碧天のノアズアーク

世良シンア

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ノアズアーク始動編

10 少女エルの決意

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side ノア=オーガスト

冒険者の中でも相当な問題児とされているらしいザナックとの衝撃的な出会いをしてから数時間後。ミクリヤさんとアリアさんとの話を終えて宿へ戻る道すがら、オレとシンは適当にぶらぶらとその辺を散策していたのだが、現在、再びデーモンズのメンバーと邂逅してしまった。一日に二回も、しかもこの短時間でもう一度会うなんてこと、普通あるだろうか。ある意味これは運命的な出会いと言ってもいいのかも知れない……。

当然、これっぽっちも嬉しくはないけどな。

「おいおい。オメェらはさっき俺様の邪魔をしやがった奴らじゃねぇか」

確かこいつらは魔物狩りに行くと言っていたから、その帰りだろう。

「えーと、ザナック……さん、だったっけ?さっきはどうも。じゃ、オレら急ぎのようがあるんで、これで」

こいつらと関わり合うのは色々と面倒そうだし、とっとと逃げるに限る。ちょっとエルって子のことが気にならないわけじゃないけど、このパーティはミクリヤさんたちがどうにかするだろうから、心配ないだろう。

オレたちはザナックの横を通り過ぎ宿へと戻ろうとした。

だが……。

「オイ!待てや、テメェら。この俺様に楯突いといて、何のお咎めもねぇと思ってんのかぁ?!」

まあ、こうなるよなー。

「あーあ、始まったよ、ザナック様のお楽しみタイムが。可哀想に」

「あの二人終わったねー」

「やっちゃえー。ザナック様ー」

「ザナック様ー。流石に殺しはしねぇでくだせぇよ。後処理めんどいですし」

「はっ、知らねぇよんなこと。あいつらは俺様をコケにしやがったんだ。半殺しなんかじゃこの怒りはおさまらねぇんだよ。テメェらの体を原型とどめねぇぐらいグッチャグチャにしてぶっ殺してーーー」

「お前、しつこいんだよ」

シンの言葉と同時に粋がっていたザナックは首根っこをシンの左手で握りつぶされ状態で、地面に叩きつけられた。

「うがっっ……ゴボッゴボッ……!」

ザナックは力強く叩きつけらた影響か、血が混じった咳をしていた。シンは依然としてザナックの首を引きちぎれそうなほどに握りしめていた。

「きゃー!!」
「ち、血吐いてるぞ!」
「や、ヤベェ……」
「だ、誰か、師団員を呼んでこい……!」

買い物をしていたであろう客人や街ゆく人々は、見知らぬ男が血を吐いている姿を見て騒ぎ始めた。

「……も、もう……ヒュー……や、やめ……て……ヒュー……」

掠れた声でか細く言葉を紡ぐザナック。その言葉の合間合間にはヒューッと、消え入りそうな呼吸音が聞こえてきた。

「は?やめねぇよ。兄さんに手を出す奴は誰であろうと殺す」

「ッガアアアァァ」

シンはさらに左手に力を込めたらしく、ザナックの首にシンの指が食い込み破るかのようだった。ザナックの顔は異常なほどに真っ赤に染まっており、体が痙攣をし始めている。

正直こんなやつ生きてる価値はないとは思うが、シンがわざわざそんなクズを殺す必要は全くない。シンの手を汚させるわけにはいかない。

オレはシンの肩を叩き声をかける。

「シン。もうやめとけ。こんな奴にお前が手間をかける必要はない。さっさと帰るぞ」

「……わかった」

シンは冷徹な目で瀕死状態に追い込んだザナックを見据え、奴の血で少しだけ汚れた左手を離した。そしてオレはシンのその手を見るためにシンの左腕を掴んだ。

「あーあ、シンの手汚れてんじゃん。宿戻ったらちゃんと落とさないとな」

「……ああ」

この喧騒の中、何事もなかったようにオレたちは去ろうとしたが、そうは問屋が下さなかった。

「お、おいこら!て、てめぇらよくもザナック様を!」

ザナックの取り巻き勢合計四人がこちらを睨みつけてきた。

はぁ。めんどくさいやつらだなぁ。

「おい、エル!支援氣術を俺らにかけろ!」

「え…………い、嫌です」

エルは少し困った表情をした後、その命令を嫌がった。

「あ?お前は俺らのいう通りにしてればいいんだよ。……それともなんだ?ここでお前が逆らって、お前の母ちゃんがおっ死んじまっても俺らは別に構わねぇんだぜ」

「……っ……わ、わかりました」

見た目喧嘩っぱやそうな男は、何やらエルを脅して氣術を使わせようとしている。

……誰がどう見ても完全にゲスだな、あれは。吐き気がしそうなほどに。

「『サポートオン: 黄イエロー』」

「はじめっからそうしてりゃいいんだよ。……さあ、テメェら、こっちは五人、そっちはたったの二人だ。降参するなら今のうちだぜ」

喧嘩っぱやそうな男改めゲス男は、数の有利と支援系の氣術をその身に受けていることで調子に乗っているのか、超上から目線でオレたちに話しかけてきた。

「「………」」

こいつと話すだけでも気が滅入りそうになるな、うん。ここは無言で通そう。

オレの隣に立つシンも、オレと同様にあのゲス男と会話をする気はないようだな。

「はっ、無視かよ。まあいいさ、どちらにしろオメェらはあの世行き確定なんだからな!」

ゲス男の謎宣言を合図として、リーダー不在のデーモンズの面々がオレたちに襲いかかってくる。ザナックの時とは違い、本格的なドンパチが始まったせいか、周りにいた一般人たちは皆この場から離れていった。

……へぇ。支援系の氣術ってすごいんだな。こいつら全員ザナックよりも動きが速いし力もある。ていってもザコに変わりはないけど。

オレとシンで二人ずつ相手をし、繰り返されるパンチやキックを飄々と躱していく。どんなに速く強い攻撃も当たらなければ意味がない。

「……クソッ。なんで当たんねぇんだよって……オラッ!」

ゲス男とは別の筋肉質な男のパンチがオレの顔面目がけて撃ち込まれる。が、この攻撃もオレは難なく避けた。その瞬間、オレの向かって右後方から長身の女の回し蹴りがオレの後頭部目掛けて飛んで来る。

「これでおしまい、ね!!」

勢いよく飛んでくる蹴り。死角からの攻撃だったが、これを避けるのは正直造作もないことだ。だが敢えてオレはその攻撃を食らうことにした。そしてオレはその場に倒れ込んだ。

「ふん。避けてばっかで反撃してこないし、話にならなかったわね」

「だな。俺らがちょっと本気を出せばこんなもんだぜ、はっはっはっ」

筋肉質な男と長身の女は勝ち誇ったかのような様子である。

「はぁ……所詮はこんなもんか。弱いな、お前ら」

オレは蹴りなど食らっていなかったかのようにすんなりと立ち上がった。どんな威力か肌で感じてみたけど、避けるほどのものじゃなかったな。

「なっ……アンタ、なんで……」

「なんで、って言われてもな。あんたの攻撃が軽すぎるんだよ。支援してもらってその程度とか、ありえないだろ」

少し挑発的なオレの言葉に二人は頭から湯気を立てた様子だ。

「こんのガキ。調子に乗りやがって……。エル!もっと私らに支援氣術を使え!」

「………………い、嫌です……!」

「はあ?なに言ってんだいアンタ!」

エルは先ほどとは違い覚悟を決めた顔で、動じることなく堂々と自分の気持ちを叫んだ。

「私はもうこれ以上、あなたたちの言いなりにはなりません……!」

「おいおいエルちゃん。お前自分が何言ってるのか分かってんのか?お前は今、俺らに楯を突くと、そう宣言したも同義だ。……殺されてぇのか?」

筋肉質な男の圧がかかった発言にもエルは少しも怖がることはなかった。

「こんなことに協力するのは、もう嫌なんです!私は……誰かを傷つけるために、冒険者になったわけじゃありません……!」

エルは確か、お母さんがどうのと先程ゲス男に脅されていたはずだ。たぶんだけど自分の母親や自分自身が危険に晒されるかもしれないというのに、彼女は見ず知らずのオレたちの安否を優先してくれている。

こんなことされたら、彼女のこの優しくも強い覚悟に、オレは応えなきゃならないよな……!

「なるほどなぁ。……ならまずは、テメェが死ねぇや!!」

筋肉質な男の渾身のパンチがエルに襲いかかる。エルはその攻撃を避けられないと悟っているのか躱す素振りを見せない。しかし、彼女は目を閉じることなくその強力な一撃をその小柄な身で受けようとしていた。

「ガハッ……!」

『バタン』

オレはエルに攻撃が届く直前、筋肉質な男の後ろ首に手刀を食らわせ、気絶させた。男は泡を吹いてその場に倒れてしまった。

「よ、よよよくも!これでも食らいなさい!『アイスーーー」

長身の女の氣術が放たれようとするが、シンの強烈な蹴りが女の腹に直撃し、女もオレが倒した男と同様に泡を吹いて倒れ込んだ。

「おっ、サンキュー、シン。助かった」

「兄さん……こいつら殺していいか?」

ありゃりゃ。シンはまだ怒り心頭な感じか。オレ的には怒り通り越してもうどうでもよくなったけど。

「ダメだって。殺したら後々面倒そうだし、シンがわざわざ手を下す必要はないって、さっきも言っただろう?」

「……わかった」

「そういや、残りの二人はどこ行ったんだ?」

ま、どうせシンが楽々のしたんだろうけど。

「あそこ。弱すぎて話にならなかったな」

だろうな、うん。

「あ、あの……」

「あ、大丈夫だった?」

「あ、はい。ありがとうございます」

先程眼前に倒れている筋肉質な男に殴られそうになった少女エルは戸惑いながらもしっかりとオレに礼を述べてくれた。

「そっか。それは良かった」

「えと、あの、お二人はとてもお強いんですね。デーモンズを一瞬で倒してしまわれるなんて」

「いやいや、あいつらが弱かっただけでオレたちが強いってわけじゃないよ」

「そ、そんなことはーーー」

「君たち!そこで何を……!……これは、一体……?」

突如として、白を基調とした服を着た男たち数人が現れ、この惨状をみて絶句していた。

ん?あれと似た服をこの街に入るときにも見たな。確か……キースさんだったか。あの人もこんな感じの服だったよな?てことは、この人たちは師団員ってやつなのかな。

「……とりあえず倒れている者たちは医務室へ運べ。……君たちは私に同行してもらうぞ」






オレたちは先ほどの場所から歩いて数十分の所にある、帝城近くのかなり大きな館に来ていた。

真っ白で綺麗な感じの豪邸だ、うん。

館の中に入り、応接室と書かれた部屋に案内された。

「では話を聞かせてもらおうか」

指示されたソファーにシン、オレ、エルの順に座ると早速師団員の方から説明を求められた。オレは簡略化してことの経緯を彼に話した。

「……なるほどな。確かにあのデーモンズとやらは、ここ帝都内でも悪い噂が絶えなかったからな。やり合いになるのは致し方ないといえる。……だが少々やりすぎではないのか?」

え?まさかとは思うけど、オレたちが責められる感じなのか、これ。

「過剰防衛だってこと?」

「その通りだ。先程デーモンズらの容体を聞いたところ、ザナックとやらは首の骨にヒビが入っているそうだ。ポーションで治すことはできなくはないが、完治するまでにはかなり時間がかかるらしい。それとなんとか意識は取り戻したそうだが、当然まともに動けるような状態ではないようだ」

「…………」

シンはオレのために動いただけだ。何も悪くない。それに正直に言って、あんなやつが生きていてもしょうがなくないか?

「あ、あの!」

黙っていたオレの代わりに今度はエルが師団員と話をし始めた。

「なんだい?」

「この二人は何も悪いことはしてません。……これはその、失礼にあたるかもしれませんが、あの人たちが重症になったのは、自業自得だと思います」

「…………」

師団員は黙ってエルの話を耳に入れる。

「毎日のように金をせびったり、暴力で人をいじめて愉しむような連中だったんです。そんな非道な人間がこうなるのは、当然の報いだと思います」

「……だからといってあそこまでするのはーーー」

『ガチャ』

「邪魔するぞー」

「おい、まだ聴取の最中…………へ?!オ、オスカー師団長!?どうしてここに……」

体躯のいい薄水色の髪の男は、ズカズカとこの部屋に足を踏み入れた。

「あー、さっき例の問題児が運ばれたって聞いてな。ちょっと興味あったからここに来たんだよ。さ、ここは俺が預かるからお前は警備に回れよー」

「は、はい。…………失礼します!」

師団員は敬礼をした後、そそくさとこの部屋から出ていった。そしてその代わりにオレたちの目の前には、オスカー師団長と呼ばれた男が座った。

「いやー、悪いな、ボウズたち。どうも大帝国師団には頭が固い連中が多くてなー。俺としてはあんぐらいやってもなんの問題もないと思うんだがなぁー。なんなら殺しちまっても構わないぐらいだ。ガッハッハッ」

豪快に笑いながら話す眼の前の男は、さっきの師団員とは違って、どうやらオレたちの行動になんら責める要素などないと思ってくれているらしい。

「えーと、あんたは……」

「ん?俺か?俺は大帝国第三師団『ナギ』の師団長をやってるオスカー=レナードってもんだ。よろしくな」

第三師団『凪』の師団長……前に会ったジンさんは第五師団『シロガネ』の師団長だったよな。

……この短期間で、この国に五人しかいない師団長のうち二人に出くわしてるわけだよな。なんか、すごくないか……?

「えっと、どうも……。オレはノア。こっちがシン」

「私はエルと申します。師団長さんにお会いできるなんて、光栄です!」

エルは目をキラキラさせながらオスカーさんを見つめている。

この反応から察するに、師団長たちに会える機会ってほんとにすごいことなんだろうなー。

「ガッハッハッ。そんな風に言ってくれるとは、嬢ちゃんは将来大物になるだろうなぁー。それはそうと……うむ……そうかそうか。ボウズたちだったか、ジンが話していたのは」

「ジンっていうのは第五師団の……」

「そうだ。大帝国第五師団『銀』の師団長、ジン=グレースのことだ」

「やっぱりか」

「ジンがな、ボウズどものことをいたく褒めまくっていてなぁ。一度お目にかかりたいもんだと思っていたんだ。そしたらなんだ、ちょうどいま目の前にいるじゃないか。ガッハッハッ」

なんかよく笑う人だな、オスカーさんって。

「できれば今すぐにでも立ち合ってみたいものだが、ボウズたちからしたらそれどころではないだろうからなぁ。それは次の機会に取っておくとしよう。では俺はこれで失礼するぞ。ボウズたちももう帰ってもらっていいからなぁー」

……はい?何か罰があるとかじゃないのか?

「え?いいのか?」

「おう。構わないぞ。ボウズたちは咎められるようなことは一切してないと報告書に書いといてやるよ。本件は俺が取り仕切ることになっているからなぁ。トップの俺が最終決定権を持ってるんだ」

「な、なるほど……」

ちょっと職権濫用くさいけど、オレたちにとってはありがたい。

「それにおそらくは……あいつら処分されるだろうしなぁ」

ボソッと呟いたオスカーさんの言葉はかなり物騒な内容だったように聞こえたんだけど……。

「え?今なんて……」

「あー、何でもないぞー。ではなー。気をつけて帰れよー」

『バタン』

ドアが閉まり、部屋にはオレ、シン、エルの三人が取り残された。

「えーと、とりあえずオレたちも帰るか」







花鳥風月に戻ったオレたちは、部屋に入ってすぐ湊たちに問い詰められた。どこへいっていたのか、と。ちなみに、エルはもともとデーモンズが泊まる予定であった宿があったのだが、ザナックがいないと泊まれないため、オレたちの宿に泊まらないかと誘った。エルは申し訳なさそうにしてたものの、安堵した様子でこの宿に来てくれた。

「えーと、エルのパーティとちょっとやり合って、返り討ちにしたら師団員に連行されて……」

「はあ?連行だ?……俺らがいねぇ間に何してんだよ、ノアもシンも」

「ご、ごめんて」

「秀、今更嘆いても仕方ない。これが俺たちの主だ」

「ああ、そうだったな」

秀も湊もなんかひどくないか?俺 オレたちを何だと思ってるんだ?好きでこんなことになったわけじゃないのに……。

まあいいけどさー。

「エルちゃんだっけ?私はカズハ。よろしくねー」

「あっ、よろしくお願いします、カズハさん」

「あー、いいよいいよ、さん付けなんて。かたっ苦しいからさー」

「え、えと、じゃあ……カ、カズハ……」

照れ臭そうにカズハの名前を言うエル。

「かわいい……」

「え?」

「かっわいいねー!エルちゃん、いや、エル!私気に入ったよー」

そう叫んだカズハはいきなりエルに抱きつき、頬をスリスリし出した。

「ふぇっ……え、あの……」

戸惑いまくってはいるけど、嫌がってはなそうだし、別に止めなくてもいいよな。

外は光という光を飲み込むような真っ暗な闇が広がっているが、この空間は暖かな優しい光で包まれていた。








side ザナック

クソったれがっっっ!!
何であんなガキどもに俺様が……!
ありえねぇだろうが!!!

大帝国師団寮の医務室のベットにて体を一ミリたりとも動かすこともできずにいるザナックは、内心で今までにないくらいに憤っていた。現在は月が暗雲で隠された陰鬱な雰囲気を醸し出した真夜中である。

この身体が治ったらあのガキどもをなぶり殺して、俺様をこんな形にしたことを骨の髄まで後悔させてやるよ!!

先程完全に意識を覚醒させたザナックは自身があっけなく負けたことを感じつつも、それを認められず復讐を胸に刻んでいた。

医務室の白い天井を見つめることしかできない彼は、ふと

ん……?なんだ?俺様がさっき目覚めたときはあいつらの話し声がしてたよな?なのになんで今は、それが全く聞こえねぇんだ?

そう彼が感じた瞬間、首筋にチクっと痛みが走った。

うっ…何だってんだよ!

自身が置かれた状況を確認するため、目玉だけをどうにか動かす。しかし、

どうなってんだよ、一体……。

そして困惑するザナックについにその答えが明かされた。

「デーモンズリーダーのザナックだな」

この不気味なくらいに静かな空間にザナックの右側付近から若い男の声が響いた。

「……ぁ……」

ザナックは思うように声が出せなかった。それもそうだろう。意識が回復したとはいえ、体は髪の毛一本動かせないほどの重体で、首は骨にひびが入るほどに握りつぶされたというのだから……。

「ああ、答えなくてもいい。顔を見ればわかる……。今から僕が何をするか、わかるか?」
 
首に鋭利な何かを突きつけられたザナックに見えない謎の男は問いかける。

……ま、まさか……俺様は……殺されるってのか?!

「その顔……わかったようだな。そうだ。ザナック、お前ははしゃぎすぎたんだよ。よって僕たちが粛清することになった」 

じょ、冗談じゃねぇぞ!
俺様はこんなところで死ぬタマじゃねぇんだ!!
クソがっっっっ!!!

汗をダラダラとかくザナック。その表情からは、ふざけんじゃねぇ、と訴えるかのような沸々とした怒りが伝わってくる。

そんなザナックのことなど気にすることなく、謎の男は首に当てたナイフをグッと先ほどよりも少し深く切り込んだ。

うがっっ……い、いてぇ……いてぇよ、チクショウがっっっ!

切り付けられた首からはドプドプと鮮血が流れ出した。その血は純白のシーツをなんの躊躇もなく真っ赤に染め上げていく。

クソ!!あいつらもこいつにやられたってことかよ。俺様よりも動けるはずだろうが。何やられてやがんだ!クソどもがっ!

ザナックが内心で無駄に憤っているときも、無情にも彼の体内の血はどんどん流れ出し、彼の体はみるみる青ざめていった。

……お、俺様は……死んじまうのか……前が暗い……何も見えねぇ……何も…………感じねぇ……。

血を流しすぎた彼はついにその気性の荒さが抜けた。牙をもがれた猛獣のように。

ザナックを暗殺した正体不明の男は、暗殺対象である彼に特に声をかけることもなく、その場を立ち去った。

暗雲立ち込める今日の夜に月が顔を出すことなく、帝都は漆黒の闇に満ち満ちていた。













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