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レグルス編
34 終幕、のち波乱
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side ノア=オーガスト
「此度の事、まずは俺から感謝の意を伝えたい。ありがとう、ノアズアーク諸君」
亜人の子どもを狙った連続誘拐事件。先日レグルスの王権側からオレたちノアズアークに協力要請がかかり、作戦に応じた。その結果、見事犯人を捕えることができ、二名の子どもを保護することに成功した。
事件報告よりも明らかに多い剥製については、守護叡団の預かり知らぬ被害が各地で多数起こっていたのでないか、という仮説が建てられ、現在も事件の全貌を探るべく東奔西走中だ。
そしてオレたちはといえば、レグルスの王様にお呼ばれしてしまい、現在進行形で謁見している。
なんだろう、既視感がすごい。
「冒険者なんで、依頼なら基本受けるよ。少なくともオレたちノアズアークは、二十四時間いつでも対応してるからさ」
「僕からも改めて。ありがとう、ノアズアークのみなさん」
謁見の間の右側方、あの狼姿からはすっかり戻ったらしいリオンが、丁寧に感謝を述べた。それに合わせるように、オレたちの両側に立つ全員がお辞儀をする。
ちなみにここにはオレたちノアズアークはもちろんだけど、真正面にレオン叡王とシャーロット叡王妃が座っていて、その隣にライアン宰相が立っている。
右側はリオンとレン王太子、それから双子の姉弟がいる。名前は確か、姉がエマで弟がシリウスだったよな。リュウとそう歳は変わらなさそうだ。
左側は、守護叡団の各叡団長が揃っている。
北方の地域を守護する『ボレアス』の叡団長ステラ=ファング。
東方の地域を守護する『エウロス』の叡団長エヴァン=ブレイブ。
南方の地域を守護する『ノトス』の叡団長ギルハルト=クリムゾン。
西方の地域を守護する『ゼピュロス』の叡団長アンドレアス=セイバー。
オレたちは別にひざまづいているわけでなく、普通に立って対面してるんだけど、それでもあの四人に睨まれでもしたら萎縮してしまいそうなほどには、それぞれが独特な雰囲気を纏っている。
「ふむ。君たちの協力があってこそ、被害もほとんどゼロに抑えられた。これは事実であり、君たちにしかなせなかったことだと俺は思う」
被害、か。
確かにあの時、ペルロさんとステラ叡団長はひどい怪我を負った。ペルロさんは右腕が炭化、ステラ叡団長は左腕が氷そのものと化した。
特に危険だったステラ叡団長の方は、戦闘中も紫苑の力を借りつつエルがずっと処置をしていたおかげで、氷の侵食を抑えられた。左腕だけで済んだのは間違いなくエルが頑張ってくれたからだ。
エルの話では、紫苑に氣の流れを教えてもらいながら、侵食する氷の氣をエル自身の氣をステラ叡団長の身体に流し込むことで押し留めていたそうだ。氷の侵食が止まるまで、ずーっとな。
その後、実はオレはみんなには内緒で、リオンにお願いして二人が寝ている治癒室へ入り、スザンヌさんの時のように失われた二人の腕を元に戻そうとした。
ペルロさんはぐっすりだったから勝手に術を施せたんだけど、間の悪いタイミングで起きてしまったステラ叡団長には、すんでで腕を掴まれて止められてしまった。
『これは俺の不甲斐なさが招いたこと。それに、俺は団の仲間の悪意に気づかず、あまつさえ殺しを止められなかった。だからこの傷は、死んだ仲間たちへの俺の勝手なケジメだ』と。
覚悟が決まりきったあの目とこの言葉。
そんなことされたら、なあ……。
だから今、あそこに立っているステラ叡団長には左腕がない。本人は『腕がないってだけで叡団長の座を狙う馬鹿がいるかもしれないが、俺はあいつらのために死ぬまでこの座を渡す気は毛頭ない。全部蹴散らす』と、更なる覚悟を固めていた。
この結果を受ければ、確かにオレたちの協力は大きかったのかもなー。まあオレとしては?依頼も達成できたし、誰も死ななかったし、みんな頑張ってくれたから万々歳だ。
そして何より、カナタとカイトさんがクロエっていう大切な仲間を取り戻せたこと。これがいっちゃん嬉しい……!
…………ただひとつ、納得なんて絶対したくないことを除いては。
「謙虚なことは結構だが、褒美を与えねばこちらとしても示しがつかない。後ほどでもいい。それぞれ考えておいてくれ」
「それから、あなた方にもうひとつ、図々しいとは存じておりますが我々からお願いしたいこと……依頼があります。もちろん、報酬も今回の件も含めて上乗せします」
おっ……!
これ、もしかしなくてもチャンスなんじゃないか?
「条件付きでならやるよ」
オレは臆することなくそう口を開く。
「どのような条件でしょうか」
「カナタとカイトの釈放、そしてイノセントへの援助。それさえやってくれれば、オレは他には何もいらない。もちろん、今回の件の褒美もな」
「「「……っ!」」」
この場の誰もが、その予想外の条件に驚きを隠せていなかった。それはもちろん、ノアズアークのみんなも。
だって、今思いついちゃったことだし。
「……本気で言っていますか、ノア殿」
「当たり前だ。自慢じゃないけどオレ、嘘下手だから」
「その二人は子どもたちを攫った実行犯。どんな理由であれ、多くの子供の未来を奪ったことに変わりはない。極刑に値する」
リオンの隣に立つ威厳溢れる人物……パーティーの時に初めて会ったリオンの兄貴から、威圧感が半端ない低い声が発せられた。
リオンも王族としての威厳は持ってるけど、それとはまた違う……まさにこの国を背負う王としての矜持を兼ね備えているような、そんな印象を受けた。
「レン王太子の言う通りです。それに百歩譲って減刑したとしても、獄中死が関の山です。以前のように外の世界で生活するなど、言語道断ですよ」
前にリオンから、この国での極刑は、十分に弱らせた状態にしてから身ひとつで森に放り出すことだと、聞いたことがある。だからここには牢屋が少なく、処刑場のような場所も特に設けられていないらしい。
「なら俺もその褒美っての、チャラにしてもらっていいぜ」
背後から、ポンッと軽く肩に手を乗せられた。
「別に欲しいもんとかねぇしなぁ。お前らはどうよ?」
隣に来た秀が半歩引いて後ろを振り返る。
「右に同じだ。現状、困っていることもないしな」
「兄さんが欲しいもの、それが俺の最大の褒美だ。他はどうでもいい」
「クロエちゃんのこと考えるとさー、やっぱあの二人がいなきゃ本当の意味で救われたことにはならないと思うんだよねー」
「薬師として身体を治すことはできますが、心を癒すことは、どんな薬師にもどんな治癒師にもできません。……せっかくまた一緒になれたんです。そっとしてあげてはくれませんか……!」
「ぼくも、あの子がひとりになっちゃうのは、やだ」
「施しに興味はない」
秀を皮切りに、続々と仲間たちのあったかい声援がオレの背中を押してくれる。……セツナはいつも通りって感じだけど……。
なんだかんだ仲間の言葉って心があったかくなるし、何と言ってもやっぱ、嬉しいの一言に尽きる。
俺は振り返ってみんなの顔を見渡す。
「みんな……ありがとな」
妙にくすぐったいその応援は、ものすごく力になったんだと、はっきりとわからされた。
「……ってなわけで、オレたちの意志を変えるつもりはない。カナタとカイトの釈放。それがオレたちが求める褒美と条件だ」
もう一度前を向き、オレは堂々ともの申した。
こんな不躾な態度は王族に失礼だとか、一般人……しかも人間が生意気言ってんなとか、そんなことは今はどうでもいい。
ここでオレたちの考えを押し通す。
意志は絶対に曲げない。
それが、自由奔放に生き抜くノアズアークのやり方だ。
「「「…………」」」
沈黙が続く。真っ先に反発したレン王太子やライアン宰相も、口を閉じている。
ただ、たったひとりこの重い雰囲気の中で声を発した人がいた。それも艶やかで上機嫌な……。
「ふふふ。面白いわね、あなたたち。レグルスに喧嘩を売るなんて……本当にこの状況がわかっているのかしら?」
絹のように白く艶めいた肌に、漆黒の長い髪。声音は明るいが、その目は全く笑ってはいない。
「おう、わかってるよそんなの。けど別に、あんたらとギクシャクしたいわけじゃない。ただ今回は、お互いの見ている方向が違うだけだ。だから亜人のみんなと仲良くしたいっていうオレの気持ちに、嘘はない」
正直人間だから亜人だからっていう謎の確執、うざったいし。絶対楽しくないじゃんか。
「ふうん……なるほど、ねぇ……」
値踏みをするような視線がまとわりつく。その鋭い眼光は、とてもあの可憐な見た目から察せられるものじゃない。
『パンッ!』
乾いた柏手の音がひとつ鳴った。
「それなら、折衷案を出しましょう。そうねぇ……もしあなたたちが我が国の民に認められたのなら、その願いを叶えましょう」
「シャーロット叡王妃、そのような勝手な振る舞いは……」
「よい、ライアン」
「……っ……しかし……!」
レオン叡王が腕を上げて制止したものの、ライアン宰相は再び口を挟もうとする。
「ライアン宰相。あなたとレオンが学生の頃から掲げていた目標、ようやくそれに近づけるのよ。それも大きな一歩を。それはこの国一賢いあなたにならもうわかっているのでしょう?」
「っ……それは……」
「確かにルールは国の運営において非常に大切だ。だがそれを守ってばかりでは、何も変えられない。この国に、真に幸福な未来は訪れやしないんだ」
「っ……!」
「俺たちの誓いを今ここで果たすぞ、ライアン」
レオン叡王の手が差し出される。
「…………ああ、そうだな」
ライアン宰相は諦めたような、それでいてスッキリとした面持ちでその手を握った。そして再び、レオン叡王はオレたちに視線を移した。
「待たせたな、ノアズアーク諸君」
「それで、結局オレたちの申し出は受けてくれるのか?」
「この国の代表として告げよう。先ほどのシャーロットからの提案、それをクリアしてみせたのなら、特例としてお前たちの言い分を聞き入れよう」
よし、うまくいった……!
「交渉成立、だな!」
side シン=オーガスト
「ひゃー、めっちゃ緊張したぁー!!!」
樹宮殿から宿に戻って早々、部屋に入った兄さんはベッドにダイブした。その勢いにボスンッとベッドが沈む。
「オレくそ態度悪かったけど、平気だったんかなー……。不敬罪で捕まるなんてこと……」
心の声がダダ漏れている。
兄さんはこういう格好がつかない部分は、基本的に俺の前でしか見せない。俺のことを一番に信頼している証だ。それにこうやって弱音を吐く兄さんも大好きだから、格好悪いとは一ミリも思わない。
「そうなったら俺がこの国を消し飛ばすから問題ない」
そう言いながら兄さんのベッドに座る。
枕に顔を埋めていた兄さんがこっちを向いた。
「いやそれはダメだから。ていうか、リオンの故郷を吹っ飛ばすのは、シンの本意じゃないだろ?」
「……そうだな。なら、全員半殺しにすればいい」
「まったく。相変わらず思想が過激すぎるぞー、お前は」
過激……?
「最低限の譲歩だろう?命を繋ぎ止められるだけ、感謝してもいいほどだと思うが」
「あー……そ、うだな、うん……」
兄さんを害するというのに生を全うできるなんてのは奇跡に等しい。兄さんの溢れんばかりの慈悲のおかげだ。
「なるべく敵はつくらないようにしないと……」
「ん?」
「いや気にしなくていいからな。ただの独り言だから」
「そうか……」
あの焦り様……やはり兄さんは嘘が下手だ。
だがそんな兄さんも愛らしい。
「そういやカイトさんはどうだった?」
「まあまあだったな」
「ほーう?へぇー?」
いつも以上に声音が高い。なんだか嬉しそうだ。
「なぜニヤついているんだ、兄さん」
「えー、だってさー……よっと……大抵シンは相手に興味ないせいで、記憶に残してないだろ?でも今回はそうじゃないし、シンがまあまあだったって言うなんて、相当な褒め言葉じゃん」
兄さんはひょいとベッドから降りて向かいのベッドに座った。おそらくあの体勢は話しにくかったんだろう。
「……事実を述べたまでだ」
ひとつの武器で銃と剣に形を変えるネームド武器。それとあの特殊な弾丸に、あいつの変貌……程度の差はあれどどれも気にはなった上に、俺をその気にさせた。
こっちの世界に来てからは初めての経験だ。
「おー、セツナとおんなじこと言うのな。やっぱ似たもの同士だよなー、シンとセツナって」
「……?」
「あ、気にしなくていいぞー……。あと聞いたんだけど、カイトさんの弾丸、湊でも斬れなかったってマジ?」
「どうやらそうだったらしい。俺は叩き斬ったものと思っていたが……期待はしすぎるものではないな」
リオンがカイトの弾丸を跳ね返した時、その跳弾が湊たちの方へと向かっていった。湊ならば用意に斬り落としたと踏んでいた。
だが返ってきた答えは予想外のものだった。
『防ぎはしたが、斬り落とせてはいない。叩き落としたに近いな、あれは』
『湊がミスをするとは珍しいな』
『世界にはまだ未知数なものが多くある。それらを斬り伏せていった先に、ようやく俺はあの人と同じ高みにいける』
ここにいない誰かを見つめるかのような、郷愁に浸る眼差し。あまり見たことのない姿だ。
『ガル!ガルルル!!』
『ん』
狼のリオンが湊に飛びつく。
『守ってくれてありがとう……だとさ』
『それが俺の成すべきことだったからな。感謝は不要だ』
そう言いつつ湊は、狼のリオンの頭をポンッと一度撫でた。
「湊が斬れないんじゃ、誰にも不可能じゃん。カイトさんスゲ~」
「兄さんには遠く及ばないが?」
「えー、そうかー?やってみないとわからなーーー」
「兄さんはどうしていつも自分を下に置くんだ?どう考えても兄さんに敵う奴は誰もいない。これは世界の理に等しい。それがわからない愚図が、この世界には多すぎる。理解不能だ」
柄にもなく熱くなってしまった。
兄さんのこととなると、こういう風に我を忘れることがよくある。そして兄さんは自身の尊さをまるでわかっていない。兄さんに対する唯一の不満と言ってもいい。
「え、その場合オレも愚図ってことに……」
「は?そんなわけがないだろう。兄さんは根が優しいから、自然と周りを立ててしまうんだ。それに気づかない、高慢な愚図もいるが……。腹立たしい限りだ」
「そ、そっか……」
俺はふと顔を軽く上げ、目を閉じる。
この世界に来て即座に会ったあの愚図。あんな雑魚に兄さんが負けるなどありえないというのに、ぺちゃくちゃと俺の隣で喋っていた上に、兄さんのことを下に見やがった。
「普段はあんなに理性的なのに、オレのことになるとどうにも盲目的になりすぎるというか、ネジが外れてるというか……」
兄さんにつっかかった上に態度も弁えず睨みつけたあの愚図も許し難い。ギルド内だけでなく外でも邂逅し、さらに乱闘になったのは好都合だったが、結局殺せはしなっかった。
俺の手で粛清したかったが、兄さんに止められては致し方ない。
「生まれてから今日まで、ずうっと一緒にいたからさ、お前のことならなんだって分かってるつもりだったけど……こればっかりは謎だ、うん。もうむしろ怖いまである」
それから使い物にならない陳腐な武器を売っていた愚図。有名な鍛冶屋の武器だとかほざいていたが、あんなチャチな剣、本物を見ずとも贋作だとわかった。
何より頭にキタのは、兄さんを罵倒したことだ。
俺への侮辱であれば、そんな羽虫の戯言は俺の耳にさえ届かないが、愛する兄さんが標的ならば話は別。今すぐこの世から抹消しなければ気が済まない。
……が、これも兄さんに制されてしまい、裁きの剣を下すことは叶わなかった。多少残念ではあるが、兄さんを不快にさせるのは俺の本意でもない。
この世界に来てからこういう葛藤が何度か起こってきた。それは確実に今後も避けられないだろう。
「兄ちゃんはみんなと楽しくおしゃべりしたり仲良く買い物に行ったりするシンがみたいぞー……」
そしてあの最も罪深い愚図……兄さんを暗殺しようとしたド愚図。奴だけは即刻抹消せねばと、強い使命感に駆られた。
シャムロックでの兄さんへの悪辣な態度。あの時点で腸が煮えくり返っていたが、暗殺の依頼をしていたと発覚した瞬間、この世界からすぐにでも抹消することしか頭になかった。
ああいう度を超えた愚図には、弟の俺が制裁を下さなければならない。
兄さんに仇をなす奴らは誰であろうと容赦はしない。
「いっつもオレについてくるから逆に心配になってくるんだよなー。まあちょっとひよこみたいでかわいい……って、ん?」
あちこちに潜んでいる埃を全て取り払い、兄さんの眼前に広がる美しい世界を守ることこそ、俺の最大の使命であり人生だ。
「おーい、聞いてんのか、シン」
「……ああ、ごめん兄さん。考え事をしていた」
「おーなんだ、珍しいな。あ、もしかして……恋の悩みか?!」
「……???」
そんな話の流れだったか?
「そうかそうかー。ついにシンに春が来たってわけかー」
目を瞑り腕組みしながら、うんうんと頭を上下に揺らす兄さん。
兄さんの中では何か得心がいったらしい。きっと俺には想像もできない考えを思いついたんだろう。
「困ったら兄ちゃんが相談に乗るからなー!」
「ふ……わかった」
楽しそうな兄さん。そんな姿を見るだけで俺の心は満たされる。
この平穏を、必ず俺が守り抜く。
「此度の事、まずは俺から感謝の意を伝えたい。ありがとう、ノアズアーク諸君」
亜人の子どもを狙った連続誘拐事件。先日レグルスの王権側からオレたちノアズアークに協力要請がかかり、作戦に応じた。その結果、見事犯人を捕えることができ、二名の子どもを保護することに成功した。
事件報告よりも明らかに多い剥製については、守護叡団の預かり知らぬ被害が各地で多数起こっていたのでないか、という仮説が建てられ、現在も事件の全貌を探るべく東奔西走中だ。
そしてオレたちはといえば、レグルスの王様にお呼ばれしてしまい、現在進行形で謁見している。
なんだろう、既視感がすごい。
「冒険者なんで、依頼なら基本受けるよ。少なくともオレたちノアズアークは、二十四時間いつでも対応してるからさ」
「僕からも改めて。ありがとう、ノアズアークのみなさん」
謁見の間の右側方、あの狼姿からはすっかり戻ったらしいリオンが、丁寧に感謝を述べた。それに合わせるように、オレたちの両側に立つ全員がお辞儀をする。
ちなみにここにはオレたちノアズアークはもちろんだけど、真正面にレオン叡王とシャーロット叡王妃が座っていて、その隣にライアン宰相が立っている。
右側はリオンとレン王太子、それから双子の姉弟がいる。名前は確か、姉がエマで弟がシリウスだったよな。リュウとそう歳は変わらなさそうだ。
左側は、守護叡団の各叡団長が揃っている。
北方の地域を守護する『ボレアス』の叡団長ステラ=ファング。
東方の地域を守護する『エウロス』の叡団長エヴァン=ブレイブ。
南方の地域を守護する『ノトス』の叡団長ギルハルト=クリムゾン。
西方の地域を守護する『ゼピュロス』の叡団長アンドレアス=セイバー。
オレたちは別にひざまづいているわけでなく、普通に立って対面してるんだけど、それでもあの四人に睨まれでもしたら萎縮してしまいそうなほどには、それぞれが独特な雰囲気を纏っている。
「ふむ。君たちの協力があってこそ、被害もほとんどゼロに抑えられた。これは事実であり、君たちにしかなせなかったことだと俺は思う」
被害、か。
確かにあの時、ペルロさんとステラ叡団長はひどい怪我を負った。ペルロさんは右腕が炭化、ステラ叡団長は左腕が氷そのものと化した。
特に危険だったステラ叡団長の方は、戦闘中も紫苑の力を借りつつエルがずっと処置をしていたおかげで、氷の侵食を抑えられた。左腕だけで済んだのは間違いなくエルが頑張ってくれたからだ。
エルの話では、紫苑に氣の流れを教えてもらいながら、侵食する氷の氣をエル自身の氣をステラ叡団長の身体に流し込むことで押し留めていたそうだ。氷の侵食が止まるまで、ずーっとな。
その後、実はオレはみんなには内緒で、リオンにお願いして二人が寝ている治癒室へ入り、スザンヌさんの時のように失われた二人の腕を元に戻そうとした。
ペルロさんはぐっすりだったから勝手に術を施せたんだけど、間の悪いタイミングで起きてしまったステラ叡団長には、すんでで腕を掴まれて止められてしまった。
『これは俺の不甲斐なさが招いたこと。それに、俺は団の仲間の悪意に気づかず、あまつさえ殺しを止められなかった。だからこの傷は、死んだ仲間たちへの俺の勝手なケジメだ』と。
覚悟が決まりきったあの目とこの言葉。
そんなことされたら、なあ……。
だから今、あそこに立っているステラ叡団長には左腕がない。本人は『腕がないってだけで叡団長の座を狙う馬鹿がいるかもしれないが、俺はあいつらのために死ぬまでこの座を渡す気は毛頭ない。全部蹴散らす』と、更なる覚悟を固めていた。
この結果を受ければ、確かにオレたちの協力は大きかったのかもなー。まあオレとしては?依頼も達成できたし、誰も死ななかったし、みんな頑張ってくれたから万々歳だ。
そして何より、カナタとカイトさんがクロエっていう大切な仲間を取り戻せたこと。これがいっちゃん嬉しい……!
…………ただひとつ、納得なんて絶対したくないことを除いては。
「謙虚なことは結構だが、褒美を与えねばこちらとしても示しがつかない。後ほどでもいい。それぞれ考えておいてくれ」
「それから、あなた方にもうひとつ、図々しいとは存じておりますが我々からお願いしたいこと……依頼があります。もちろん、報酬も今回の件も含めて上乗せします」
おっ……!
これ、もしかしなくてもチャンスなんじゃないか?
「条件付きでならやるよ」
オレは臆することなくそう口を開く。
「どのような条件でしょうか」
「カナタとカイトの釈放、そしてイノセントへの援助。それさえやってくれれば、オレは他には何もいらない。もちろん、今回の件の褒美もな」
「「「……っ!」」」
この場の誰もが、その予想外の条件に驚きを隠せていなかった。それはもちろん、ノアズアークのみんなも。
だって、今思いついちゃったことだし。
「……本気で言っていますか、ノア殿」
「当たり前だ。自慢じゃないけどオレ、嘘下手だから」
「その二人は子どもたちを攫った実行犯。どんな理由であれ、多くの子供の未来を奪ったことに変わりはない。極刑に値する」
リオンの隣に立つ威厳溢れる人物……パーティーの時に初めて会ったリオンの兄貴から、威圧感が半端ない低い声が発せられた。
リオンも王族としての威厳は持ってるけど、それとはまた違う……まさにこの国を背負う王としての矜持を兼ね備えているような、そんな印象を受けた。
「レン王太子の言う通りです。それに百歩譲って減刑したとしても、獄中死が関の山です。以前のように外の世界で生活するなど、言語道断ですよ」
前にリオンから、この国での極刑は、十分に弱らせた状態にしてから身ひとつで森に放り出すことだと、聞いたことがある。だからここには牢屋が少なく、処刑場のような場所も特に設けられていないらしい。
「なら俺もその褒美っての、チャラにしてもらっていいぜ」
背後から、ポンッと軽く肩に手を乗せられた。
「別に欲しいもんとかねぇしなぁ。お前らはどうよ?」
隣に来た秀が半歩引いて後ろを振り返る。
「右に同じだ。現状、困っていることもないしな」
「兄さんが欲しいもの、それが俺の最大の褒美だ。他はどうでもいい」
「クロエちゃんのこと考えるとさー、やっぱあの二人がいなきゃ本当の意味で救われたことにはならないと思うんだよねー」
「薬師として身体を治すことはできますが、心を癒すことは、どんな薬師にもどんな治癒師にもできません。……せっかくまた一緒になれたんです。そっとしてあげてはくれませんか……!」
「ぼくも、あの子がひとりになっちゃうのは、やだ」
「施しに興味はない」
秀を皮切りに、続々と仲間たちのあったかい声援がオレの背中を押してくれる。……セツナはいつも通りって感じだけど……。
なんだかんだ仲間の言葉って心があったかくなるし、何と言ってもやっぱ、嬉しいの一言に尽きる。
俺は振り返ってみんなの顔を見渡す。
「みんな……ありがとな」
妙にくすぐったいその応援は、ものすごく力になったんだと、はっきりとわからされた。
「……ってなわけで、オレたちの意志を変えるつもりはない。カナタとカイトの釈放。それがオレたちが求める褒美と条件だ」
もう一度前を向き、オレは堂々ともの申した。
こんな不躾な態度は王族に失礼だとか、一般人……しかも人間が生意気言ってんなとか、そんなことは今はどうでもいい。
ここでオレたちの考えを押し通す。
意志は絶対に曲げない。
それが、自由奔放に生き抜くノアズアークのやり方だ。
「「「…………」」」
沈黙が続く。真っ先に反発したレン王太子やライアン宰相も、口を閉じている。
ただ、たったひとりこの重い雰囲気の中で声を発した人がいた。それも艶やかで上機嫌な……。
「ふふふ。面白いわね、あなたたち。レグルスに喧嘩を売るなんて……本当にこの状況がわかっているのかしら?」
絹のように白く艶めいた肌に、漆黒の長い髪。声音は明るいが、その目は全く笑ってはいない。
「おう、わかってるよそんなの。けど別に、あんたらとギクシャクしたいわけじゃない。ただ今回は、お互いの見ている方向が違うだけだ。だから亜人のみんなと仲良くしたいっていうオレの気持ちに、嘘はない」
正直人間だから亜人だからっていう謎の確執、うざったいし。絶対楽しくないじゃんか。
「ふうん……なるほど、ねぇ……」
値踏みをするような視線がまとわりつく。その鋭い眼光は、とてもあの可憐な見た目から察せられるものじゃない。
『パンッ!』
乾いた柏手の音がひとつ鳴った。
「それなら、折衷案を出しましょう。そうねぇ……もしあなたたちが我が国の民に認められたのなら、その願いを叶えましょう」
「シャーロット叡王妃、そのような勝手な振る舞いは……」
「よい、ライアン」
「……っ……しかし……!」
レオン叡王が腕を上げて制止したものの、ライアン宰相は再び口を挟もうとする。
「ライアン宰相。あなたとレオンが学生の頃から掲げていた目標、ようやくそれに近づけるのよ。それも大きな一歩を。それはこの国一賢いあなたにならもうわかっているのでしょう?」
「っ……それは……」
「確かにルールは国の運営において非常に大切だ。だがそれを守ってばかりでは、何も変えられない。この国に、真に幸福な未来は訪れやしないんだ」
「っ……!」
「俺たちの誓いを今ここで果たすぞ、ライアン」
レオン叡王の手が差し出される。
「…………ああ、そうだな」
ライアン宰相は諦めたような、それでいてスッキリとした面持ちでその手を握った。そして再び、レオン叡王はオレたちに視線を移した。
「待たせたな、ノアズアーク諸君」
「それで、結局オレたちの申し出は受けてくれるのか?」
「この国の代表として告げよう。先ほどのシャーロットからの提案、それをクリアしてみせたのなら、特例としてお前たちの言い分を聞き入れよう」
よし、うまくいった……!
「交渉成立、だな!」
side シン=オーガスト
「ひゃー、めっちゃ緊張したぁー!!!」
樹宮殿から宿に戻って早々、部屋に入った兄さんはベッドにダイブした。その勢いにボスンッとベッドが沈む。
「オレくそ態度悪かったけど、平気だったんかなー……。不敬罪で捕まるなんてこと……」
心の声がダダ漏れている。
兄さんはこういう格好がつかない部分は、基本的に俺の前でしか見せない。俺のことを一番に信頼している証だ。それにこうやって弱音を吐く兄さんも大好きだから、格好悪いとは一ミリも思わない。
「そうなったら俺がこの国を消し飛ばすから問題ない」
そう言いながら兄さんのベッドに座る。
枕に顔を埋めていた兄さんがこっちを向いた。
「いやそれはダメだから。ていうか、リオンの故郷を吹っ飛ばすのは、シンの本意じゃないだろ?」
「……そうだな。なら、全員半殺しにすればいい」
「まったく。相変わらず思想が過激すぎるぞー、お前は」
過激……?
「最低限の譲歩だろう?命を繋ぎ止められるだけ、感謝してもいいほどだと思うが」
「あー……そ、うだな、うん……」
兄さんを害するというのに生を全うできるなんてのは奇跡に等しい。兄さんの溢れんばかりの慈悲のおかげだ。
「なるべく敵はつくらないようにしないと……」
「ん?」
「いや気にしなくていいからな。ただの独り言だから」
「そうか……」
あの焦り様……やはり兄さんは嘘が下手だ。
だがそんな兄さんも愛らしい。
「そういやカイトさんはどうだった?」
「まあまあだったな」
「ほーう?へぇー?」
いつも以上に声音が高い。なんだか嬉しそうだ。
「なぜニヤついているんだ、兄さん」
「えー、だってさー……よっと……大抵シンは相手に興味ないせいで、記憶に残してないだろ?でも今回はそうじゃないし、シンがまあまあだったって言うなんて、相当な褒め言葉じゃん」
兄さんはひょいとベッドから降りて向かいのベッドに座った。おそらくあの体勢は話しにくかったんだろう。
「……事実を述べたまでだ」
ひとつの武器で銃と剣に形を変えるネームド武器。それとあの特殊な弾丸に、あいつの変貌……程度の差はあれどどれも気にはなった上に、俺をその気にさせた。
こっちの世界に来てからは初めての経験だ。
「おー、セツナとおんなじこと言うのな。やっぱ似たもの同士だよなー、シンとセツナって」
「……?」
「あ、気にしなくていいぞー……。あと聞いたんだけど、カイトさんの弾丸、湊でも斬れなかったってマジ?」
「どうやらそうだったらしい。俺は叩き斬ったものと思っていたが……期待はしすぎるものではないな」
リオンがカイトの弾丸を跳ね返した時、その跳弾が湊たちの方へと向かっていった。湊ならば用意に斬り落としたと踏んでいた。
だが返ってきた答えは予想外のものだった。
『防ぎはしたが、斬り落とせてはいない。叩き落としたに近いな、あれは』
『湊がミスをするとは珍しいな』
『世界にはまだ未知数なものが多くある。それらを斬り伏せていった先に、ようやく俺はあの人と同じ高みにいける』
ここにいない誰かを見つめるかのような、郷愁に浸る眼差し。あまり見たことのない姿だ。
『ガル!ガルルル!!』
『ん』
狼のリオンが湊に飛びつく。
『守ってくれてありがとう……だとさ』
『それが俺の成すべきことだったからな。感謝は不要だ』
そう言いつつ湊は、狼のリオンの頭をポンッと一度撫でた。
「湊が斬れないんじゃ、誰にも不可能じゃん。カイトさんスゲ~」
「兄さんには遠く及ばないが?」
「えー、そうかー?やってみないとわからなーーー」
「兄さんはどうしていつも自分を下に置くんだ?どう考えても兄さんに敵う奴は誰もいない。これは世界の理に等しい。それがわからない愚図が、この世界には多すぎる。理解不能だ」
柄にもなく熱くなってしまった。
兄さんのこととなると、こういう風に我を忘れることがよくある。そして兄さんは自身の尊さをまるでわかっていない。兄さんに対する唯一の不満と言ってもいい。
「え、その場合オレも愚図ってことに……」
「は?そんなわけがないだろう。兄さんは根が優しいから、自然と周りを立ててしまうんだ。それに気づかない、高慢な愚図もいるが……。腹立たしい限りだ」
「そ、そっか……」
俺はふと顔を軽く上げ、目を閉じる。
この世界に来て即座に会ったあの愚図。あんな雑魚に兄さんが負けるなどありえないというのに、ぺちゃくちゃと俺の隣で喋っていた上に、兄さんのことを下に見やがった。
「普段はあんなに理性的なのに、オレのことになるとどうにも盲目的になりすぎるというか、ネジが外れてるというか……」
兄さんにつっかかった上に態度も弁えず睨みつけたあの愚図も許し難い。ギルド内だけでなく外でも邂逅し、さらに乱闘になったのは好都合だったが、結局殺せはしなっかった。
俺の手で粛清したかったが、兄さんに止められては致し方ない。
「生まれてから今日まで、ずうっと一緒にいたからさ、お前のことならなんだって分かってるつもりだったけど……こればっかりは謎だ、うん。もうむしろ怖いまである」
それから使い物にならない陳腐な武器を売っていた愚図。有名な鍛冶屋の武器だとかほざいていたが、あんなチャチな剣、本物を見ずとも贋作だとわかった。
何より頭にキタのは、兄さんを罵倒したことだ。
俺への侮辱であれば、そんな羽虫の戯言は俺の耳にさえ届かないが、愛する兄さんが標的ならば話は別。今すぐこの世から抹消しなければ気が済まない。
……が、これも兄さんに制されてしまい、裁きの剣を下すことは叶わなかった。多少残念ではあるが、兄さんを不快にさせるのは俺の本意でもない。
この世界に来てからこういう葛藤が何度か起こってきた。それは確実に今後も避けられないだろう。
「兄ちゃんはみんなと楽しくおしゃべりしたり仲良く買い物に行ったりするシンがみたいぞー……」
そしてあの最も罪深い愚図……兄さんを暗殺しようとしたド愚図。奴だけは即刻抹消せねばと、強い使命感に駆られた。
シャムロックでの兄さんへの悪辣な態度。あの時点で腸が煮えくり返っていたが、暗殺の依頼をしていたと発覚した瞬間、この世界からすぐにでも抹消することしか頭になかった。
ああいう度を超えた愚図には、弟の俺が制裁を下さなければならない。
兄さんに仇をなす奴らは誰であろうと容赦はしない。
「いっつもオレについてくるから逆に心配になってくるんだよなー。まあちょっとひよこみたいでかわいい……って、ん?」
あちこちに潜んでいる埃を全て取り払い、兄さんの眼前に広がる美しい世界を守ることこそ、俺の最大の使命であり人生だ。
「おーい、聞いてんのか、シン」
「……ああ、ごめん兄さん。考え事をしていた」
「おーなんだ、珍しいな。あ、もしかして……恋の悩みか?!」
「……???」
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「そうかそうかー。ついにシンに春が来たってわけかー」
目を瞑り腕組みしながら、うんうんと頭を上下に揺らす兄さん。
兄さんの中では何か得心がいったらしい。きっと俺には想像もできない考えを思いついたんだろう。
「困ったら兄ちゃんが相談に乗るからなー!」
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