碧天のノアズアーク

世良シンア

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レグルス編

2 不審すぎる男

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side ノア=オーガスト

「それにしても、やっぱエリック商団の馬車って、すごく快適だなー」

オレはふかふかのクッションに座りながら、窓から緑豊かな景色を眺めていた。

「まあこの馬車は人を運ぶ専用のものらしいからなぁ。以前乗せてもらったやつよりもさらに快適だろう」

それもそうだ。以前ダスクに向かうためにリズさんとフィッツさんにお願いした時は、商品を乗せることに重きを置いていたから、こんなクッション付きの椅子はなかったし、ここまで広くもなかった。まあ広さに関して言えば、たぶん積荷がないから余計に広く見えるだけなんだろうけど。

「商品だけでなく人も運ぶって、ほんとエリック商団はやってることがすごいよねー。そりゃ世界一有名にもなるに決まってるよー」

「はははっ。そこまで褒められると、うちとしても商売冥利に尽きるってもんですわ」

茶色の帽子をかぶった中年男性風の御者が、嬉しそうに話しかけてきた。

「いやいや、旦那。急な依頼だったってのに、引き受けてくれてありがとな」

「気にすることはないぞ。お客様のニーズに迅速に応えるのがうちのモットーだからな。……それにあんなに高額な依頼料をもらえるってんだから、拒む理由なんかないわな」

「ははっ。やっぱ金には目がねぇってわけか。さすがは商人。いい商売は見逃さねぇな」

「ふっふっふ。伊達に長いことこの仕事をやってないからなー。一目見れば利益の良し悪しやらお客様の良し悪しくらいはわかっちゃうもんよ」

「ははっ。そりゃすげぇな」

秀はなぜか御者のおっちゃんと会話を弾ませていた。

大帝国グランドベゼルを出発してから数時間。オレたちは雑談をしたり、外のいろんな景色を眺めたりしながら、各々が自由に過ごしていた。

「これ、私のお母さんからなんですけど、良かったらみんなで食べませんか?」

エルが馬車に乗る前からずっと抱えていた物は、どうやら弁当箱だったらしい。エルは風呂敷に包まれた弁当箱を取り出し、一つ二つと何人かの膝の上に弁当箱を置いた。中にはおにぎりが十個ほど詰まっていた。

「おお。ちょうどお腹空いたなーって思ってたんだよな。ありがとなー、エル」

「はい!お母さんの手作りおにぎりはとってもおいしいので、たくさん食べてくださいね」

オレたちはおにぎりをおいしくいただきながら、馬車の旅を楽しむこととなった。

ちょっとばかり思うことがあるとするなら、おにぎりの量があまりにも多すぎたことくらいかな……。たぶん、全部で五十個くらいあったから、計算上一人六個は食べないといけないのだ。

……お腹壊したらどうしよ……。

「あ、そういやさ、前にオレとシンがウィリアムさんとジンさんと模擬試合したじゃん?あの時使ってた木刀とか木剣の秘密って一体何だったんだろうなーってずっと疑問に思ってたんだけど、誰か聞いたりしてない?」

『この木剣ってさ、どう特殊なんだ?』

『やはりそこが気になるわな。ま、使えばわかる』

とまあ、こんな感じのやりとりが以前オレとオスカーさんの間で行われてたわけだけど、結局どんな風に特殊だったのか分からずじまいで終わってしまったのだ。オレが気付けたことといえば、いつものように粗雑に扱っても全然壊れなかったことくらいかなー。

「あーそれか。それならパーティの時に聞いたぜ。たしか、オリハルコンっつうかなり希少な氣晶石ジュエルのカケラが内部に埋め込まれているらしい」

オリハルコンって、たしか超貴重な鉱物で武具によく使われるって話だったような……。

「え!そんな貴重な氣晶石ジュエルを使ってたんだねー。それならいつもみたいにノアが壊さなかったのも納得かも」

まるでオレが武器特化型破壊王みたいな言い様をするカズハ。まあ否定はし難いけど。残念ながら。

「それだけではないらしい。グリーム・リトスという氣を蓄える性質を持つ氣晶石ジュエルを液体状にし、何層にもコーティングしているそうだ。見た目はただの木でできた武器だが、使われている材料は超一級品というわけだな」

秀の解説に湊が補足説明をしてくれた。

グリーム・リトスかー。氣を蓄えるって、なんか面白い性質を持ってんだなー。どんな感じの鉱物なんだろ。

「普段の武器より使い勝手がいいと思ったが……」

「なー……まさかあの木の剣にそんな秘密が隠されてたなんて思わなかったわー」

やっぱシンも使いやすいって感じてたのかー。正直オレ的には壊れないだけでもほんとありがたかったけど。

「それもそうだが、鉱物を液体状に変化させて武器の強化を図るという発想と技術は並のものではないと思うけど。どうやらブラックスミスの技術力は噂通りのもののようだな」

セツナはいつもの淡々とした口調で話した。

シンと同じで無口なクールタイプのセツナだけど、口にする言葉は良くも悪くも嘘偽りなく本心であると気づいてからは、オレの中でのセツナの好感度は爆上がりした。それに、本人は自覚がないかもしれないけど、口では他人のことなんてどうでもいいと言いながらも、リュウを気にかけたりオレをフォローしてくれたりと、セツナは実は何気に優しいのである。

「ブラックスミスって、たしか伝説の鍛冶屋って言われてるんだっけ?」

「そうだよー。私がサイラスから受け継いだこの刀、空蝉うつせみも、ブラックスミスの鍛冶師が作ったんだってさー。しかもあのダイダロスさんが自ら鍛え上げたっていうんだから、この刀の価値は尋常じゃないと思うよー」

「え!やっぱりその刀はダイダロスさんのものだったんですね」

エルは驚いたようにカズハの腰に下げられた空蝉を見た。

「まあねー。そもそもの話、ネームド武器を作れる鍛冶師は人界ミッドガルドじゃ、ダイダロスさんしかいないって言われてるみたいだよー?」

「その武器があったら、もっと強くなれる……?」

「ん?リュウはもっと強くなりたいのか?」

リュウは期待に膨らんだ目のまま、オレを見上げた。

「うん……ノア兄ちゃんたちを守れるくらいに、強くなりたい、から……」

なんて嬉しいことを言ってくれるんだ、うちの天使は……!

「そっか……嬉しいよ、リュウ。ありがとな」

オレは隣に座るリュウの頭を優しく撫でた。リュウはくすぐったそうにふにゃと顔を緩ませていた。

リュウのこの思いに、馬車の中は穏やかな雰囲気に包まれている。個人差はあれど、みんなにこやかな表情をしているように思う。

「そういえば、出発前グレンギルド長に何を言われていたんだ?」

食べかけのおにぎりを手に持ったまま、湊がオレに話を振った。湊はたぶん、あれで四個目くらいな気がする。

「どうせ碌なことじゃないでしょ。あんな変態おやじの言うことなんてさー」

カズハの辛辣な言葉が飛んできた。

ははは。カズハってグレンさんにだけはめちゃくちゃ当たりが強いよなー。




「ぐぬぬぅ……い、痛い……」

グレンさんは腹を押さえてうずくまっていた。原因はカズハの強烈な右ストレートだ。

まああんなこと言っちゃったら、こうなるのも当然だよなー。自業自得ってやつだ。

「えーっと、大丈夫?グレンさん」

オレはグレンさんに近づいた。グレンさんはお腹を抑えながらもゆっくりと立ち上がる。

「ま、まあな。全く、素直じゃないなカズハは。いくら俺と離れるのが寂しいからって、俺の腹を殴ることはないだろうに」

……ん?なんか、変なこと言ってないか?

「まあいい。かわいい弟子の愛情表現なんだ。ここは目を瞑ろう」

……グレンさんってこんなに変な人だったのか……。

オレの中でのグレンさんの評価が激減した。

「じゃあグレンさん。オレもそろそろ行くから」

「あー、ちょっと待った」

え、オレに何か用があるの?これ以上変な発言されても困るんだけどな……。

「……はい?」

「俺は昔、冒険者をしていた」

……いや、知ってるけど。

「たしかジ・オメガっていうパーティにいたんだよな」

「ああ。他の誰もが行ったことのないであろう未到の地にも足を踏み入れた。精霊界クヴェルや銀嶺の民が住む集落、魔界ニライカナイのいろんな場所にな」

グレンさんは自慢げに話し始めた。

そういうの言われると、めっちゃ羨ましいなーって思っちゃうんだよなー。それになんかちょっと悔しい。

「もちろん本当にこの世界の全てを回ったわけじゃないんだが……いずれにせよ、大冒険者たる俺から、ノアズアークにひとつ、大事な心得ってやつを教えておこうと思う」

「……」

グレンさんはいつになく真剣な目でオレを見た。

「噂とか真実っていうものはな、結局は自分の目と足で直接感じねぇとわからないものだ。要するに、自分の心を信じて進めってことだな」

自分の心を信じる、か……。

「それとだな」

あれ?まだあるんかい。

「ひとつひとつの出会いってやつを大事にしろ。人との繋がりってのは、思った以上に大切なんだ。差別やら偏見やらが蠢くこの世界じゃあ、難しいところもあるかもしれないが、いろんなやつとの面白おかしいゆかりの輪ってもんをお前なりに作ってみろ。……その方が、断然面白い」

グレンさんは口もとをニヤッとさせた。

この激励はたぶん、グレンさんが冒険者だった頃からくる経験論ってやつなんだろう。

「人との繋がりを大切に、な……。分かった。心に留めておくよ」

「素直で大変よろしい。カズハとは大違いだな」

…………。

「オレからもひとつ、グレンさんにアドバイスするよ」

「お?なんだ?」

「いい加減自分を見つめ直さないと、カズハに一生嫌われたままだぞー」

「……んんん?」

わー、ダメだこりゃ。



「一応、オレたちがこれから冒険する上での、ちょっとしたアドバイスはくれたよ」

「あ、そうなのー?」

「おう」

……カズハへの付き合い方は一生変わらなそうだったってことは、言わないでおこう。グレンさんの尊厳がこれ以上なくならないように。

……下手したらそんな尊厳はもう、ゼロどころかマイナスになってるかもしれないけどなー……。

「お客さん方、見えてきたぞー。大帝国一の商業都市がなー」

お、マジかー!

オレはひょこっと馬車から顔を出し、目の前にあるであろう商業都市に視線を向けた。大きな建物が数多く並んでいるのがわかる。

なんだか全体的に建物の雰囲気が帝都アクロポリスとは違う気がするなー。なんか、ストイックっていうかモダンっていうか……言い方は悪いかもだけど、無機質で温かみがない、みたいな?まあそれはそれで面白いんだけどさ。

馬車はグングンと進み、小さかった街並みがドンドン大きくなっていく。それと同時に、徐々に人々の賑わう声がオレの耳に入ってきた。

まだ街中じゃないってのに、すごい賑わいだなー。例えるなら、夜中に大勢で酒を飲んでどんちゃん騒ぎしてる……みたいな?

仮に街中に入ったらそのくらいの声量がありそうだ。帝都アクロポリスの大通りでも人々の往来がかなり多かったはずなのに、その比にならないくらいの人たちがこの街にはいるっぽいなー。もしかしたら人々の往来はに関しては、大帝国内でこの商業都市が最も激しいのかもしれない。

建物はどこか冷たい感じがするけど、それを補うどころか飲み込むくらいの賑わいが、この街にはある。それもまた魅力的な要素だけど、前提としてまだ大帝国内だっていうのに、もうすでに特色の差が出てるってのが心惹かれるよなー。

……けど我慢だ。ここはまた別の機会に寄ればいい。今はスターライトに行かないとな。

「あんちゃん、ここは通り過ぎちまっていいんだよな?」

「ああ。レグルスのスターライトってとこまで寄り道なしで頼む。そうでもしねぇと、いつになってもそこにたどり着かねぇからなぁ」

なんか、視線を感じる気がする……。

「んじゃ、ちょいと街から逸れるが、俺独自の近道で行くぞー。お客さん方には特別にな」







朝からぶっ続けで馬車を走らせたおかげで、オレたちはたったの三日でグランドベゼルからレグルスへと足を踏み入れていた。ちなみに今は太陽ではなく月が顔を出す時間帯である。

ただ、さすがにスターライトに到着することはできなかった。それもそのはず、スターライトはレグルスのちょうど真ん中あたりに位置するらしく、レグルスに踏み込んだばかりの現在のオレたちが辿り着けるわけがなかった。

今は一応の安全が確保できた森の中で野宿をしている。安全が確保できたと言っても、それはその時限りのもの。オレたちが明日出立するまでの間中安全かどうかは保証できていない。そのため、交代交代で見張り番を行うことにした。ちなみに御者のおっちゃんには馬車の中でぐっすり寝てもらっている。

今は秀とエルの見張り番が終わり、オレとシンが交代したところだ。ここから一、二時間はオレたちが周囲を警戒することになる。

「ふあぁぁ……寝みぃー……」

オレは完全に眠気に負けていた。秀に叩き起こされてから五分。まだ全然まどろみから抜け出せていない。

「兄さんはまだ寝ててもいい。俺が見ておく」

……シンは優しいなー……でも流石にそれは、ダメな気がするなー……。

オレは覚醒し切ってはいない頭で、どうにかシンの言葉を理解し、思考する。

「……ん……いや、オレもやる……」

……やるとは言った、けど……この状態のままは……まずい……。

「ちょっと……顔、洗ってくるわ」

オレはもたれかかっていた木に手をつけてゆっくりと立ち上がった。

「分かった」

……こんなに眠いのって、絶対、昨日あんま寝れなかったからだよなー……。楽しみすぎて寝れんかったー……。

「えーと、川、川っと……」

たしか、こっちの方にあったよな……。

足取りは重かったが、十分くらい歩いたところで川のせせらぎがはっきりと聞こえてきた。

「お、あったあった……」

オレは木々の合間を抜けてようやく見つけた川の前でしゃがみ、両手で冷水をたっぷりとすくった。

『バシャッ……バシャッ……』

「……ヒャァー!気持ちいいー……!」

目の覚めるような冷たさに、オレの頭はようやく覚醒した。視界も霞むことなく、揺れる水面に映る自分の顔がはっきりと見える。

「ちょっと冷たすぎだけど、これぐらいの方が今のオレにはちょうど良いや」

オレは服の袖でゴシゴシと顔を拭いて、立ち上がる。

「よーし。目も覚めたことだし、さっさとシンたちのところにーーー」

「いやはや、今夜の月は綺麗ですねぇ」

突然、オレの背後から声が聞こえた。オレはすぐさま振り返り、身構える。

は?全然気配に気づかなかった……!
こいつ、なにもんだ?!

「貴方様もそうは思いませんか?」

白い仮面をつけた黒服は、継続してオレに話しかけてくる。仮面からは冷ややかな笑みが伝わってくる。

……声色的には男。悠長に話しかけてくるってことは、少なくともまだオレを殺す気はないはず。殺すだけが目的なら、話しかけずとも奇襲すればいい話だからな。

「……たしかに綺麗な満月だな」

オレはテキトーに謎の仮面男に肯定した。

「ふふふ。心にもないことをおっしゃるのですねぇ。貴方様の本心を見せていただけないとは、少々悲しい」

仮面男は首を振って残念がっている様子を見せた。それに合わせて、なぜか仮面に描かれた表情も呼応して変化する。

さっきまでは目も口もニヤッと奇妙に笑っていたが、今は目はバツ印で口は波線のような形になっていた。

……ほんとになんなんだ、こいつ。

「何者なんだよ、お前」

「これはこれは私としたことが……ご挨拶申し上げます。私の名は、ナナシ。気ままに各地を渡り歩く、しがない情報屋でございます」

仮面男改めナナシと名乗る黒服の男は、左手を前にして胸部に当て、右手を後ろに回したまま礼をした。そして仮面の表情はそれがスタンダードなのかわからないが、再びあの妙に笑った形になっていた。

なんか綺麗なお辞儀だな……。
てか、見ず知らずのオレに対して懇切丁寧にしすぎだろ。そういう性分、なのか……?

オレは初対面の相手であるというのに、敵意のなさすぎるナナシに呆気に取られてしまった。

「…………」

「おやおや、そう驚かれる必要などありませんよ。私は貴方様の味方なのだから」

……はい?

「いやいやいやいや。あ、そうなんだー、じゃあよろしくなー、とはどう考えてもならないだろ」

「ふふふ。それもそうですね」

なんで楽しそうなん?この男。

オレはこいつのことがまっったくわからないから、こいつみたいに呑気に楽しめなそうにないんだけど……?

しかもころころ、ころころ表情の変わる奇妙すぎる仮面をつけた男なんて、もしここに秀や湊がいたら問答無用で排除してるぞ。

「そもそも、本当にお前は情報屋なのか……?」

情報屋が真夜中にこんな森の中にいるか?普通さ。

「ふむ……。貴方様は……いえ、ノア様はCランクパーティノアズアークのリーダーを努められています。パーティメンバーは九名ですが、現在共に行動しているのは八名。アグレッシブガーディアンと称されるAランク冒険者のカズハをはじめ、ノアズアークには興味深い方々がお集まりのようですね。それに……あの……実に面白い……」

つらつらとオレに関する情報を並べ立てるナナシ。

これにはオレも驚愕の色を隠せなかったが、こいつが本当に情報屋だっていうならオレや仲間たちのことを知っていても不思議ではないのかもしれない。けどその中にたったひとつ、こいつの口から出るはずのない単語が出てきた。

今こいつ、『霊亀』って言ったか……?

「なんでその名前を知ってるんだ」

「……はて?その名前といいますと?」

「とぼけんな。霊亀、だよ」

霊亀というのは、前にオレたちがどうにか倒すことのできた巨大な魔物の名前だ。だけどこれはグレンさんがパパッとテキトーに決めた名前だし、まだ正式に登録されてなかったはずだ。

それなのに、なんでこんな得体の知れないやつが知っているんだ……?

「は……!これは申し訳ありません。私としたことがノア様の崇高なるお考えを理解できないとは……一生の不覚でございます!」

ナナシは突如地面にへたり込み、土下座のポーズをとったまま、左手を何度も地面へと叩きつけ始めた。さらにその行動の前に見えた仮面は、うさんくさい涙をひとつ浮かべていた。

ほんっっっとになんなんだよ、こいつは……!

オレの常識に当てはまらない行動をするナナシにオレは心底困惑し、手で顔を覆った。

だが相手の目的や素性を探るため、とりあえずオレはめげずに会話のキャッチボールを試みる。

「…………いや別にそんな謝ることじゃないだろ」

コミュニケーションは相手を知る上で最も効果的な武器の一つのはずだ。いくら第一印象が変人気質っぽかったとしても、もう少しオレが歩み寄ればナナシという男の本質を掴めるかもしれない。

「は……!なんとお優しく、慈愛に満ちた方なのか!まさに私のにふさわしい……!」

ナナシは座り込んだまま感極まりそうな声音とともに恍惚とした表情を仮面に浮かべ、夜空を見上げた。

………………オレ、どうすればいいん?

オレはこのサイコパス野郎の対処にほとほと困った。そしてオレは悟ってしまった。この男にオレの言葉って通じないんじゃね?、と。

いつものオレならたぶん、知らない相手でも臆せず話に行くし、なんならおしゃべりを通していろんなことを知れるからノリノリで会話を進める。

だけど今回は、初めて出会ったタイプの人間だった。秀たちに好奇心お化けと揶揄されたこのオレにも、許容困難なことがあるなんてな。

その衝撃が大きいし……というかもうキャパオーバーなもんだから思考停止しそうだわ……!

「神アメギラスよ。今回ばかりはお前に感謝しようではないか!」

立ち上がって今度は、夜空を見上げながら天に向かって両手を大きく広げている。

まだなんか言ってるし……。
だれかー、助けてくれー!オレにはこの変人仮面野郎は手に負えないって!

「…………」

我慢の限界に達したオレは、黙ってナナシに背を向けた。そしてそーっと、足音を立てないように慎重に足を動かす。

抜き足、差し足、忍び足……。

「は……!お待ちください、ノア様!」

クソ。逃げられんかった。

オレはちらっと後ろを振り返る。

ナナシは土埃をパタパタと払い、幼い頃から礼儀作法を叩き込まれたどこかの貴族のように、凛とその場に立っていた。

「な、なんだよ……」

「今までの会話から、私がノア様に全く信用されていないと理解いたしました。誠に嘆かわしくはありますが……」

仮面に涙が浮かぶ。

……いやほぼ会話という会話はしてないし、オレは全然嘆かわしくもなんともないけどな?

「と、いうわけで……私からひとつ、よい情報をお伝えさせていただきましょう」

……いやいや、胡散草すぎるだろ。

「……それをオレが信じる保証はどこにもないけど?」

「いえいえ。慈愛に満ち溢れたノア様なら、愚鈍な私の言葉も必ずや受け入れてくださるはずです」

今度は仮面の目がダイヤのマークとなってキラキラとこっちを見てくる。

あー、ダメだ。やっぱこいつには何を言っても無駄っぽいわー。

「ああ、はいはい、わかったよもう……それで、何を教えてくれんの?」

もうこうなったらこいつとの会話を早く終わらして、みんなのところに帰ろう。

……できることなら今すぐ走り出したいけどな。

「ふふふ。やはりノア様はお優しい……!」

仮面には妙な笑みがまた戻ってくる。

「…………」

それはもういいって……!

「ノア様は、エルフ族をご存知でしょうか?」

ん?エルフって、あの耳がとんがってて長命な一族だよな。他にも特徴として見目がよく、氣術が特に得意だったはず。

これはクロードからも教えてもらったし、オレが子供の頃に大好きだった本である『アルマーの冒険』にも出てきた。

旅人のアルマーが森の中で道に迷ってた時、かすかに聞こえてきた美しい旋律に誘われて足を進めると、そこは幻想的な世界が広がっていた。さらに、さっきまで歩いてきたはずのごくごく普通な森はどこにもなく、後ろを振り返ってもこの幻想世界が続いていた。

そして眼前には、華やかな装飾が施されたハープを優雅に引く、絶世の美女がいた。透き通るような白い肌に、艶めいた長い髪。水面の煌めく湖の真ん中で、絶世の美女はアルマーに微笑みかけながら、美しい調べを奏でていた。

この話の中に出てくる絶世の美女っていうのが、後にエルフのひとりであったことが明らかになるわけなんだけど……そのエルフが一体なんだっていうんだ?

そりゃあ会えることなら会ってみたいけどさー、クロードが言うにはエルフ族は百年前くらいに滅んだらしいんだよなー。

本当に絶滅したかは、クロードも現場にいたわけじゃないから詳細はわからないとは言ってたけど、仮に一部が生き残ってても、会える確率なんてほぼゼロに等しいはずだ。

「…………そりゃ知ってるけど……それがどうした?」

「彼らは百年前、大帝国グランドベゼルと軍事国家ファランクスの戦争の巻き添いで滅んだ神秘国ミステーロを治めていたわけですが、なんとその生き残りがとある街にいるという噂があるのです」

あ、そうだ。クロードもエルフは今はなき神秘国ミステーロを繁栄させた一族だって言ってたな。

ていうか、生き残りがいたのか。
まあそれもこいつの情報が本当ならの話だけど。

「へぇ……で、その街っていうのは……?」

オレは少しでも興味なさげな返答をした。

だってその噂が真実でも偽でも、エルフが生きてる可能性があるって聞いただけで、ちょっとテンションが上がっちゃうんだよなー。オレの好奇心はオレが考えてる以上にちょろいみたいだから。

「ふふふ。それがなんと、ノア様が向かうご予定のレグルスの中心地、王都スターライトなんです」

へ……?

「……マジ?」

「はい、マジでございます。私は決してノア様に嘘はつきませんから」

いやそれは嘘だろ。そもそもこいつが名乗ったナナシって名前も本名かどうかすら怪しいし。

……ってそんなことより、エルフがスターライトにいるかもしれないだって?それってどんな偶然だよ……!

「あ、そう……」

オレは溢れ出すワクワクを必死に抑えながら、なるべく平静を保って返事をした。

「この情報が真実か否かは、ぜひノア様ご自身の目でお確かめください。次にお会いする日まで楽しみにしておりますので」

オレは眉をひそませた。

「あー……もう二度と来なくていいから」

「そんな寂しいことをおっしゃらないでください。私の心はたった一枚の薄っぺらなガラスでできているのですから」

ナナシは涙なんて出るはずのない仮面に刻まれた目もとを、黒手袋をつけた手で拭った。仮面には涙がひとつ描かれているが、それも当然本物なわけじゃない。

嘘泣き下手すぎだろ。

「あーはいはい。話終わったなら早く帰ってくんない?」

「ふふふ。ノア様は手厳しいですねぇ。……では私はこれで失礼します。ノア様の旅路に祝福があらんことを」

再びあの丁寧なお辞儀をしたナナシは、奇妙な笑みを携えたまま踵を返すと、森の奥深くの暗闇に消えていった。

……疲れた。

オレは川の水を一口飲み、川辺で数分休憩を取った。

こんなにも精神的に疲れたのは久々な気がする。

ふと夜空を見上げれば、満月が疲弊し切ったオレを癒すかのように温かな光で照らしていた。

あの男の言葉に同意するのは本当に癪だけど、確かに今夜の月はとても綺麗だ……。

オレは顔を上に向けたまま目を瞑り、ここ一帯に広がる自然を肌で感じ取る。川のせせらぎや穏やかな風のゆらめき、木々や葉のさざめきがオレを取り囲んでいる。

やっぱり自然はいいよなー……。

オレは少しの間身も心もリラックスさせ、心を落ち着かせていった。

……さてと、いい加減戻らないと。今頃シンが探し回ってるかもしれない。あいつは意外と心配性だからな。

オレはさっと立ち上がり、来た道を戻っていく。

それにしてもなぜにオレは、あの謎の変人仮面野郎に気に入られてるんだろう……?























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私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
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 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

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