会長にコーヒーを☕

シナモン

文字の大きさ
69 / 153
3話 はじめての課題

29

しおりを挟む
「市川さん、災難だったわね」
「すみません、ご迷惑おかけしました」

次の週の金曜日、室長に付き添ってもらって無事退院した私は秘書室でみんなに挨拶をして回った。

「怖いわねえ、食中毒?」吉永さんは心配そうに顔をしかめた。
「は、はあ…」
「会長、いつもあなたにお世話になってるからお礼のつもりで行かせてあげたんでしょうに」
「そうね、ご予定が重なってしまったものね」
「せっかくの出張休みの予定が…仇になったわね」

そうなのかな…そんな感じじゃなかったけど…そう言われればそうかもしれない…『ゆっくりしておいで』と送り出してはくれたんだよね。

「そうねえ、まさかあんなことになるなんて…」

ヒーすみませんーー

「今週入って急にバタバタしちゃって…今篠田専務が山口に行ってるわ」

えっ、もしかして、事後処理?
やばい、ばれちゃったかな…池…

「ふふ、気にしなくていいのよ」
「はあ」

一時危篤だったらしい私はえらくホテルライクな部屋に入れられていた。
落ち着いたブラウンの木目調の家具にベッド、ソファまであって、とても病室と思えない二十畳ぐらいありそうな部屋…
眺望もすごい。
窓の向こうーー富士山が見える。
その前にそびえる新宿摩天楼。
いつも眺めてるビル群をうちの会社含めて更に外側から見てるわけだ。
ギリギリ新宿の…東京ドーム辺りか。
治療といっても手術したわけじゃなくひたすら栄養剤投入…カルシウム注射、ミネラル点滴…最後の3日はそれが高濃度ビタミンC点滴に変えられた。
高濃度ビタミンC!
私はときめいた。
これって保険適用だよね?
1本1万円は下らないと聞く…の2割負担?
はあー…点滴のチューブの先に吊るされた液体をうっとり眺める…
ラッキィィ…女子の憧れ高濃度ビタミンC!こんな治療法あるんだー。
みるみるパワーチャージされてく…すごい実感…
メシは当然上げ膳据え膳だし壁付けのテレビでDVD見放題、寝具もふわふわで昼も夜もぐっすり…
という具合に快適な入院生活を過ごした私。入院1日1万円…どころじゃなさそうだけど…気にしない気にしない…本格復帰は来週ね。

「初めてだったらしいわね。AED使ったの」

うわぁ恥ずかしいーー…。AED当てられて結構な緊急事態だったらしい。

「あ、そうだ、社長に使い方おさらいしておくよう言われてたんだわ」室長が言った。
「社長室と副社長室に置いてはどうかともおっしゃってましたね」と春日さん。
「そうよねえ。お二人とも健康を気遣ってらっしゃるから」
「えーてことは私が覚えなきゃいけないの?ムリムリムリ…」
「何言ってるの、吉永さん。当然でしょ、社長のお年を考えたら…私たちがお助けしないと。会長はまだお若いからあれだけど…ねえ?」
「そうね。自分の身は自分で守るわ」
「何の話なの」
「大丈夫っすよ、あんなの簡単っすよ、全部器械まかせでしたよ」
「ああ、講習、春日くんが受けてきたんだっけ」
「ドクターに言って全員習っておいた方がいいわね。市川さん、後で一緒に行きましょう」
「はい」

そして上司様にご挨拶…室長と一緒に会長室へ上がった。久々の広い通路。そういえば最初の日も室長に連れられて来たんだわ。なんか振り出しに戻ったって感じだな。

「失礼します」

無駄に広い部屋。「じゃ、また後でね」
室長が出て行って優しくハグ…
…されるわけもなく会長は深く息を吐いた。

「キミには度肝を抜かれるよ」
「す、すみません」

わーん、いきなりこれかい。
まあそうだよな…しでかしちゃったわけだし…
緊張が走る。
会長は引き出しを開けバサッとデスクに書類を置いた。「君のカルテだ」ーーえ!?

「『落水、半日不穏な状態が続く』とある。ダメじゃないか、きちんと言わないと。社内で死人が出るところだったんだぞ」
「すみません」

キャーちゃんと書いてあるんだーじゃーもうバレバレじゃん。
変な汗が出てきた。
カルテを取って見つめながら会長はブツブツ続ける。

「急性アレルギー反応…キミ、羽田で何か飲んだだろう?おそらくその中の…キトサンじゃないかという話だが、それが要因だ」

ええーーアレ?適当に買ったのに。
名前はわからないけどジュースだったわ。もしかしてただの水だったら…?バカバカ私ーーなんてこった!

「ダメだよ、誤解を招く言い方をして…セカンドハラスメントなんて言うから…てっきり…そう思うじゃないか」
「そ、そうなんですか」
「そうだよ」

キッと返されてうつむく私。濁されてるがアレだよね…婦女暴行?ヤダヤダとんでもないー。「キミは時々おかしな表現を使うからこれから少しずつ直していこうね」と言われてまっかになる。子供か~

「で、でも言えませんよ、恥ずかしくて、そんなの知れたらお嫁にいけなくなっちゃうじゃないですか」

せめてそれだけは言っておきたい…ドキドキしながら小声で告げる私。
だって海老責め?乙女にそんなのありえないって…一生の恥…思い出したくない。
会長は意外そうな顔をしてまたカルテを置いた。

「…事件ではなく事故…警察も呼んでない…結局は君の不注意ということでいいんだな?施設の人間も頭を下げるばかりで何も言わないし」

えっ…

「よ、呼び出されたんですか」

驚いて聞くと彼は腕を組んで答えた。

「自発的に来たんだよ、ここへ。キミが倒れた次の日か」

えーーーおじさんたち?まさか…

「自分が目を離したすきに申し訳ないーーそればかりだ。若い男だったぞ」

高田さん!?

「ひ、ひとりで?」
「5人だ」

おじさんたち!キャー来ちゃったの?

「キミをかばっているのか?誰も見ていない、ほんの数分目を離したすきに…申し訳ない、悪かった、自分のミスだ、その一辺倒だ。埒があかない」

と目を細め、吐き捨てるように。苦々しい表情にその時のやりとりが見てとれる。

デスクの前でひたすら頭を下げるおじさんたちーそのシーンが鮮明に頭に広がって私はおそれおののいた。
そ、そうですよねー普通何もなくて池なんか落ちるわけないですよねーー
あらぬ疑いをかけられた?高田さん…
ひええええーーごめんなさいいいーー
…怖かっただろうな…
驚いただろう…会長こんな若くて…ピリピリしてて…来なくていいのに…
ううー泣ける、私が悪いのだーー

「お陰で今大騒ぎだよ」
「えっ、ま、まだ何か」
「君は気にしなくていい」

ええー気になるし。何。聞きたいけど…こわくて聞けない。コワイコワイコワイ…顔をこわばらせる私。
会長はふうと息をついた。

「とにかく君は身体のことだけを考えて。アレルギー…まあ要するに『エビの食べ過ぎ』だね」

ぐっ…

「食べ過ぎな上に不意の事故で抵抗力が落ちていたところにエビのエキス入りの飲料で急速にアレルギー反応が起こった…当分甲殻類は禁止だ。あと抗酸化物質にも注意した方がいい。食事はヒスタミンフリー推奨とのことだ。ま、それについてはキミの方が詳しいだろうからあとで目を通しておいて」

と差し出された紙を受け取る。とほほ…病院で大した説明されないと思ったらこっちにきてたのか。
まるで会長が主治医みたいな。
神経質なイケメンドクター?…ときめくじゃないですか
なんかやつれてるわ。
仕事忙しいのかな…
て、私が余計なことしでかすからか…反省…

「すみません、その…ありがとうございました」

またまた会長に運んでもらって…苦しくってどうしようもなくて抱きついちゃったんだよね。思い出すとドキドキする。非常時には大胆になれるのだ。…じゃない、じゃない。

「ふ、社長が緊急時のガイドライン作ると言ってたな。ウチはそういうのは早いね。AEDもだがついでに禁煙も進めてはどうかという話になった。各階で集計中だ。とりあえずここと下のフロアは禁煙と決定したよ。まあ、吸うのは私だけだからな。私がやめれば済むことだ」

えっと顔を上げると会長は微笑んだ。「君に煙を吸わせるわけにもいくまい」
えーー、別にいいのにな。こんな空調効いてる部屋で…煙浴びるわけでもないのに。変なところ気遣ってもらってる?

「まあ、無事でよかったよ。元気そうで何よりだ。快気祝いに今晩どう」
「え、いいんですか」
「控えめにね」
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

妖狐の嫁入り

山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」 稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。 ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。 彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。 帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。 自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!   & 苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る! 明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。 可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ! ※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...