会長にコーヒーを☕

シナモン

文字の大きさ
118 / 153
7話 シドニーの休日

しおりを挟む
 ああ、しまった。

 目覚めると、知らない部屋のベッドにいた。バーで飲んでいたのは記憶にあるが…、

「おはよう、ミスター」テラスから声がした。まばゆい光に満ち溢れる部屋。アナ嬢が静かに歩み寄る。それにすんなり答えてよいものか迷っていると、彼女は笑ってベッドに腰かけた。

「おほほ、素敵な夜でしたわ」

 …こんなことは今まで何度もあった。だが、意識を失ったのは初めてだ。もしかして何か盛られたのか…。

「何か着ていただけるとありがたい」

 気のきいたセリフでも何でもないが、これも既視感がある。どういうわけか、今まで夜を共にしたアメリカ人をはじめとする女性はすべて、よほど自分のプロポーションに自信があるのだろう、その肢体をひけらかしてきた。人種は問わず、アメリカナイズドされた女性、というべきか、そして、一人残らず俺の事後の態度に説教をくらわした。

「素敵でしたわ、ミスター、今度は日本語でお願いしたいわ」

 はて、俺は、何を喋ったのだろう。こんなことになるのは初めてだ。急いでざっと服を着る。


 彼女はガウンを羽織り、本題に入った。

「私、毎日建設現場を眺めては、あふれ出すアイディアと戦っていますの。ある日、この鉄工所跡をもっと有効利用できないかとひらめきまして、……ロケ地にしたらどうかしら」

「ロケ地?」

「ええ。日本では『ゴードン』の新幹線が走ることになったそうですね」

「ゴードン?」こんな時にその名が出てきて成明は驚いた。

「何故、それを…」 
   
 成明は思わず口にしていた。  
 ゴードン——あの、くず鉄を燃料にして戦う(という設定の)着ぐるみ戦士。  
 いにしえの特撮ドラマ。  
 自分が関わりたくないと思っていたものが、今、外交の場で語られている。

「私、新幹線も大好きなの」  

 アナスタシアは言った。 
  
「アニメやかわいいキャラクター柄など。おもちゃ箱のようでステキです」

 成明は言葉を失った。  
 彼女は、ゴードンがラッピング新幹線のキャラクターに選ばれたことを、すでに知っていた。  
 自分たちが聞いたばかりの情報を、彼女はもう“提案”に変えていた。

「映画化の折には、是非我が国をロケ地にしていただきたいわ」

 その一言に、ただ、まばゆい光の中で立ち尽くすしかなかった。




 はあーーー。

 シャワーの音が、記憶を洗い流してくれるわけではなかった。  

『ゴードン?そんな、どうでもいいものがなぜ…』

 思い出すのは、宇部市の古い養殖場。  
 長い間事業は凍結したまま。あの出張は香苗に飛行機慣れしてもらうための配慮だった。

 結果は、事故。  
 甲殻類アレルギーの発症。  
 今も彼女は、エビの匂いにすら怯える。

 フライト恐怖症も、治っていない。  
 あれ以来、香苗はエビの着ぐるみさえ拒むようになった。


 その場所は、最新の会議で「ゴードンランド」あるいは「モールにしてはどうか」と議論された。  
 だが、誰も本気ではなかった。  
 現地民だけが盛り上がる、ご当地レベル。モールなんてとても——それが大方の認識だった。

 まあ、それは後回しにしよう…。シャワーを終え、身支度を整える。少し伸びた髪をセットしかけて、思い出した。『会長、伸びかけのもみあげを隠すのは耳のところで分けて自然に流されたらいいですよ』香苗の言葉を思い出し、鏡の前でそれに従う。

 香水で仕上げをし、ドアを開けると、しばらく廊下を進んで、呼び止める声がした。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

処理中です...