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7話 シドニーの休日
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「会長」
振り返ると、赤石三津子が立っていた。
東京勤務時代に補佐としてついていた彼女とは、業務以上の会話を交わしたことはない。現在中東渉外のリーダー格だ。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
久しぶりの対面だった。
彼の表情は穏やかで、過去の仏頂面とは違って見えた。
「実は私…結婚が決まりまして」
三津子は目を伏せながら、言葉を選ぶように続ける。
「そうか、それは…おめでとう」
成明は笑顔でそう返した。
その笑顔を見て、三津子は思わず瞬きする。
——あの頃、業務報告すら無表情で返された。
こんなふうに笑う会長など、見たことがなかった。
「東京で式を挙げたいのですが…出席していただきたくて」
「もちろん。秘書室に言っておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
数年前、会社がライバル社およびメディアの攻撃対象にされたとき、臨時のような形で父親の跡を継いだ新会長、九条成明。
イケメンCEO――秘書室の女たちは昼休みに口を揃えた。
「ついに、うちにも王子様が来たわね」
だが、熱は三日で冷めた。
九条成明は挨拶も短く、差し出されたコーヒーには一度も口をつけなかった。
赤石三津子は、その成明の補佐役に突然任命された。社内一の才媛。
だが、新会長は完ぺき主義というか、神経質というべきなのか…スケジュールも会議録も、自分で確認しないと何も進まなかった。
あの会長が…変われば変わるものね。
「あの、それと…東京への転勤を希望してます」
「えっ」
驚いた彼の表情に三津子も驚いた。
「いや、君、中東希望してたよね」
「ええ、そうですが…事情が変わったといいますか…」
「ああ、ご主人の都合で?」
「それもありますが…東京で再チャレンジしてみたいと思ってまして」
「再チャレンジ?」
「はい。評価していただいてありがたいのですが、なんだか思っていたのと違うな、と」
「そうか。それは私の一任では決められないな」
三津子は将来の幹部候補にと、人事もそのつもりでいると聞いている。いずれは我が社初の女性取締役だ。東京勤務に戻るとなると、適役を用意せねばなるまい。
「はい。とりあえず、希望は提出したいと思っています」
「まあ、人事に伝えておこう」
「はい。お願いします」
三津子は安心して彼の後姿を眺めた。断られるかなと思ったけどほっとした。何よりあの表情の変化。彼も数年を経て、やっと東京になじんだのだろうか。
ホテルは高級コンドミニアムのような造りで、朝食用にも使えるレストランは3階分ほどを使った吹き抜け空間だった。そこで一人朝食をとっていると、御堂と柚木がやってきた。
「おはようございます。会長」
「こちら、ご一緒してもいいですか」
「ああ、どうぞ」
会長は見ていた新聞をとじた。吹き抜けの屋外エリアで、長いビーチが見渡せ、木々が溢れる。
会長の前にはコーヒーとビスコッティが置かれていた。3人はこの後、他の社員とは別行動で、新規モール建設の事業のための視察でゴールドコースト、シドニーを訪れる予定だ。
それについて話しこんでいると、「ああ、いたいた、ナルアキ!」男性が近寄ってきた。
「ナルアキ!」
声の主は、白いリネンシャツにサングラスをかけた中年の男性だった。
日焼けした肌に、軽やかな足取り。
「何だ?君も視察に?」
友人のレオナルド・フォスターだ。
「ああ、それもあるが、今からシドニーに来ないか」
「え?」
「紹介したい人物がいるんだ、ほら、君も知ってるだろう、ハリウッドのプロデューサーの…」
「ああ」その名を出された瞬間、柚木と御堂は声をあげた。名の通る有名人だ。
「それが、なんだ?」
「ゴードンだよ」
「ゴードン?」
本日二度目に聞く、その名称。
会長はまだピンと来ていない様子だった。
「何だ、うっすい反応だなあ。お前がくれたゴードンのフィギュアとDVDだよ。それを奴に見せたら話が盛り上がってねえ…是非、映像化したい、と言ってるんだよ」
「ええっ?」
成明の声が、新聞を閉じた手元から跳ねた。
「きゃーーーーーーー!」
御堂と柚木が、叫んだ。(英語がわかる)
吹き抜けの朝の光が、まるで映画のワンシーンのように包んでいた。
振り返ると、赤石三津子が立っていた。
東京勤務時代に補佐としてついていた彼女とは、業務以上の会話を交わしたことはない。現在中東渉外のリーダー格だ。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
久しぶりの対面だった。
彼の表情は穏やかで、過去の仏頂面とは違って見えた。
「実は私…結婚が決まりまして」
三津子は目を伏せながら、言葉を選ぶように続ける。
「そうか、それは…おめでとう」
成明は笑顔でそう返した。
その笑顔を見て、三津子は思わず瞬きする。
——あの頃、業務報告すら無表情で返された。
こんなふうに笑う会長など、見たことがなかった。
「東京で式を挙げたいのですが…出席していただきたくて」
「もちろん。秘書室に言っておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
数年前、会社がライバル社およびメディアの攻撃対象にされたとき、臨時のような形で父親の跡を継いだ新会長、九条成明。
イケメンCEO――秘書室の女たちは昼休みに口を揃えた。
「ついに、うちにも王子様が来たわね」
だが、熱は三日で冷めた。
九条成明は挨拶も短く、差し出されたコーヒーには一度も口をつけなかった。
赤石三津子は、その成明の補佐役に突然任命された。社内一の才媛。
だが、新会長は完ぺき主義というか、神経質というべきなのか…スケジュールも会議録も、自分で確認しないと何も進まなかった。
あの会長が…変われば変わるものね。
「あの、それと…東京への転勤を希望してます」
「えっ」
驚いた彼の表情に三津子も驚いた。
「いや、君、中東希望してたよね」
「ええ、そうですが…事情が変わったといいますか…」
「ああ、ご主人の都合で?」
「それもありますが…東京で再チャレンジしてみたいと思ってまして」
「再チャレンジ?」
「はい。評価していただいてありがたいのですが、なんだか思っていたのと違うな、と」
「そうか。それは私の一任では決められないな」
三津子は将来の幹部候補にと、人事もそのつもりでいると聞いている。いずれは我が社初の女性取締役だ。東京勤務に戻るとなると、適役を用意せねばなるまい。
「はい。とりあえず、希望は提出したいと思っています」
「まあ、人事に伝えておこう」
「はい。お願いします」
三津子は安心して彼の後姿を眺めた。断られるかなと思ったけどほっとした。何よりあの表情の変化。彼も数年を経て、やっと東京になじんだのだろうか。
ホテルは高級コンドミニアムのような造りで、朝食用にも使えるレストランは3階分ほどを使った吹き抜け空間だった。そこで一人朝食をとっていると、御堂と柚木がやってきた。
「おはようございます。会長」
「こちら、ご一緒してもいいですか」
「ああ、どうぞ」
会長は見ていた新聞をとじた。吹き抜けの屋外エリアで、長いビーチが見渡せ、木々が溢れる。
会長の前にはコーヒーとビスコッティが置かれていた。3人はこの後、他の社員とは別行動で、新規モール建設の事業のための視察でゴールドコースト、シドニーを訪れる予定だ。
それについて話しこんでいると、「ああ、いたいた、ナルアキ!」男性が近寄ってきた。
「ナルアキ!」
声の主は、白いリネンシャツにサングラスをかけた中年の男性だった。
日焼けした肌に、軽やかな足取り。
「何だ?君も視察に?」
友人のレオナルド・フォスターだ。
「ああ、それもあるが、今からシドニーに来ないか」
「え?」
「紹介したい人物がいるんだ、ほら、君も知ってるだろう、ハリウッドのプロデューサーの…」
「ああ」その名を出された瞬間、柚木と御堂は声をあげた。名の通る有名人だ。
「それが、なんだ?」
「ゴードンだよ」
「ゴードン?」
本日二度目に聞く、その名称。
会長はまだピンと来ていない様子だった。
「何だ、うっすい反応だなあ。お前がくれたゴードンのフィギュアとDVDだよ。それを奴に見せたら話が盛り上がってねえ…是非、映像化したい、と言ってるんだよ」
「ええっ?」
成明の声が、新聞を閉じた手元から跳ねた。
「きゃーーーーーーー!」
御堂と柚木が、叫んだ。(英語がわかる)
吹き抜けの朝の光が、まるで映画のワンシーンのように包んでいた。
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