不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈

文字の大きさ
10 / 13

10

しおりを挟む

「オリビア!」
「っ……!」

 広間からほど近く、小高い場所にある展望台。そこまで無我夢中で駆けてきたオリビアを、ウィリアムが腕を掴んで引き留める。

 その勢いでバランスを崩した彼女を抱き止めた。

「……」
「……」

 互いに何も言えないまま、遠くの喧騒だけが響く。オリビアは微かに震えていた。

 初めて見た夫の不貞に激しく動揺する。愛とか恋以前に、彼は侯爵であり自分は夫人であった。その責任と、これからの事態を考えると不安ばかりが浮かぶ。

 その混乱を落ち着かせるように、ウィリアムが強く抱き締める。大丈夫、と微かに聞こえた声にオリビアも次第に落ち着きを取り戻していった。

 しばらくして、彼女がそっと体を離す。そのままフラフラと近くの椅子に座った。ウィリアムも少し遅れて隣に腰を下ろす。

「ローガン……よね」

 躊躇いがちに聞かれて、悩みながらもウィリアムは「そうだね」と返した。

「残念だけど、間違いないと思う」
「そうよね。ああ……どうしたら」

 頭を抱えて、項垂れる。ただでさえ、最近は評判が落ちてきたサルコベリア家。それに加えて夫の醜聞が加われば、確実に爵位を保てなくなる。

 明らかに困惑するオリビアの手に、ウィリアムがそっと触れる。

 オリビアが顔を上げて、彼は諭すように言う。

「調べてみよう。もしかしたら誤解かもしれない」
「……そうね」

 大きく溜め息を吐いて、彼女は視線を川辺に向けた。

「嫁いでから、必死に動いてきたつもりだったけど…どうしてこうなったのかしら」

 実家は由緒正しい公爵家。父方の祖父が王家の血筋であり、家族は皆、国の要職に就いている。

 当時、侯の爵位に上がったばかりのローガンに箔をつけたい、と嫁に望まれた。両親は最初難色を示したものの、押しきられる形で承諾した。

 オリビアを必ず幸せにすると約束させて。

 だが実際にそうだったとは言いがたい。オリビアは自嘲気味に笑う。

「私、誰かに必要とされたかっただけなのよね。兄が家督を継いで、もう一人の兄は自分の意思で国に仕えている。私も何かしたくて、ローガンに必要とされて、応えようとしたの。でももうそれも終わりね」

 静かに瞳を閉じる。彼女は「ただ」と続けた。

「一つだけ心残りがあるとしたら、気軽に城下に来ることが出来なくなることね」
「城下に?」
「そう。ここには良い思い出が多いから」

 開けた瞳に紅の光を宿す。オリビアがウィリアムの方に向き直して、笑みをこぼす。

「ふふっ、あの紙の花もそうね。今考えると、とても素敵な人だったのかもしれないわ。だって散らない花を贈ってくれるなんて。冷静でいながら情熱的じゃない?」

 オリビアの言葉に、彼はフッと表情を和らげた。

「それはそうだね。消えない愛と、その願いが込められているから」
「あなたもそう思うのね。私、あの時後ろ姿を見たの。今の夕陽と同じオレンジ色で、まるであなたと同じ……」

 ウィリアムの髪に手を伸ばす。途中でハッとして慌てて手を引く。けれどその手を彼が掴んだ。

 戸惑いに瞳を揺らすオリビア。ウィリアムは強く見つめて続ける。

「……そう、同じ。気づいて欲しくて、見て欲しくて花を贈ろうとしたけど出来なくて、手紙を送ったんだ」
「手紙?」
「花の形に折って」
「もしかして中に……?」

 頷かれて、オリビアが目を瞬く。ウィリアムは彼女の手を強く握って、その気持ちを示した。

「もし……あの家を出たいと思ったら、花を開いて欲しい。あとのことは任せてくれていいから」

 ウィリアムの言葉にオリビアが、迷うように視線を流す。俯きがちに落として、小さく頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

コレが溺愛に見えますと?

真朱
恋愛
マリージュの婚約者・リュカは、熱狂的信者を抱える超絶美男子。 周囲の皆さんの目には、マリージュはリュカから溺愛されているように見えているらしいのだが、マリージュに言わせるなら、これはそういうのじゃないのだ…! 恋愛音痴のマリージュと、マリージュとの距離を詰めたい腹黒婚約者・リュカの、モダモダしてるようなしてないような?なお話です。  ※以前公開していた同名タイトルのお話の改訂版です。   ※差別的意図は決してございませんが「ハゲ」という言葉がだいぶ出てきます。不快に感じる方は閲覧をご遠慮ください。

そんな世界なら滅んでしまえ

キマイラ
恋愛
魔王を倒す勇者パーティーの聖女に選ばれた私は前世の記憶を取り戻した。貞操観念の厳しいこの世界でパーティーの全員と交合せよだなんてありえないことを言われてしまったが絶対お断りである。私が役目をほうきしたくらいで滅ぶ世界なら滅んでしまえばよいのでは? そんなわけで私は魔王に庇護を求めるべく魔界へと旅立った。

だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう
恋愛
 妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。  しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...