迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

翠月 瑠々奈

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決行の日③

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 顔を上げたらフェルと視線がぶつかる。彼は眉根を寄せていた。

「迎えに行けなかったこと。ずっと謝りたかった」
「どこにいたか知っていたんですか」
「ああ。だいぶ経ってから教えられた……」
「意地の悪い彼らしいですね」
「……っ、そうだね。だけど」

 なにかを迷いながら、抱き寄せられて肩口に彼は頭を乗せた。

「迎えに行けばよかったと…今、後悔した……あのときは君の傍にいられる自信がなかったんだ。君を前にすれば必ず手離すことが出来なくなる。だからノアに託したつもりで……でも」

 強く抱き締める手。そっと、その手を離すように促す。

 躊躇いながらフェルが手を離す。けど代わりに今度は私が、彼の手を両手で包むように掴んだ。

 彼の姿や表情、その全てを焼き付けるように瞳に映す。

 これが最後になるのかもしれないのだから。

 だから今、伝えなきゃいけない。そんな気がした。

「フェル。私、この国に来て貴方に出逢えたこと……一度は後悔したんです」

 王女様の代わりになるくらいなら、来たくなかった。それは私の正直な気持ちだから。

 だけど……だけどそれは、裏を返せば、それだけこの人を想ってしまってるということ。

 ぎゅっと握り締めたら、同じように重ねて握り返してくれた。

 そしてフェルは瞳を細めて、わずかに笑みを作った。

「なら君は、また後悔することになるね」
「え?」

 彼は一度、瞼を伏せる。再び開けた瞳には強い意思を乗せた光を湛えていた。

「迎えに行くよ。どれだけ離れていようと、必ず」

 再び手を引かれて抱き寄せられる。彼は耳元に口付けて囁いた。

「そしたら君は、また後悔するかな」
「……」

 もしもまた逢えたのなら、その時は……。

 だけどそれは叶わぬ願い。だって私達は……住む世界が違うのだから。

 想いを呑み込んで、笑みを返す。

「その時はきっと……喜んでしまうと思います」

 私は、貴方が好きだから。

 フェルも嬉しそうに笑みを浮かべる。

「そっか」
「はい」

 どちらともなく、指先を絡めてギュッと握り締める。

「……」
「……」

 伝えたいことがたくさんあるのに、胸が苦しくて言うことが出来ない。

 急かすようにソンブルが微かな声を出した。

 これ以上待たせるのは彼等が気の毒だ。

 そっと、顔を逸らす。

「私、もう……行かなくちゃ」

 どうしてかな。覚悟……決めたはずなのに。

 今は、貴方を見ることすら苦しくて。無意識に握り締めた胸元が痛い。

 心の中ではこんなにも言葉で溢れてるのに、一言すら出てこない。

「……」

 …………ねえ、フェル。

 私、貴方に伝えたいことがあるの。

 そっと顔を上げて、その藍色の瞳を見つめる。ゆっくりと唇を動かす。

「フェル、あのね……私……」

 私、ね……別の世界の人なんだよ、って。

 だけど言葉にすることが出来ない。唇を強く引き結ぶ。

 代わりにフェルが口を開いた。

「ルミ、そんな顔しないで。必ず、迎えに行くから」

 金色の髪が揺れて、彼は心配そうに眉根を寄せる。こんな顔、させたいわけじゃないから、ぎこちない笑顔を作る。

「……ごめんなさい。つい感傷的になってしまったみたいですね。私、待ってます」

 だけどね、フェル。
 迎えになんて、再会なんて……出来ないんだよ。

 込み上げる感情を抑えて、彼を見つめる。

「フェル」

 最後に一つだけ訊いてもいいかな。

「うん?」

 貴方は…………。

「……あの、ね」

 貴方は────私と同じ姿をした王女様を愛しますか?

「……」

 そう考えたら辛くなって、視線を逸らした。

「なんでもありません。私、もう行きますね」

 振り切るように、指先をほどいて体を離す。

 間際、強く引かれて唇を奪われる。

「!」

 顔を離した彼は、いつか見たあの可愛らしい笑顔を見せた。

「忘れないで。どこにいても、君だけを愛しているから」
「フェル……」

 私も。
 私も、貴方だけを愛してる。

「……」

 だけど、この想いはこのまま持っていくと決めたから。

 言葉の代わりに、私からの口付けで応えた。

「……っ!」

 すぐに逃げるように駆け出す。後ろからフェルの声が追ってきた。

「ルミ!」

 数歩進んで立ち止まる。正面では、ソンブルが立ち上がるところだった。

 振り返ると、名残惜しそうに手綱を持つフェルも歩き始める。

 こちらに来ようとする彼を「待って」と制する。

「この子たちが怯えるから」

 そんなの言い訳。本当は貴方から離れる決意が揺らいでしまうから。ふたたび一歩、二歩と歩き始める。

 そうして徐々に速度をあげる。傍まで行くと待っていた獣たちが近づいてくる。

 一瞬ドキッとしたけど、ソンブルは鼻先を近づけてくるだけだった。応えるように手を伸ばすと、警戒しながらも触れてくる。ひどく怪我をしてるのに、それでも帰りたい。そんな思いが伝わってくる。

 この子たちと私は……同じだから。

 早く終わらせてあげたい。未練を断ち切って、ソンブルの胸元に顔を埋める。

「……行こう」

 呟いて顔を上げたら、真紅の瞳が見返してきた。直後、大気を震わすほど鳴き声を上げる。

 その終わりに振り返る。

「フェル、今まで有難う!!」

 きっとこの声は届かない。それでも声にする。

「やっぱり私……ここに来られて、貴方に出逢えて幸せでした」
 
 身を翻したあとを追って返事がくる。

「必ず迎えに行く。だから!」

 応えるように大きく手を振る。カバンの持ち手をギュッと握り締めたら、光が溢れ始めた。

 もうすぐ術式が展開される。

 その証拠に取り出したスマホが、何よりも輝いていた。

 一際光が溢れた瞬間、足元に金色の線で描かれた魔導術が広がり始める。

「!」

 同時に吹き荒れる風。

 飛びそうになるのをソンブルにしがみついて、なんとか留まる。見上げた空には、渦を巻く鈍色の雲が支配していた。

 やがて、そこからいくもの光の柱が降りてくる。その光はヴォルフ達に注いでいく。

 包まれると、足元からサラサラと解けるように光の粒となって消えていった。

 その光が一つ、二つと無くなっていく頃、私とソンブルの上にも光が降りてくる。

 暖かい穏やかな光。

 その中は、すごく懐かしい感じがした。自分の居場所とか、そういう感覚に似てる。

 自身の足元から消えて行く。けどそれは、ただ帰るだけ。そう思い、身を委ねるのも、もはや恐怖はなかった。

 ただ……。

 手の平が消え始めて、胸がチクリと痛む。

 ああ……もう、本当にお別れなんだなって。

「……」

 どうせなら笑顔で。

 視界の端に馬で駆け寄ってくる彼が見えて、そんな風に声をかけた。

「フェル!」
「……ルミ!」
「ありがとう!」

 そして……。

「また、ね」
「ルミ!」

 直後、フェルの姿を最後に視界は闇へと沈んだ。
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