140 / 153
9話 残り香
14
しおりを挟む
「お父さんも、お母さんのことは忘れて、新しい人を見つけなさいよ」
「何だって」樫木は目をむいた。色付きレンズでごまかされるが、やさしい動物系の目をしているのだ。
「私はもう卒業したの。十分でしょ?結婚はできなかったけど、マンハッタンで恋に落ちて、夢のような日々を過ごした。それだけで十分女優してたわ」マヤは一瞬さみしそうな視線を彼方へと向けた。
だがすぐに力強い視線に戻った。
「お母さんももう許してくれるでしょ。実際女優なんてやってられないわ。波が大きいし、悪い男にひっかかりそう。それを克服しろというなら、答えはノーよ。…お父さんも『そんな男はやめておけ』って言ってたわよね。」
「ああ…。だがお前たちは本当に…」
「もういいのよ、そういうのは。毎日ブランドで固めて、虚勢を張って、あの人もそうだったけど、少し違う。元々身についてるから虚勢ではないの。仕事もそう、誰かに認めてもらいたくてやっているんじゃないの。それが当たり前の世界で生きている。そんな緊張した毎日だから、せめて二人だけの時はやすらぎたいでしょう…」
こうなるのはわかっていた。はじめてあの人の笑顔を見たとき。NYでは見たことのない笑み。あの子といるときの…。驚くと同時に理解していた。認めたくなくて拒絶していた。
「東京もそうね。高層ビルに囲まれて、ついドラマのヒロインの気分になる。…もういいのよ、そういうの。だからお父さんもお母さんのことは忘れて、これからのことを考えて。もしそういう存在が現れて、私が邪魔になったら改めて戸籍のことは考えるわ」
「そんなことは」
樫木は驚いていたが、ほんの少し、肩が軽くなったような気がした。
「マヤさん変わったなあ…。」
マヤのブログが更新され、新宿の部屋を引き払ったこと、髪形を変え、心機一転、東京を離れること、父の世話をすること…それらが簡潔に述べられていた。
『閉鎖のお知らせ』日本語でトップページに固定されている。
―――まあ、瀬尾のアレは百発百中だからな。
それは喜ばしいのだが、香苗の行方は相変わらず手配中だ。何も手掛かりがない。
「純、何か飲む?」
高広は、会長室の客=兄の友人に、秘書に代わってもてなしをするまでに会社になじんでいた。
「じゃあ、カフェラテ~~」「OK」「ホットでよろしいですか?」「は~い」
「高広から言われるなんてな―。香苗ちゃんは休みなの?」緑川純大はきょきょろ部屋を見まわした。
会長と弟は黙り込む。まだ知らせてないのだ。知っているのは松江の両親のほか秘書室、重役、法務部…。父には最近伝えた。
「うーん、それがその…」
言いにくいのは兄があれ以来黙り込むことが多いのもある。何があったんだろう。S物産との調印の後だ。同席した社長に聞いてもわからなかった。
「お前、島流しって知ってるか?」唐突に会長が言った。
「え? 後醍醐天皇とかあの辺の?」
「…昔はそうだが、いまでもあるらしいな」
高広は驚いた。兄がこういう流れで口を開いたのははじめてだ。
「ああ、闇バイト系のか。メディアははっきり言わないが、隆盛らしいな」緑川に何かを見出そうとしているのか。緑川は情報に明るい。
「…それで何か連想することはないか?」
「何かって?」
「地名でも、人物でも、業者でも…何でも」
「何だよ、いきなり…。そんな半グレがやってそうな商売…」言いかけて緑川ははっとした。
「も、ももももしかして」
「かなえちゃんが?」
まさかぁ~ととぼける緑川に、行方が分からないんだ、と会長は告げる。緑川は協力を申し出た。
「でも香苗ちゃんがそんなとこに運ばれるっていくら何でもなくない?何の意味があるの?」
緑川の明るい返しはありがたいが、間違いなくそのような島に送られ、どんな状態でいるのかわからないのだ。
「何だって」樫木は目をむいた。色付きレンズでごまかされるが、やさしい動物系の目をしているのだ。
「私はもう卒業したの。十分でしょ?結婚はできなかったけど、マンハッタンで恋に落ちて、夢のような日々を過ごした。それだけで十分女優してたわ」マヤは一瞬さみしそうな視線を彼方へと向けた。
だがすぐに力強い視線に戻った。
「お母さんももう許してくれるでしょ。実際女優なんてやってられないわ。波が大きいし、悪い男にひっかかりそう。それを克服しろというなら、答えはノーよ。…お父さんも『そんな男はやめておけ』って言ってたわよね。」
「ああ…。だがお前たちは本当に…」
「もういいのよ、そういうのは。毎日ブランドで固めて、虚勢を張って、あの人もそうだったけど、少し違う。元々身についてるから虚勢ではないの。仕事もそう、誰かに認めてもらいたくてやっているんじゃないの。それが当たり前の世界で生きている。そんな緊張した毎日だから、せめて二人だけの時はやすらぎたいでしょう…」
こうなるのはわかっていた。はじめてあの人の笑顔を見たとき。NYでは見たことのない笑み。あの子といるときの…。驚くと同時に理解していた。認めたくなくて拒絶していた。
「東京もそうね。高層ビルに囲まれて、ついドラマのヒロインの気分になる。…もういいのよ、そういうの。だからお父さんもお母さんのことは忘れて、これからのことを考えて。もしそういう存在が現れて、私が邪魔になったら改めて戸籍のことは考えるわ」
「そんなことは」
樫木は驚いていたが、ほんの少し、肩が軽くなったような気がした。
「マヤさん変わったなあ…。」
マヤのブログが更新され、新宿の部屋を引き払ったこと、髪形を変え、心機一転、東京を離れること、父の世話をすること…それらが簡潔に述べられていた。
『閉鎖のお知らせ』日本語でトップページに固定されている。
―――まあ、瀬尾のアレは百発百中だからな。
それは喜ばしいのだが、香苗の行方は相変わらず手配中だ。何も手掛かりがない。
「純、何か飲む?」
高広は、会長室の客=兄の友人に、秘書に代わってもてなしをするまでに会社になじんでいた。
「じゃあ、カフェラテ~~」「OK」「ホットでよろしいですか?」「は~い」
「高広から言われるなんてな―。香苗ちゃんは休みなの?」緑川純大はきょきょろ部屋を見まわした。
会長と弟は黙り込む。まだ知らせてないのだ。知っているのは松江の両親のほか秘書室、重役、法務部…。父には最近伝えた。
「うーん、それがその…」
言いにくいのは兄があれ以来黙り込むことが多いのもある。何があったんだろう。S物産との調印の後だ。同席した社長に聞いてもわからなかった。
「お前、島流しって知ってるか?」唐突に会長が言った。
「え? 後醍醐天皇とかあの辺の?」
「…昔はそうだが、いまでもあるらしいな」
高広は驚いた。兄がこういう流れで口を開いたのははじめてだ。
「ああ、闇バイト系のか。メディアははっきり言わないが、隆盛らしいな」緑川に何かを見出そうとしているのか。緑川は情報に明るい。
「…それで何か連想することはないか?」
「何かって?」
「地名でも、人物でも、業者でも…何でも」
「何だよ、いきなり…。そんな半グレがやってそうな商売…」言いかけて緑川ははっとした。
「も、ももももしかして」
「かなえちゃんが?」
まさかぁ~ととぼける緑川に、行方が分からないんだ、と会長は告げる。緑川は協力を申し出た。
「でも香苗ちゃんがそんなとこに運ばれるっていくら何でもなくない?何の意味があるの?」
緑川の明るい返しはありがたいが、間違いなくそのような島に送られ、どんな状態でいるのかわからないのだ。
13
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる