、やめなさい」
「えーー、それは自由じゃないですか」
「他人に誤解されるような行為は止めるべきだ」
「でも」
「では一体どう言う関係なんだ?」
「いや、その、ちょっとしたお守りというか…」
「お守り? 何がお守りなんだ、何も役に立ってないじゃないか、この度だって…キミ、死にかけたんだぞ!」

 九死に一生を得たと思ったら。またこれ…

 そんなに未練があるのか、、


「どうする? キミが決めなさい」


 ……。


 迷ってる。



 なぜそこで間が空くのだ・・・・・。


 ああ、またあの男の顔が。



「……会長、機嫌悪いです?」


 彼女は恐る恐る目線を上げ、こちらをうかがう。


 ……。


 そう見えているのなら、早く答えてくれないか。



 いったい誰のせいで…。







 完

 ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇


 視点固定のままではわかりにくい箇所を捕捉しました。…余計わかりにくいかもしれません…すみません。

 また、お話の中では山口県宇部市周辺に大型商業施設がないとなっていますが、事実と異なります。話の展開上そのようにさせていただきました。実際はこの地域にはモールが集中しており山口県有数の商圏となってます。話のような場所は存在しません。どうかあらかじめご了承ください。


 お読みくださりありがとうございました。
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