夢で出会ったモブ令嬢を王太子は絶対に手放さない

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この命を守るためのノート

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 前世の記憶を思い出したのは、五歳の春のことだった。

 目が覚めた瞬間、頭の中にどっと流れ込んできた数え切れない思い出。

 日常の断片。講義のノート。友人の笑い声。事故にあった瞬間の衝撃。

「……っ」

 最初は息が詰まって、涙も出なかった。

 けれど時間が経つにつれ、記憶の意味が身体に馴染んできて、私はようやく自分の置かれている状況を理解した。

 どうやら、病弱な伯爵令嬢として転生したようだと。

 ーーーーーーー

 この体はとても弱い。

 熱も出やすいし、何より体力がない。
 朝、ベッドを出た時点で息が上がる。

 数歩歩いただけで足が震え、視界がぼやけることもしばしばだった。

 そんな私をいつも抱き上げてくれるのは、専属侍女のナタリーだ。

「セレナお嬢様、無理をなさらないでくださいませ。移動なら、仰ってくださればよろしいのです」

 そう言いながら、彼女はいつも優しく私を抱きかかえてくれる。

 申し訳なく思う反面、今の私はそれに頼らないと生きていけない。

 ……でも、このままでは、すぐに死ぬかもしれない。

 ーーーーーーー

 だから私は考えた。

 どうすれば、この体で生きていけるのか。

 どうすれば、前の人生で願った「もう少しだけ生きたかった」を叶えられるのか。

 まず目をつけたのは、薬草だった。

 庭に出て、薬草園を見ているうちに、前世で見た薬草図鑑の記憶がふと蘇った。

「あれ? この葉っぱ……熱を下げる作用があった気がする」

 記憶は断片的で曖昧だけれど、それでも頼れるのは自分の知識しかなかった。

 ナタリーの目を盗んで、もとい、彼女の手を借りて、私は薬草の収集と観察を始めた。

 もちろん、いきなり煎じて飲んだりはしない。

 前世の知識から、パッチテストという言葉を思い出した。

 肌に少しだけ触れさせて、赤くならないかを確認する。

 大丈夫そうなら、香りを嗅ぎ、微量を舐めてみる。

 少しでも違和感があれば、それ以上は試さない。

 ノートを作って、効能や反応、感覚などを記録していった。

 この薬草は熱にいい。
 あの葉は、胃にやさしい。
 これは少し苦みが強いけど、呼吸が楽になったような気がする。

 小さな成果に、私は静かに満足していた。

 もちろん、家族には秘密だ。

 父も母も、兄も姉も、私のことを大切に思ってくれている。

 だからこそ、下手に希望を持たせてはいけない。

「元気になってきた」と言えば、社交や政略の対象にされる未来が待っている。

 そうなったら、また同じ。
 また、誰かの期待に応えようとして疲れてしまう。

 私は、静かに生きたい。

 誰にも縛られず、誰にも振り回されず、目立たず、ただ生き延びることだけを考えて生きたい。

 ーーーーー

 この世界に来て、ようやく私は「生きたい」と思えた。

 転生した理由なんてわからない。
 前世のように、夢も目標も何も持たなくてもいい。

 それでも、たったひとつだけ。

 今度こそ、もう少しだけ、長く生きてみたい。

 そう願いながら、私は今日も薬草ノートをひらく。
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