会長にコーヒーを☕

シナモン

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9話 残り香

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 移り行く季節、いつの間にか木々が色づく。神社の境内はあふれんばかりの絵馬が紅葉を圧倒していた。

「お焚き上げお願いします」

「はい」

 そのうちの一つを手に取り差し出すと、売店の巫女は絵馬を慣れた様子で後方へと下げた。


 養父と縁を切りたい―――。

 絵馬にはこう書かれていた。もちろん事務的に処理する巫女には確認すらされないが。


 …馬鹿なことをしたわ。こんなひどい願いをするなんて。

 …親不孝な娘ね、育ててくれたお父さんに。

 かつて縁切りを願った自分がどれだけちっぽけだったかわかる。


 所定の料金を支払い、マヤは一歩踏み出した。


 心なし、マイナスのオーラが解き放たれたような瞬間だった。そして、自然とあの場所へ向かっていた。





「あれ、お嬢さんじゃないですか」振り返ると小田島が立っていた。


 神社を後にしたマヤは、気づけばあのビルの前に立っていた。「髪切られたんですか」「ええ」かつて父が関わっていたS物産本社ビルだ。

「みんな元気してる?」マヤの問いに小田島は「え、ええ…」

「お嬢さんはどうされたんですか、その…」例の御曹司、九条会長との関係は…小田島は言葉に出すのを躊躇した。

「今度は私が親孝行する番」

「え?」

 ますます九条会長との関係を聞きにくくなった。小田島は勝手に推測する。髪を切ったということは…そういうことだよな。

「好きにさせてもらったから…これからは親孝行しなくちゃ」

 それにしても随分短くなった…こういうと失礼だが、年相応…ママさんに見える。淡い秋色ブラウスにパンツスタイル。

「じゃあね、小田島くん」マヤは去っていく。ショートヘアーのせいか何だか軽やかに見える。別人のようだ。

 かたが付いたのかな。…そうだろうね、たぶん。バッサリいくってことは。
 あの頃の“お嬢さん”じゃないんだな。……良かったのか、あれで。
 だから言わんこっちゃない、権藤さん。
 あの子、どうなったんだろう…。さらってきたとかいう子。

 ブツブツつぶやく。…あなたはこれからどうするの、と聞かれたら答えるつもりでいたが、その言葉は音声にすることなく飲み込まれた。







 父は、いつしか小さく見えた。この頃は車いすに乗り、前のような気概が保てなくなった。

「――養子縁組解消の手続きだ。あとはお前の名前を記入しなさい。」

「え?」差し出された戸籍届にマヤは一瞥した。

「いいわよ、もう」

「何だ、そうしたがっていただろう」

「私がいなくなって、お父さん、どうするの?」

「どうもしないさ。それなりの施設に越すだけだ」

「誰が車いすを引くのよ」

「そりゃいくらでもいるだろう。よほど私のことを嫌ってなければ、誰でも」

「私が一緒にいても?」

「何?」

「私……気付いたのよ」父のマンションから見える景色は薄汚れた無数のビル群を見下ろし、遠くに神宮の森が広がっている。

「思い出したといった方がいいかしら。小さいころ、お母さんに、あなたは女優になりなさい、って何度も言われた。それを思い出したの」

「聡子が?そんなことを」

「ええ。でもそれはもうどうでもいいの」

「そんなことを言う女だったかな…」

「お父さんはお母さんのこと、どう思ってたの?」

「それは…」

 樫木寛二はうろたえる。一瞬何も浮かばなかった。

「いつも追いかけていたからな。今思うとストーカーだと訴えられてもおかしくない」マヤはくすっと笑った。

「私みたいね。私もそうだった。少し考えたけど、あの人のすぐそばに住んで、隙があれば様子をうかがっていた。……怪しいストーカーよ」

「頃合いを見計らっていたようにも見えるがね」

「女優になりなさいって、あれはお母さんの願いだったのね。かなわない恋に溺れて…女優のように陶酔していた。そして私も同じことを繰り返していた。」

「マヤ、それは違う…お前たちは本当に愛し合ってるように見えたぞ」

「見えたのと中身は全然違うわ」

「マヤ」


 樫木にはマヤが別人に見えた。髪型のせいもあるが。母親にも似ていない、別の誰かが話している。
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