碧天のノアズアーク

世良シンア

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ノアズアーク始動編

11 陰影ノ爪牙

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side ノア=オーガスト

デーモンズとの騒動があった日の翌日。朝食を終えたオレたちはエルも含めた全員でEDEN本部へと足を運んでいた。

昨日の夜、疲れているだろうエルには申し訳なかったのだが、なぜデーモンズなどという最悪なパーティに入ったのか、などといったエルの諸事情を聞いてみたのだ。簡潔にまとめると、彼女には不治の病で苦しむ母親がおり、現在は帝都の治癒院にて入院しているそうだ。そしてその不治の病を治すために大至急莫大な金が必要だったらしい。

具体的にいうなら、以前カズハが話してくれた金色に輝くポーション、いわゆるエリクサーがあれば治るらしいのだが、それを買うには百万エルツがないと不可能なのだそうだ。金貨一枚で一万エルツだから、金貨が百枚も必要ということ。一般庶民がそんな大金など出せるはずもなく、エルも諦めかけていたらしい。

しかし、父の形見として残された日記と自身の氣術の効果を高めてくれる不思議な杖を使い、冒険者としての道を歩むことを決意したそうだ。これは余談だが、カズハは自分と似た境遇の持ち主であったエルをますます見離せなくなり、エルが倒れるくらいの勢いで抱きついてたっけなー。

「なあ、カズハ。今更なんだけど、パーティ変更って勝手にしていいものなのか?」

「んー、普通は無理だねー。パーティのリーダーからの許可が降りないとパーティの脱退は不可能だよー。ちなみに、パーティの掛け持ちとかもできない」

やっぱそうだよなー。

あのザナックがエルの脱退を許すわけないし……どうするべきか……。

実は昨日の夜の話し合いでオレたちのパーティにエルを入れるのはどうかという話になり、オレとカズハは賛成、他はオレに委ねると言った感じでトントン拍子にエルの仲間入りが決定したのだった。

で、EDEN本部の中へ入ってみたものの、なんの策もないままとりあえず受付のアリアさんのもとへ。んー、ミクリヤさんと話できないか聞いてみようかな。

「おい、聞いたか。ザナックたちデーモンズのメンバーが昨日から消息を立ったらしいぞ」

「え?マジかよ。それどこ情報なんだ?ガセってことはねぇよな?」

「いやいや、マジだって。誰から聞いたかは……忘れちまったけど、みんな言ってんだから間違いねぇって」

「ほんとかよー。嘘くさ」

受付へと向かっていたが、聞こえてきた他の冒険者の会話が気になり、少し寄り道することにした。

「なあ、その話しほんとか?」

「あ……?ああ、ほんとだよ。ほ、ん、と。まさかあのザナックたちが行方不明になるとはな。ま、俺ら的には問題児がいなくなってせいせいするけどな。ははっ」

「だよなー。あいつらきっと『陰影ノ爪牙そうが』にやられたにちげぇねぇよな」

「だろうな。たった一日で行方不明扱いされたんだ。それ以外にないだろ」

「はっはっは。ザマァ見ろってんだ。ゴクゴク……かぁぁっ、うっめー!」

「おいおい、お前朝っぱらから飲み過ぎだぞ。何杯目だよ」

「いいじゃねぇかよー。あいつらがいねぇってだけで、俺の気分はいま最高潮なんだ!!」

「ったくよー」

朝から酒を飲んで盛り上がっている二人の冒険者たちから離れたオレたちは、とりあえず近くのテーブルに座り、今の話を整理することに。

「陰影ノ爪牙、か。まあ正直、いつその魔の手にかかってもおかしくはなかったんだよねー、あいつら」

カズハの発言に疑問を持ったオレは、それを解消するためにカズハへと質問をした。

「その陰影ノ爪牙って、なんなんだ?」

「あ、そっか。ノアたちは他所から来たばっかだし、知らないよねー。陰影ノ爪牙っていうのは、この国の悪を滅ぼす秘密粛清部隊のことなんだよねー。ていっても、実際のところそいつらが何者なのかは誰も知らないらしいよー」

「秘密粛清部隊?」

「そっ。この大帝国に不必要だと判断した者を、たった一夜でだよー。で、付いた名称が陰影ノ爪牙ってわけ。エルも聞いたことあるよねー?」

「はい。いなくなった者全員、何かしら問題がある者たちなんです。例えば、善良な市民を惨殺した者や、日常的に暴力を振るっていた者、それから国政において不正を働いた権力者なんかもいたそうです。私も噂で聞いただけなんですけど、まさかザナックさんたちが……」

ふーん、なるほど。汚い人間を処分してくれる、いわば人間専門のお掃除屋ってことか。

「なら、そのザナックとやらを含めたデーモンズたちも、そのー、陰影ノ爪牙ってやつにやられちまってるってわけか?」

「秀の言う通り。この噂が広まってるってことは、ほぼ間違いないと思うよー」

「……そうなると、デーモンズは解散ってことになるのか?」

オレは率直な疑問を呟く。だってそうだよな?デーモンズはエル以外全員死んだってことだもんな。

一人だけじゃ、パーティとは呼べないし。

「そういうことになるだろうな」

オレの考えに対し湊が肯定する。どうやらみんなもそう思っているようだ。

「まあでも、とりあえずアリアさんに聞いてみたほうがいいよな……。オレちょっと聞いてくるわ。みんなはここで待ってて」

オレはいつも通り受付で仕事をしているアリアさんのところへと向かう。

「アリアさん」

「あら?ノアさん。それにシンさんも」  

え?シン?

後ろを振り向くと、いつの間にかついてきていたシンが立っていた。

「シン。待ってろって言ったのに……まあいいけどさ。あの、アリアさんってデーモンズの例の噂って聞いてる?」

「ええ、もちろんです。私、こう見えても結構な情報通なので。ていうか、この噂を初めにみんなに伝えたのは私ですし」

あー、アリアさんが噂の発端だったのか。

「そうなんだ……。それであの、聞きたいことがあるんだけど」

「はい。なんでしょう」

「デーモンズのメンバーの、エルって子いるだろ?その子をオレたちのパーティに入れたいんだけど、できる?」

アリアさんは目をパチクリさせて驚いていた。

「……え、えーと……この場合は……たぶんできたと思います。たぶん……ちょ、ちょっと待っててくださいね」

自分の考えが合っているか不安になったのか、アリアさんは後方の扉を開けどこかに行ってしまった。またミクリヤさんの所だろうな。

数分後、ミクリヤさんを連れてアリアさんは戻ってきた。

「アリア。僕に聞いてばかりでは成長できないぞ」

「す、すいません。万が一間違ってたら申し訳ないですし……」

「はぁ、仕方ない……。やあノア君、シン君」

仕事でかなり忙しそうなミクリヤさんは大きなため息の後、オレたちに挨拶した。

「どうも、ミクリヤさん」

「えーっと、パーティの移籍の話だったな。デーモンズリーダーのザナックのからな。問題なくできるぞ」

なんか今、違和感があったな……。なんだろ?

「……あ、わかった。ありがとう」

オレは早速エルを呼ぶことにした。そして無事にエルをオレたちのパーティに迎えることができた。新たな仲間が入り嬉しい限りである。

ただオレは先程のミクリヤさんの発言に引っかかり、悶々としていたため、シン以外のみんなには先にシャムロックへと向かってもらった。

フリースペースに設けられたテーブルに座り、オレはその違和感の正体を探るため考え込んでいた。

「うーん……」

「兄さん。どうかしたか?」

「え?……あー、いやさ、さっきのミクリヤさんの言葉、なーんかおかしくなかったか?」

「俺もそう感じた。たぶん、『ザナックの死亡が確認された』という言葉だろう?」

ああ、そこだ……!

「そうだ……それだよ!流石だな、シン!」

シンの頭をなでなですると、少しだけ嬉しそうな顔をした。

「確かほとんどの人がザナックたちをとかとかで、って明確には言ってなかったよな?」

「ああ。噂を聞いた連中は、いなくなったやつらが死んだとは思っているかもしれないが、断定してとは言ってない。……つまり、の誰もがその詳細は知らないはずだ」

そうだよな。でもミクリヤさんはザナックのと言った。それはつまり、ザナックがすでに死んでいるという明確な情報を持っていたってことだ。

「……てことはミクリヤさんは陰影ノ爪牙ってやつらの一員ってこのになるのか?」

「可能性はあるが、それは断定できないはずだ。陰影ノ爪牙に属する本人、もしくはその関係者からの話で聞いた、という可能性もある」

……シンの言う通りだな。確かな情報を手にしてたとしても、それだけで陰影ノ爪牙のメンバーとは一概に言えないよな。

「だよなー。んー、あいつらが消えた謎をもうちょっと知りたかったけど……まあいいか。もう関わりのない相手だしな」

オレたちにつっかかってきたあいつらがどうなったのかの詳細ぐらいは知って損はないと思うけど、仕方ない。ミクリヤさんに聞いてみるのも手だけど、ミクリヤさん忙しそうだし、あんま迷惑かけらんないよな。

「……うし。オレたちもシャムロックに行くか」

「ああ」

立ち上がり出口へ向かおうとすると、前に一度だけ会った二人組に出くわした。

「あれ?イオリ?それにミオも。久しぶりだな」

「ああ、ノアとシンか。久しぶりだね」

「……久しぶり」

この兄妹はいつ見ても美形だなー。

「イオリたちは依頼でも受けにきたのか?」

「まあ、そんなとこ、かな。……そういえば聞いたよ。昨日、デーモンズの奴らと交戦したんだって?」

おー、もうイオリたちの耳に入ってるよ。早くないか?でもそれだけザナックたちが有名人だったってことか。当然悪い意味で。

「まあなー。不本意ながら……」

「兄さんに手を出した愚物どもが悪い」

「あのデーモンズを一瞬で叩きのめすなんてすごいね」

「……すごい」

「そうかな?その辺のチンピラレベルに弱かったけど。な、シン」

「ああ。ただのクズの集まりだったな」

オレたちの言葉にイオリは一笑した。

「はははっ。もしここにザナックがいたら血管が破裂するほどに怒り狂ってただろうね」

……確かにそうだろうな。俺様を馬鹿にしやがってー、的な感じに叫んで殴りかかってきそうだ。

「……お兄ちゃん。早く行こ」

「そうだね。じゃあ、僕たちはここで」

オレは先ほどのミクリヤさんの発言で不可解に感じたことの再確認として、イオリにあのことを聞いてみることにした。

「あ、そうだ。イオリはさ、ザナックたちのあの噂って聞いた?」

「ん?もちろんだよ。昨夜ザナックたちがってやつだよね?」

……おっと。マジかよ。

「あ……そうそう、それそれ。その噂、広まるの早すぎだなー。んじゃあ、オレたちも用事あるから、またな」

「ああ、またね」

オレの質問に特に疑問を抱くことなく、桜木兄妹は依頼が貼られたボードの方へと歩を進めた。

「おーい、マジかよ」

「驚いたな」

「だよなー。まさかイオリもって言うなんて……。これで二人目……ああ、三人目、か?」

妹のミオも特に反応してなかったから、イオリと同様の発言をするだろうし。

「オレたちの考えが間違ってるって可能性あると思うか?」

「ありえない。兄さんの考えが間違ってるわけない」

あ、そう捉えるのね……。

「……なーんかこの国の知ってはいけない、ふかーい部分に片足突っ込みかけてる気がするし、これ以上の詮索はやめとくか」

知らぬが仏ってやつだ、うん。







side 桜木イオリ

EDEN本部にて久々に再開した双子とは、アリスとベルが誘拐された時に初めて出会った。とは言ってもそれは向こうからしたらの話で、僕としては久々に会ったという感覚はない。あのお方の命でずっと監視をしていたのだから……。

「アリア殿。こんにちは」

「……こんにちは」

「あ、こんにちは、イオリさん、ミオさん」

アリアさんは、EDEN本部の受付担当であり僕たちと同じBランク冒険者でもある。さらに、僕たちは『チェリー・ツリー』というBランクパーティを妹と組んでいるけど、アリアさんは『エリュシオン』というAランクパーティのメンバーの一人なんだ。エリュシオンは三人で構成されたパーティで、リーダーはあのEDEN本部副ギルド長のミクリヤ殿だ。ミクリヤ殿はAランク冒険者の中でもトップレベルの冒険者として有名だ。EDENが人手不足でなければここに留まることなく、様々な所を飛び回っていたに違いない。それだけの実力を兼ね備えたパーティなのだから。

「お昼頃にギルド長グレン=トワイライト殿に呼ばれているんだけど、グレン殿はいますか?」

「あ、はい。ギルド長から聞いていますよ。ではこちらの扉を入っていただいて。案内は他のギルド職員がしますので」

「ありがとう」

「……ありがと」

僕たちが微笑みながら感謝の礼を述べると、アリアさんは頬を赤らめて両手で顔を覆い隠してしまった。

……何かあったのだろうか?

その後言われた通り、金のドアノブがついた黒い扉を開けると、そこには浅緑色の髪の、僕と同じくらいの背丈の男がいた。彼はたしか……

「イオリ様とミオ様ですね。お待ちしておりました。僭越ながらこの私ゼファーがギルド長室までご案内させていただきます」

やっぱりゼファー殿だったか。彼はミクリヤ殿やアリア殿と同じで、エリュシオンに所属するAランク冒険者だ。

「よろしくお願いします」

「……お願いします」

ゼファー殿に先導され、赤いカーペットが続く廊下や階段を進んでいく。ここはEDENの本部なだけあってかなり広い。以前もギルド長室には呼ばれたことがあるけれど、その時はこの施設の広大さに少々驚いたことをよく覚えている。

数分して、真っ赤な扉を視界に捉える。

『コンコンコン』

「ゼファーです。お客様を連れて参りました」

「ああ。通してくれ」 

「失礼致します」

ゼファー殿は金に光るドアノブを左手で開け、右手で僕たちが中に入っても良いという動作をした。その指示のまま僕たちは中へと入る。ゼファー殿は僕たちが中に入ったことを確認して、静かに扉を閉じた。

「おお、よく来てくれた。そこのソファーに座ってくれ」

グレン殿に促され僕たちはかなり高そうな黒いソファーに座った。思った通りかなり座り心地が良く、ふかふかしているため、気を抜いたら寝てしまいそうなほどだ。

「ふぅー。……すまないな。わざわざ呼び出して」

僕たちの向かいに座ったグレン殿は、肩を揉みながらため息をついた。かなりお疲れのようだ。

「いえ、僕たちにできるとこならいつでも呼んでください。できる限りお応えするつもりですから」

「そうか。……お前たちを呼んだのは他でもない。うちの所属だった冒険者、ザナック、ジュリア、ズネーラ、ゼムザ、ゾイの計五名の死亡が確認されたことについて、本当に事実なのかどうかを聞きたい」

「はい。事実ですよ。あの方にもそう報告しています」

「そうか。もう少し節度を持った行動をしていたのなら、処分されずに済んだだろうに……」

「これは僕個人の勝手な意見ですが、彼らに何を言ったところで無駄だったと思いますよ。性根から腐っていましたから」

「……私もそうも思う。あの人たち、嫌い」

ミオは机に置かれていたお茶を啜る。そして「おいしい」とボソッと言い、ほわほわとした顔をした。

「そう、だな。この国の治安維持のためには致し方ない犠牲だ。その犠牲者がうちから出たことは心苦しいがな。にもいらぬ手間をかけさせてしまったな」

「いえ、あの方はこの国のために動いたに過ぎません。それに僕からすれば、あの方は国のためだけでなく、ご自分の友のためにもいつだって全力で応えてくれる、立派なお人ですから」

あの方には僕が幼少期の頃から仕えているが、いつだってこの国の民のために粉骨砕身されている。それに今まで自身を支えてくれた友を何より大事にされている方だ。僕たちもその一員であるとあの方が仰られた時は、本当に心から嬉しかった。

「……そうだったな。あいつは昔から自分の身を削りながら誰かを守ろうとすやつだった……。俺の用事はこれで済んだ。すまないな、お前たちも忙しい身だろうに」

「いえ、また何かあればいつでも呼んでください。行くよ、ミオ」

お茶を堪能していた妹に声をかけ、僕たちは扉へと向かう。

「では失礼します」

「お茶、美味しかった、です。……失礼します」

ミオはあのお茶をかなり気に入ったらしく、わざわざそのことを口にしてから部屋を出た。

……今度グレン殿にどこで購入したお茶か聞いておこう。











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