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二つの祈り
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扉が閉じられてから、しばらく誰も言葉を発さなかった。
テーブルの上には、湯気を立てるスープと焼きたてのパン、そして果実水の入った透明なグラス。
静かな朝の光が、それらをやわらかく照らしている。
殿下が静かに姿勢を正した。
その動作に倣って、僕も背筋を伸ばす。
「今日という日に、感謝を。この糧に、理《ことわり》の加護を」
殿下の低い声が、穏やかに空気を震わせた。
王国の祈り。この地の者なら誰もが知る言葉だ。
僕は胸に手を当て、目を閉じて、そっと息を吸い込む。
「大地に恵みを。今日の糧に、感謝を」
自分の国の祈り。
口にした瞬間、記憶がふとよみがえった。
リリアナと、食事を共にした日のことを。
月に数度、彼女と会う時間は、いつも穏やかだった。
最初のころ、僕の祈りを聞いた彼女は、微笑んで言った。
「あなたの国では、そう祈るのね。……素敵だわ」
それからは、いつも彼女も僕に合わせて目を閉じてくれていた。
柔らかい笑顔と、静かな祈りの時間。
あの日々の穏やかさが、胸の奥で痛みになって残っていた。
なのに今、その祈りを、殿下の前で口にしている。
視線を上げると、殿下が静かにこちらを見つめていた。
その瞳には、驚きも戸惑いもなく、ただ優しい色だけがあった。
「……君の国の祈りか」
「はい。子どものころから、ずっと習慣で」
「良い言葉だ。……静かで、優しい。」
殿下の声が穏やかに落ちる。
その響きが、記憶の痛みをそっと包むようだった。
違う国、違う祈り。
けれど今は、同じ食卓で同じ朝を迎えている。
それが、不思議で、ほんの少しだけ、嬉しかった。
殿下がナイフとフォークを手に取る。
「……冷めないうちに、食べよう」
促されて、僕もパンに手を伸ばした。
香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。
口にしたスープはやさしい味で、体の奥がじんわりと温まる。
そうだ。喉が渇いていた。
果実水のグラスを取って、一口、口に含む。
冷たさが舌を通り、乾いた喉を潤していく。
その瞬間になって、ようやく自分がどれほど渇いていたのか気づいた。
殿下の視線が、ゆるやかにこちらをなぞる気配がした。
胸の奥がまた、ざわめく。
「口に合うといいが」
「……はい。とても、美味しいです」
答えた声が思っていたより掠れていて、自分でも少し驚いた。
殿下の口元がわずかに和らぐ。
その微笑みが、どうしてか胸に刺さった。
ふと、食卓の上に漂う香りに意識を戻す。
焼きたてのパンの香ばしさと、スープのやわらかな湯気。
どれも温かく、心までほどけていくようだった。
殿下は静かに食器を置き、湯気の向こうから穏やかに言った。
「食事は、心を落ち着けるものだ。どんな時も……まずは、体を満たすことが先決だ」
その言葉に、胸の奥のざわめきが少しだけ静まる。
そうだ。考えるのは、食事を終えてからでもいい。
ゆっくりと息を吐き、果実水をもう一口飲んだ。
冷たさが舌を伝い、喉をすっと通り抜ける。
ようやく、心が少しだけ軽くなった気がした。
殿下の視線がこちらをやさしく包む。
その穏やかなまなざしに、自然と微笑みが返ってしまう。
ほんの少しだけ……この朝が、心に触れた気がした。
テーブルの上には、湯気を立てるスープと焼きたてのパン、そして果実水の入った透明なグラス。
静かな朝の光が、それらをやわらかく照らしている。
殿下が静かに姿勢を正した。
その動作に倣って、僕も背筋を伸ばす。
「今日という日に、感謝を。この糧に、理《ことわり》の加護を」
殿下の低い声が、穏やかに空気を震わせた。
王国の祈り。この地の者なら誰もが知る言葉だ。
僕は胸に手を当て、目を閉じて、そっと息を吸い込む。
「大地に恵みを。今日の糧に、感謝を」
自分の国の祈り。
口にした瞬間、記憶がふとよみがえった。
リリアナと、食事を共にした日のことを。
月に数度、彼女と会う時間は、いつも穏やかだった。
最初のころ、僕の祈りを聞いた彼女は、微笑んで言った。
「あなたの国では、そう祈るのね。……素敵だわ」
それからは、いつも彼女も僕に合わせて目を閉じてくれていた。
柔らかい笑顔と、静かな祈りの時間。
あの日々の穏やかさが、胸の奥で痛みになって残っていた。
なのに今、その祈りを、殿下の前で口にしている。
視線を上げると、殿下が静かにこちらを見つめていた。
その瞳には、驚きも戸惑いもなく、ただ優しい色だけがあった。
「……君の国の祈りか」
「はい。子どものころから、ずっと習慣で」
「良い言葉だ。……静かで、優しい。」
殿下の声が穏やかに落ちる。
その響きが、記憶の痛みをそっと包むようだった。
違う国、違う祈り。
けれど今は、同じ食卓で同じ朝を迎えている。
それが、不思議で、ほんの少しだけ、嬉しかった。
殿下がナイフとフォークを手に取る。
「……冷めないうちに、食べよう」
促されて、僕もパンに手を伸ばした。
香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。
口にしたスープはやさしい味で、体の奥がじんわりと温まる。
そうだ。喉が渇いていた。
果実水のグラスを取って、一口、口に含む。
冷たさが舌を通り、乾いた喉を潤していく。
その瞬間になって、ようやく自分がどれほど渇いていたのか気づいた。
殿下の視線が、ゆるやかにこちらをなぞる気配がした。
胸の奥がまた、ざわめく。
「口に合うといいが」
「……はい。とても、美味しいです」
答えた声が思っていたより掠れていて、自分でも少し驚いた。
殿下の口元がわずかに和らぐ。
その微笑みが、どうしてか胸に刺さった。
ふと、食卓の上に漂う香りに意識を戻す。
焼きたてのパンの香ばしさと、スープのやわらかな湯気。
どれも温かく、心までほどけていくようだった。
殿下は静かに食器を置き、湯気の向こうから穏やかに言った。
「食事は、心を落ち着けるものだ。どんな時も……まずは、体を満たすことが先決だ」
その言葉に、胸の奥のざわめきが少しだけ静まる。
そうだ。考えるのは、食事を終えてからでもいい。
ゆっくりと息を吐き、果実水をもう一口飲んだ。
冷たさが舌を伝い、喉をすっと通り抜ける。
ようやく、心が少しだけ軽くなった気がした。
殿下の視線がこちらをやさしく包む。
その穏やかなまなざしに、自然と微笑みが返ってしまう。
ほんの少しだけ……この朝が、心に触れた気がした。
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