碧天のノアズアーク

世良シンア

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ノアズアーク始動編

12 万能薬エリクサーを入手せよⅠ

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side エル

「申し訳ない。私たちの力ではあなたのお母様を治すことはできません。ですが、まだ希望はあります。……あの万能の妙薬、『エリクサー』があれば、あなたのお母様を治すことができるはずです」

私のお母さんが入院している、大帝国に唯一存在する治癒院。そこで私は十四歳のとき、お母さんの担当治癒師さんからこの話を聞かされました。

お母さんを救う方法はただひとつ。どんな病も治すとされる金色に光るポーション、エリクサーを入手することだけでした。私はその存在を噂程度でしか知らず、白金貨一枚の価値があるらしいことぐらいしかその詳細を掴んでいませんでした。

私はその後お母さんの様子を少しだけ見てから、帝都で借りていた部屋に戻りました。そして部屋の整理をしていた折、私は亡くなったお父さんの日記を見つけました。私のお父さんは今から三年前に起きた大厄災、通称『アンフェール』で命を落としたのです。

お父さんは字がそこまで綺麗ではなかったので、ところどころ読みづらい部分がありましたが、その日記にはお父さんがどんな人生を歩んできたのか、どんな風に思っていたのかが細かく記載されていました。

その中には、『支援氣術』と書かれている部分がありました。さらに、どうやらこの日記と同じ箱に入っていた小さな杖のようなものは、お父さんが生前愛用していた、特別な武器だったようです。私は、もしかしたら私もお父さんのようにこの氣術が使えるかもしれないと思い、一縷の望みをかけたところ、見事に成功したのです。

私はこの時、冒険者となることでエリクサーを手に入れ、お母さんの病を治すという希望が見えたのです。そして私はお父さんの日記を駆使しながら『支援氣術』なるものをマスターし、治癒師さんに説明を受けた半年後、冒険者となりました。

そしてそこであの男に出会ってしまったのです。

「へぇー。お前、特殊氣術使えんのか。いいな……。おい、お前俺様のパーティに入れ」

冒険者登録を終え、受付のアリアさんと話していると、突然見知らぬ大柄な男が私に声をかけてきました。

「え?あの、あなたは一体ーーー」

「エルさん!この人と関わるのはーーー」

アリアさんが私に何か大事なことを伝えようとしていましたが、目の前に聳え立つ大きな男は、アリアさんの言葉を、拳を受付に叩きつけた『ドン!』という大きな音で、乱暴に遮りました。

「オメェは黙っとけ……。ここじゃゆっくり話ができねぇよな。おい、エルだっけか?こっちこい」

その男は少々荒っぽく私の腕を引っ張って近くのテーブルへと座りました。

「さあ、これで邪魔者はいなくなった。で?お前は俺様のパーティに入ってくれるよな?……エル?」

彼はドスの効いたまるで脅すかのような低い声で私の名前を呼びました。私はそんな風に名前を呼ばれたことなど一度もなかったので、ビクッと肩を震わせました。

「……あ、あの……あなたのパーティに入ったら、お金をいっぱい稼げますか?」

私は早くエリクサーを手にできるだけのお金が欲しかった。だから彼に、ドストレートにこのようなことを聞いてしまったのです。

「……くっ、はっはっはっはっ……。ああ、もちろんだ。むしろ俺様のパーティが一番稼いでるだろうぜ」

この笑い声は少し邪悪なものに聞こえましたが、私は彼の言葉に一も二もなく飛びついたのです。たとえ彼の本性が残酷な魔物のようなものだったとしても、その時の私には希望の光が差したように感じたのです。

ですが、この選択が間違っていたのだと気づくのにそう時間はかかりませんでした。邪悪だと感じたこの男の提案になど、やはり乗るべきではなかったのです。






「だーかーらー……テメェの金を出せっつってんだろうが!!!」

あの男……ザナックさんはDランク冒険者に成り立ての男の顎を片手で掴み、手ぶらな右手を使って、思いっきり男の顔を殴りました。

「ぐはっ……!」

殴られた男は美味しそうな料理が乗ったテーブルに激突しました。テーブルは壊れなかったものの、料理は床に散乱し、そのテーブルに座っていたお客様は怯えながら逃げ出しました。

テーブルに体を打ちつけた男が起きあがろうとした直前、ザナックさんは男の胸ぐらを掴み、男を床に押しつけました。そして男に覆いかぶさり、何度も何度も殴りつけたのです。

殴られ続ける男の口や鼻からは血液が飛び出し、顔はあられもない形になりました。その痛々しい姿を見たというのに、私は何をするわけでもなくただただその場に立ち尽くしていました。

な、なんてことを……!

そう思っても、いざ私が介入すれば、次は私がこの方のように悲惨な目に遭うかもしれない。もしそれでお母さんを助けられなかったら……そんな卑怯で醜い考えがどうしても拭えず、ザナックさんたちのこのような横暴を私は黙って見過ごすことしかできませんでした。

「……うぅぅ……も、もぅ……やめ……て……くれ……」

そう弱々しくつぶやいた男は、腰に下げていた茶色い袋をザナックさんに渡しました。

「はっ。始めっからそうすりゃいいんだよ、馬鹿が!」

「ぐはっっ!」

男から目当ての金を奪ったザナックさんはそれでも飽き足らず、最後にボロボロになって倒れている男の腹を踵で踏み潰しました。

「はははは。いい声で鳴くじゃねぇか。次もしっかり用意しとけよ」

ザナックさんたちはゲラゲラと笑いながら、店を後にしました。

毎日のように繰り返されるこの悪夢を私は傍観していました。そしてこの悪夢を見なかったことのようにし続け、その度にお母さんのためだと言い聞かせました。まるで私がこの悪夢から抜け出せず壊す勇気さえ持てないのは、お母さんのせいであるかのように。

そして私がデーモンズに入ってから半年が経った頃、私はついにこの悪夢からある救世主さんたちによって解放されました。

彼らの名はノアさんとシンさん。暴力こそが正義であるかのように振る舞っていたザナックさんたちを、いとも簡単に倒してしまったのです。それだけにとどまらず、私の事情を知り、自分たちのパーティに入るのはどうかと、そう提案してくれたのです。

「オレたちのパーティに入れば、白金貨一枚なんかすぐ集まるって。……えーっと、参考までに一応聞くんだけど、白金貨一枚ってちなみにどの程度?」

「んーとねー、Aランクの魔物を十体討伐するぐらいかなー。Bランクの魔物だったら百体。Cランクならーーー」

「あ、もういいよ。なんか察したわ」

「要するに、高ランクの魔物を狩ればそれだけ高い報酬がもらえるということだ。なら話は簡単だな」

切長の目をお持ちの湊さんは、冷静に物事を判断しているご様子です。でも、簡単って……そんなはずはないのに……!

「つうかノア。白金貨一枚ってすでに持ってただろ?」

へ?!は、白金貨ですよ?!百万石エルツですよ?!

秀さんの言葉に私は一驚してしまいました。

「あー、そっか。クロードにもらった分加算したら……あるな、うん。てことでエル!うちに入ればすぐにエリクサーが買えるぞ!」

「いやいやいやいや、みなさんのお金を私の個人的なことで使わせていただくわけにはいきません!」

人様のお金を使うことは許されないことです。迷惑極まりないですし……それにこれでは形は違えどもやっていることはザナックさんたちと同じではないですか。  

結構食い気味に、そしてかなり大きな声を出してしまった私は、居た堪れなくなり俯いてしまいました。

「何言ってるんだよ、エル。パーティってのは仲間のために尽力するもんだろ?仲間が、助けてほしいって言うなら、何の躊躇いもなく手を差し伸べる。少なくともそれがうちのパーティの理念のひとつだとオレは思ってる」

顔を上げた先には、嘘偽りなどといった一点の曇りもない、透き通った金色の目がありました。真剣なその表情に私は胸打たれました。こんなにも誠実に向き合ってくれた方は、家族以外では初めてかもしれません。

「エル」

私の隣に座っていたカズハは不意に私の名前を呼びました。

「私はエルのためだったら何でもするよ?だってエルのこと大好きだからねー。ここにいる誰もがエルのこと気に入ってくれてるし、絶対大事にしてくれる。それに……このパーティ、すっごく強いし、楽しいからさー」

ニカッと晴れやかな笑顔で私のパーティ加入に大賛成してくれるカズハ。

「それから、私のことはほんとのお姉ちゃんみたいに思ってくれていいからねー。私が必ずエルのことを守るから!」

この時私はカズハの言葉を不思議とあったかいなと感じました。真っ直ぐで濁りのない言葉たちが私の心に刺さったのかもしれません。そして私は差し出されたカズハの手を、恐る恐るではありますがしっかりと握っていたのです。

「これからよろしくね、エル!」

「は、はい!」

最初は躊躇があったものの、ノアズアークへの加入が決まったことが心から嬉しかった私は、この半年間出すことのできなかった清々しい笑顔をようやく咲かせることができました。






side ノア=オーガスト

EDEN本部にてエルのノアズアーク加入の手続きを済ませた後、オレとシンは先に着いているであろうノアズアークのメンバーとシャムロックで合流して、そのままエルの歓迎会を催した。その後はいつも通り宿『花鳥風月』に戻り、眠りについた。

そして翌朝、早速オレたちはエリクサーを買いに近くのポーションを売っている店へと足を運んだのだが……。

「へ?エリクサー?んなもんうちなんかに置いてるわけないだろ」

「え?そうなのか?」

「あんた知らないのか?エリクサーを扱ってる店は『ギンプティム』ってとこだけだよ。エリクサーってのは誰でも簡単に作れる代物じゃないんだからな」

とまあ、こんな感じに言われてしまったのだ。どこにでも売ってるもんだと思ってたけど、どうやらそういうわけではないらしい。カズハにこのことを聞いたところ「え?そうなの?エリクサーって買おうと思ったことなかったから知らなかったよー」と返された。

そしてここで何が問題になるかというと、そのギンプティムという店の場所が誰もわからないということだった。

道ゆく人々や、さっきの店主のようにポーションを扱う店の人たちに聞いても、その場所は全くわからなかった。正確には、「帝都の中心部にあるって聞いたことあるぞ」とか「帝都からはるか西にある村にあるって話よ」とか「あの家の二階がそうだって聞いたな」といった感じで、全員が全員違うところを指し示すのだ。

どれがホントなのか全く分かんないし、一応みんなで手分けしてできる限り全て当たってみたけど、ギンプティムなどという店は影も形もなかった。本当にそんな店があるのかと疑うほどには調べ尽くしたつもりなんだけどな。

結局、今日丸一日使ってギンプティムって店を帝都中を東奔西走して探し回ったけど、これといった成果は得られずに次の日を迎えてしまったのである。

「んー、これじゃ埒があかないよな。ポーションといったら冒険者も結構関わりあるし、EDEN本部に行って情報収集するのもありかもな」

ということで、オレたちはEDEN本部に向かうことになった。ここでも手分けして情報を集めることとし、オレはシンと共にまずアリアさんに聞いてみることにした。

「薬屋ギンプティムですか?……すみません。私、ポーション関連にはそこまで詳しくないんです。お力になれず申し訳ありません」

「そっか。ありがとう、アリアさん」

アリアさんも知らないのか……。

ギンプティムって一体なんなんだ……?
存在しているかすら疑わしすぎるんだが……?

あーいや、そんなこと考えてもしょうがない。
次行こう、次。

「あ、待ってください。副ギルド長やギルド長なら何か知ってるかもしれません。私でよければお聞きしますよ」

「え?マジ?……あーでも、それはありがたいけど、ミクリヤさんもグレンさんも忙しいんじゃ……」

「ギルド長は厳しいかもですが、副ギルド長は大丈夫です!私のパーティメンバーですから」

え?そうだったんだ。ていうかEDENの運営って現役の冒険者がするんだ……てっきり一般の人とか引退した人とかがやるものだと思ってた。

「じゃあ、お願いするよ」

「はい。では少々お待ちください」

数分後、アリアさんはまさかのミクリヤさんを連れて戻ってきた。

……聞きに行ったんじゃなかったっけ?

「あのな、アリア。僕は多忙な人間なんだ。いくらパーティメンバーだからって気軽に頼りすぎだ。もう少し控えてくれ」

「すみません。でも、ミクリヤさんにお任せした方が確実ですから、つい……」 

「……はぁ」

やれやれ、といった感じで頭を振るミクリヤさん。ちょっと申し訳ないな。

「見苦しいとこを見せたな……。それでギンプティムの件だったな。そのことについては僕やギルド長、あとは数人の冒険者しかその場所を知らないんだ」

「……っ!」

「ちなみにだけど、君たちはどうしてギンプティムに行きたいんだ?」

ついに有益な情報を手に入れられる時が来たかもしれない。だけど、こんなことを聞くってことは変な回答をしたら教えてもらえなさそうだ。

「仲間のためだ」

「ほう。仲間、か」

「ああ。仲間の大事な人が不治の病にかかってる。それを完治させるには、エリクサーしかないんだ。だからーーー」

「いいだろう」

「え?」

そんなあっさり?

「最初から僕は君たちにギンプティムのことを教えるつもりだった。ただ、これは形式的な問答として、ギンプティムを訪ねたい者には、必ずこの質問をしないといけない決まりなんだ」

「な、なるほど」

「君たちがいい子たちだってことは知ってるからな。何の問題もないだろう。……さて、そのギンプティムの場所だが……それはここだ」

ん?……なんて?

「えーっと……ミクリヤさん今、ここって言った?」

聞き間違いかと思ってオレは聞き返したのだが……。

「その通りだ。ギンプティムは、ここEDEN本部にある」

合ってるのか。マジか。どおりで昨日どこを探しても見つからなかったわけだよ。

「アリアはそのまま受付の仕事をしとくんだぞ。……じゃあ案内するから、僕についてきてくれ」

アリアさんは「えー。私も行きたかったです」と言いつつ、しっかり受付に戻った。オレはすぐにみんなを集め、ミクリヤさんの後に続いて受付後方の黒い扉の先へと入っていった。
 
この通路に来るのは二度目だな。

オレたちは真っ赤な 絨毯じゅうたんが引かれた廊下や階段を進んでいく。階段を二階分登って右に曲がると、その奥に緑色の扉が見えた。扉の前まで歩き進めると、ギンプティムの黒い文字が扉いっぱいに書かれていた。

『コンコンコン』

「ミクリヤです。あなたに会いたいという人たちをお連れしました。中へ入ってもよろしいでしょうか?」

前にギルド長室へノックして部屋の主に声をかけた時とだいぶ違う気がする。丁寧さという点だけみたら圧倒的に今の方が高い。

「…………構わないわ」

長い沈黙の後、女性のものらしきくぐもった声が部屋の中から聞こえてきた。
























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