不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈

文字の大きさ
2 / 13

2

しおりを挟む

「ねえ、前から思ってたけど、どうしてオリビアは怒らないの?」
「え?」

 突然言われたことに疑問符を浮かべる。ミシュアは「侯爵のこと」と続けた。

「さっきの話も変だけど、前々からおかしかったわよね。すぐ怒る気がするの」
「たまにあるのよ、よくわからないけど不機嫌になるのが」
「それ。こっちにまで分かるほど滲み出てるの。それだけじゃなくて、他にも使用人のように扱ってたり、そろそろオリビアの方が怒っていいんじゃない?」
「そうよね……でも他ではそうしてるって言われるのよ」
「他って?」
「他の侯爵家でも、妻は夫を立てるものだって」

 その言葉にミシュアが眉間にシワを作る。

「そんな話、聞いたことないわ。夜会で見る夫妻はみんな互いに支え合っているもの。言葉を借りるなら、むしろ妻を立ててる方だけど」
「そう、よね……」

 夜会で会う高位貴族たちは、皆妻をエスコートし、男性は決して前には出ない。それがという舞台のマナーだからだ。

 にもかかわらず、ローガンはオリビアを呼びつけ、飲み物を持ってこさせ、夫人たちと話していてもお構い無しで割り入ってしまう。

 それが最近、悪い印象を与えていることをミシュアは言った。

「サルコベリア侯爵は傍若無人だ、なんて言われてるの。まだ高位貴族の中だけだけど、それが下位貴族まで伝わったら……付け入る隙を与えてしまうわ。気をつけて」

 爵位は一定期間で、その地位に相応しいか国の評価が入る。少しでも不足があれば下がることは考えられる。だからこそ、高位貴族たちは常に社交界で互いの繋がりを守っていた。

 オリビアは考えるように一拍置いて「そうね」と返す。

「ローガンと話してみるわ。今のままじゃいけないものね」
「ええ。そうした方がいいわ」

 その言葉に小さく頷いた。


*  *  *


 邸に着いて、ミシュアと軽く別れの挨拶を交わして馬車から降りる。

 すぐさま邸に向かって行くと、ちょうど外にいた侍女の一人が足を止めた。

「オリビア様、おかえりなさい。侯爵様はご一緒じゃないんですね」
「そうなの。それより今、手が空いてるかしら? 執事長を呼んできてくれない? 私の私室に……いえ、執務室の方に来てと伝えて」
「わかりました。すぐに呼んできますね」

 パタパタと駆けていく侍女の背を見送って、オリビアも中に入る。

 正面の階段を上がって真っ直ぐ執務室を目指した。

 廊下突き当たりの木製の扉。夫のローガンの執務室だが、結婚してからはオリビアも兼用で使用している。

 彼女は入るなり、机の端に置いてある大きめの手帳を開いた。予定の欄はびっしりと埋まっている。だがやはり、この後重要なものはなかった。

 ホッと胸を撫で下ろす。同じタイミングで、部屋の扉が叩かれた。オリビアが返事をすると、執事長が入ってくる。彼は「呼ばれましたか?」と聞いた。

「遅い時間にごめんなさいね。確認してもらいたいことがあったのよ」
「なんなりとお申し付けを」
「ありがとう。早速だけど、ローガンの予定を一週間分まとめてくれるかしら。大きなものから、細かいことまで全部」
「承知しました」

 頭を下げて執事長がその場を後にする。オリビアは次に、とミシュアへ送る手紙の準備と、先ほど話した内容をまとめ始めた。

 以前、ミシュアの領内で採掘された珍しい鉱石。それは微量ながら光を帯びているらしい。それをミシュアから聞いたオリビアは、きっと市場に出れば物珍しさから売れると踏んだ。それをいち早く聞いた上での依頼だった。

 実物を見ることは叶わなかったものの、馬車で加工するに向いている品や、状態などを聞く。それらを思い出しながらメモを取る。

 一通り書き終えると侍女が部屋へ訪れた。

 夜会から戻ったままのオリビアを心配したようだ。彼女は着替えを提案し、オリビアも頷く。そのまま自室へと二人で向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

コレが溺愛に見えますと?

真朱
恋愛
マリージュの婚約者・リュカは、熱狂的信者を抱える超絶美男子。 周囲の皆さんの目には、マリージュはリュカから溺愛されているように見えているらしいのだが、マリージュに言わせるなら、これはそういうのじゃないのだ…! 恋愛音痴のマリージュと、マリージュとの距離を詰めたい腹黒婚約者・リュカの、モダモダしてるようなしてないような?なお話です。  ※以前公開していた同名タイトルのお話の改訂版です。   ※差別的意図は決してございませんが「ハゲ」という言葉がだいぶ出てきます。不快に感じる方は閲覧をご遠慮ください。

そんな世界なら滅んでしまえ

キマイラ
恋愛
魔王を倒す勇者パーティーの聖女に選ばれた私は前世の記憶を取り戻した。貞操観念の厳しいこの世界でパーティーの全員と交合せよだなんてありえないことを言われてしまったが絶対お断りである。私が役目をほうきしたくらいで滅ぶ世界なら滅んでしまえばよいのでは? そんなわけで私は魔王に庇護を求めるべく魔界へと旅立った。

だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう
恋愛
 妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。  しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...