不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈

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 ミシュアの邸を訪れて数日後、サルコベリア邸の執務室でオリビアが書類に目を通していた。

 近々視察に行く予定で、用意した行動表。それらを確認していく。

 すると扉の向こうから物凄い足音がし始める。ドスドスと響くそれに、オリビアが顔を上げた。直後、勢いよく扉が開く。

「なんなんだアイツは!!」

 突然の怒鳴り声にオリビアが驚き息を飲む。すぐに怪訝な顔をして「どうしたの?」と聞いた。

「リヴェルト侯爵の次男坊だよ! 俺のやることにいちいち反論して! 挙げ句に何て言ったと思う?!」
「……何て言ったの?」
「そんなやり方じゃ進められない、もう一度考えろ、だと!!」
「やり方……王城そばの橋の件かしら?」
「そうだ。まったく、次男のくせに当主の俺に歯向かうなんて不愉快だ」

 正面のソファに身を投げるようにして座り、腕を組む。ブツブツ文句を言うローガンに小さく息を吐いて、オリビアが先を促すように聞いた。

「それでリヴェルト侯爵令息は、どの部分に反対だと言ったの?」
「費用と人員だと。安く雇った人間を多く集めるより、身元のしっかりした技術者に賃金を多く払って来てもらえとさ。それじゃあ割に合わないだろ!?」
「なるほど」

 唐突な話をなんとか紐解いて、ローガンの不満の理由を探っていく。それがようやく繋がった。

 少し前、王城のそばの橋が一部崩れてしまい、その修理をいくつかの貴族家に任された。そして今、協議が進めているところだ。予算はおおよそ見積もった額を国から割り当てられ、すでに各家に支払われている。

 もし余ればそのまま収入になるが、予算を超える出費になれば、それはそのまま各家の損となる。ローガンは、そこが引っ掛かっているのだろう。

 オリビアが「だけど」と続ける。

「その令息のいうことも一理あるわ。国から預かった大事な仕事だもの。信頼できる人に任せたいと思うじゃない」
「なんだ……お前はアイツの味方なのか」
「ローガン?」

 不服そうな物言いに疑問を返す。だがそれ以降、ローガンは口をきかなくなった。

 何を言っても無視され、話にならない。しばらくして執事が夕食の準備が出来たと呼びに来たが、変わらず会話はなかった。

 さすがにこれではいけないと、食後に廊下でローガンを呼び止める。

「ローガン、待って。話をしましょう」
「……」

 オリビアの声に彼はピクリと眉を動かすだけ。そのまま離れていきそうになるのを、慌てて袖口を掴み引き留める。

「話を聞いて。あなたのことを否定したつもりはないの。ただ、いろいろな考えがあるって言いたいだけで」
「……」

 精一杯言葉を選んだつもりだったが、ローガンはムッとしたまま返事をしない。だが、一拍置いて彼がニヤリと笑った。

「なら次からの会議にはお前が参加すればいい」
「え?」
「お前ならあの次男坊と気が合うだろうさ。ふんっ、次の場所は執事に聞いておけ」
「ちょっと、ローガン!」

 オリビアが掴んでいた腕を払って歩き出す。急な話に彼女は呆然としてしまった。シンと静まり返った廊下で、ただただ佇む。

 窓から差し込むわずかな月明かりだけが、先を照らしていた。
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