夢で出会ったモブ令嬢を王太子は絶対に手放さない

文字の大きさ
2 / 23

夢の中の君(レオナルト視点)

しおりを挟む
 長い夢を見ていた。

 毎晩のように繰り返される、不思議な世界の夢。

 空を飛ぶ鉄の塊。指先ひとつで光る板。
 高くそびえる建物と、人混みにあふれた音に満ちた街。

 言葉も文化も違う、こちらとはまるで別の世界。

 そして、いつも夢の中に現れるのは、ひとりの少女だった。

 黒髪で、柔らかな笑みを浮かべるその人は、ふとした瞬間、寂しげな目をするんだ。

 彼女はいつも誰かと笑い、図書館で本を読み、雨の日には傘を忘れて駆けていた。

 見たこともない風景の中で、彼女だけは、はっきりと印象に残った。

 彼女の表情、仕草、声、息遣い。
 どれもが自然で、温かく、まるで本当にその世界に生きていたように思えた。

 彼女の声は、なぜか意味がわかった。

 言葉は自分の知るどの言語でもない。
 それなのに、彼女が発する声だけは、不思議と意味がわかった。

 まるで翻訳など必要ないかのように、脳に直接響いてくる。


 だが、どうしても聞き取れない言葉があった。

 名前。
 地名。
 生まれた場所、住んでいる場所、所属する組織や学校。

 そういった彼女の存在を特定する情報だけが、理解できない。

 不思議だった。
 彼女が誰かに呼ばれるたび、音がふっと消えたようになる。

 彼女自身が名乗るときも、口は動いているのに、その意味だけが脳に入ってこない。

 聞き間違いではない。
 知識の不足でもない。

 それはまるで、何かが意図的に認識を阻害しているような……そんな感覚だった。

 ーーーーーーー

 その夢の終わりは、ある夕方に訪れた。

 少女は信号の前に立っていた。

 本屋の袋を持ち、信号待ちをする彼女。

 青に変わるのを確認して、前を見て、踏み出す。

 その瞬間、耳をつんざくようなクラクション。
 車。

「……危ない!」

 夢の中で、そう叫んだのを覚えている。

 けれど声は届かず、彼女はそのまま車に跳ね飛ばされ、宙を舞った。

 砕ける音。飛び散る紙袋。濡れる地面。

 目に焼きついたのは、夕焼けと、あの一言。

「もう少しだけ、生きたかったな……」

 ーーーーーーー

 目が覚めたとき、シーツは冷たい汗で濡れていた。

 心臓は痛いほどに脈打ち、息がうまく整わなかった。

 あれは夢だとわかっている。けれど、夢だとは思えないほど鮮明だった。

 それ以降、あの世界の夢は見なくなった。

 彼女も、現れなかった。
 夢は、終わったのだと思った。

 ……けれど。

 ーーーーーー

 次に現れた夢は、見覚えのある風景だった。

 鉄の塊も、光る板もない。
 代わりに現れたのは、どこか馴染みのある街並み。

 石造りの町。暖炉のある部屋。静かな書斎。
 本を読む少女の姿。陽射しのなか、彼女は穏やかに笑っていた。

 髪も瞳の色も違っていた。服装も、言葉も、すべてが異なっていた。

 けれど、本をめくる手。微笑んだときの目元。
 髪を耳にかける癖や、読みながら何かをつぶやく癖……

 すべてが、夢で見続けていた彼女と同じだった。

 あのとき死んだはずの少女が、どこかで生きている。

 それからというもの、彼女は毎晩のように夢に現れるようになった。

 ーーーーーー

 ある夢では、彼女が日記を綴っていた。

 ペンを持つ手が震え、肩がかすかに揺れている。
 ぽたりと、涙が一滴、紙の上に落ちたのが見えた。

 声はなかった。
 けれど、なぜか伝わってきた。
 孤独。
 苦しみ。
 それでも、誰にも見せたくない想い。

 胸が熱くなった。
 ただ眺めているだけでは、もう足りない。

 一度でいい。会って話がしてみたい。

 彼女が何を見て、何を思っているのか。
 どんな名前で、何を大切にしているのか。

 ちゃんと、自分の声で問いかけたい。

 想いがつのっていく。

 ーーーーー

 言葉は、この国の共通語だった。
 発音も、抑揚も、自分と変わらない。

 だが彼女を特定する言葉は相変わらず聞き取れなかった。
 呼ばれる声も、名乗る口元も、音が抜けたように何も届かない。

 口の動きははっきりと見える。
 でも、意味がわからない。

 口元もちゃんと見ているし、聞こえているはずなのに、なぜだか脳が認識できない不思議な感覚。

 なぜだかわからない。
 ただ、彼女を見れば見るほど、心が惹かれていく。
 その存在が、胸に焼きついて、離れなくなる。

 ーーーーー

 きっと、どこかにいる。

 同じ世界に。
 もしかしたら、この国のどこかにいるのかもしれない。

 名前がわからなくてもいい。
 顔が違っていても構わない。

 彼女のことは、夢が教えてくれた。

 仕草も、声も、あの雰囲気も、すべてを、心が覚えている。

 だから、必ず見つけてみせる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、どうぞお好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

処理中です...