不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈

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「あの件はどうなってる?」
「あら、ローガン。どうしたの?」

 こんなところまで、とオリビアが首をかしげる。邸の温室で、珍しくローガンが声をかけてきた。

 普段ならば、庭園は女の仕事と寄り付かなかった。それがどんな風の吹きまわしで訪れたのか。

 聞かれたことにローガンが咳払いして答える。

「いや、あの件が気になってな」
「あの件? もしかして橋のことかしら」
「そうだ」
「書面では経過を報告してたと思うけど。簡単にいえば人員も費用も問題なく進んだわ。リヴェルト侯爵と懇意にしている人たちに依頼できたの」

 そう、オリビアは答えた。最近特に忙しくしている中で、二人が顔を合わせるのは食事時だけ。そのタイミングを逃すと数日会話すらしないことは多々あった。

 そういうときは執事を通して書面で報告する。

 いつもと同じように伝えていたはずなのに、わざわざ聞きに来るのは何故だろう。オリビアは繰り返す。

「予算はあなたと同じくらいだったはずだけど、何か不備でもあったかしら?」
「いや、別に……な、何もないならいいんだよ!」

 急に大きな声を出してドスドスと去っていく。水を撒くための水差しを持ったまま、オリビアはポカンとしてしまった。


*  *  *


 落ち着いた店内では、怪しげな灯りに照らされて妖艶な女性たちが客人たちに声をかけている。

 一部の下位貴族が集まる高級酒屋に、ローガンの姿があった。

 彼はカウンター席で酒をあおりながら、不満を口にする。

「アイツは生意気なんだ。何でもすました顔でやりやがって」
「あら、それはいけませんね。殿方の仕事に手を出すなんて」

 言いながら隣の女性がグラスの中身を注ぐ。その言葉にローガンが気を良くした。

「そうだろう? お前はわかってるじゃないか」

 柔らかく微笑う女性の腰を抱く。アルコールで真っ赤になった彼の耳元に女性が、この後の誘いを口にする。

 だが返事をする寸前、そばに男性が近づいてきた。

 無意識に顔を向けるローガン。黒髪な素朴な男性が頭を下げた。

「初めまして、サルコベリア侯爵」
「誰だ?」
「男爵位を賜るゴードンと申します」
「ゴードン……ああ、最近力をつけてきていると聞いたな」
「ええ」
「なんだ、俺に用があるのか?」
「そこの女よりも価値ある話が」

 ニヤリと笑う男性。始めはローガンも訝しんでいた。

 だが、その男性はローガンのそばに行くと耳打ちする。その話に目を大きく見開いた。

 よほど良い話だったのか。ローガンは口角を上げて、抱いていた女性を突き放す。

「きゃっ!」
「邪魔だ、どけ」

 シッシと追い払い椅子から立ち上がった。襟を正すと、ローガンは男爵を見る。

「すぐに行こう。彼女はどこにいる?」
「我が邸に。ご案内致します」

 二人はそのまま酒屋を後にする。乗り込んだ馬車は闇夜に消えていった。
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