<第一章完結>聖女は自分を呼んだ異世界を嘲笑う

詩海猫(8/29書籍発売)

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交錯 2 バレンタイン

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昨今のバレンタインは本来の意味を失いつつあると言われて久しいが、そもそも日本のバレンタインに本来の意味なんかない。単にお菓子会社の陰謀である。
もっと言えば最早スイーツ博覧会だが、私はこのバレンタインシーズンが好きである。
 だって普段は見かけない珍しいかつ美味しいチョコが沢山あって、時期さえハズさなければ(この場合売場が混みそうな土日祝日を避けるという意味で)ゆったりじっくり選び放題。
煩い家族連れも鬱陶しいバカップルもいない女性のみの空間ーーそう、「自分で自分にチョコ買うの?」と言われるのを恐れる男性陣の足は絶対この時期バレンタイン催事売場に近付かない。

尤も、昨今は「スイーツ男子」というジャンルもあるらしいが。もちろん私にはその手のジャンルに興味もなければ本命もいない。勤め先だって女性数名有志でまとめて大きな箱を「皆さんでどうぞ!」と置いて終わりである。純粋にチョコが好きな私は単に自分用と友チョコのみ。更に言えばほとんど自分のお茶受けか非常食扱いなのだが、見ているだけでも楽しいので結構長々見入ってしまう。
そんな私は普段は誰宛てだろうと手作り、なんて面倒な事はしない。だが今年は、
「手作りして渡したいので教えて下さいおねーさま♡」
 と言われてしまったのでバレンタイン直前の週末、例によって妹宅にお邪魔する事になった。
 今はデパ地下にその材料を買い求めに来たとこである。勤務帰りなので1人だ。

 地下は食料品売場だけでなく、多くのスイーツ専門店も並ぶので大半はそっちに流れ、手作りコーナーは意外と空いている。
 メモした材料を順にカゴに入れていると近くにいる女性達の会話が耳に入る。
「……でね、いつも一緒にいるウィルさんによると、彼の理想のタイプって強いて言えば聖なる乙女って感じの子じゃないのかな?っていうのよ!難しくない⁉︎」
うん、そりゃ難しいわ。
「あ~…やっぱり清純派が好みか~まあそうだよねぇ。いかにも守ってあげたーいって子が好きそうだもんねぇ…?」
「そりゃーあの金髪だもん、隣には金髪美少女が似合うだろうけどさー、世界違いすぎない?」
「しかも、ただか弱いんじゃなくてこころざし強く気高いタイプってだって」
 ーーそれ人間か?
「何それジャンヌダルク?ヴァルキリー?」
 激しく同意。
「じゃあ、やっぱ渡すのやめる?」
 ーーそっからバレンタインの話につながるのか。てっきりバーチャルゲームの話してんのかと思った。
「やめない!だってウィルさんによると甘い物はよく食べてるんだって。ケーキとか、クッキーとか」
「うっっわ意外!」
「でしょでしょ?で、ウィルさんによると1番好きなのは多分ーー」

「…………」
 ーーどんな乙女系男子オトメンだ。てか、”聖なる乙女”って時点で既に三次元じゃなくて二次元生物だろ。、しかもスイーツ好きって。

「でも彼なら似合うーーっ薔薇の庭園でお茶とか想像すると似合いすぎるっ」
「花背負しょうのが似合いすぎるよねっ」

ほんとにそんな人間いるのか?職場にいるイケメンだけでここまで盛り上がれる彼女達に心底感心、かつ若干呆れながらついつい心中でいらぬツッコミをいれてしまったが、とっとと買い物を済ませて次の店に向かうべく、その場を離れてレジに向かった。

 次の店で、カンナちゃん宅に持参する菓子と今夜の自分の夜食を兼ねたスイーツを選んでいると先程とは違うOLさんらしき二人組に声をかけられた。

*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

「よしっ!出来た!」
「こっちも出来ました!ラッピング完了です、おねーさま!」
「じゃ、お茶にしようか?」
「はいです!」
 お茶受けには先程バレンタイン用に作ったクッキーの余りと、買ってきたスナック菓子とが混在しているが既にやたら甘い匂いはお腹いっぱいなのでちょうどいいのだ。
「カンナちゃんは誰に渡すの?」
 ラッピングしたのは結構な数だ。
「両親と塾の先生、あとは学校や塾のお友達です」
「クラスの男子とかにはあげないの?」
「クラスの男子全員の机の中に入れとこうってボランティアをやる女の子達に寄付はしましたわ」
「……ボランティア団体なんてあるの?」
「私が勝手にそう呼んでるだけですが」
 すまして言うカンナちゃんに「なら何故手作り?」と聞くと、
「日頃の感謝を伝えるには手作りの方が有効な気がしますので」
と返ってきたので今時の小学生って……と思いはするものの口には出さず、
「本命は?」
「いませんわ。おねーさまこそ、誰かに手作りしないんですか?こんなにお上手なのに」
「うーん、覚えたの、自分の為だからねえ」
探してみると”紅茶味のお菓子”って実は意外と少ない。
ケーキ、チョコ、クッキーくらい?更に言えばほとんどが”紅茶風味”であって”紅茶味”ではないのだ。
食べてみても、僅かに風味漂うだけで名前だけ感が強い。「だったら自分で作ってみよう」って思ったのは気紛れだった。
だがやってみたら、存外楽しかったのだ。
作り方自体は良く知られたお菓子と変わらず、材料に紅茶を混ぜるだけだからそんなに難しくはない。
 問題は入れる量だったのだがーー50g入れるのと100g入れるとこれだけ違う、ならその間は?とか記録しつつ1番の”自分好み”の量を見つけるまで延々作りまくった。手順を暗記してしまう程に。
まあ、途中「うわ、なんかコレ錬金術みたいなんとかのアトリエとか」って妙なテンションになったのは内緒だ。
それに、それ以降お菓子作りに嵌ったかというとそうでもない。
私からすれば手作りとは、材料の買い出しから後片付けまで正直時間も体力も余ってないと出来ない贅沢タイムである。
故に一旦極めてしまった事で満足してしまった感もあり、作るのはほんとにごくごくたまーに、に限られる。

 紅茶味にこだわってる私だが他のスイーツが嫌いなわけではない。
フルーツいっぱいタルトだってプリンやアップルパイの類だって好きなので、そちらをちょいちょいデパ地下などで漁り、紅茶味が食べたい時だけ自分で作る。
 そんな感じで良くある紅茶のシフォンケーキをお店で買う事はなくなった私だが、最近とあるデパ地下で自分の作る物に良く似た感じのシフォンケーキをみつけた。
 試しに買ってみたら味も自分が作る物よりはやっぱり薄めだが一般的なシフォンケーキよりは濃く、隠し味に柑橘系の粉が混ぜてあるらしく香り高く仕上がっていて唸った。
(うぅむ、流石プロの技)
となって以降、時々買っているのだがーーそういえばあのOLさん達、どうなったかな?

*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

「あの、この辺にシフォンケーキ売ってるお店ってありませんか?」
「シフォンケーキならこの隣とあと角を曲がった1番端の店と三階のティールームにありますけど」
「お詳しいんですね!」
訊いてきた二人は何やら顔を見合わせて嬉しそうだ。
「良かった!私達、詳しくなくて。でも美味しいシフォンケーキを探してるんです!」
 あの店の、とかでなくシフォンケーキを探してる?それはまた面妖な。シフォンケーキ研究会でもしてるんだろうか。
「実は、バレンタインに渡したい人がいるんですけどその人がシフォンケーキ好きらしくって……」
 なるほど。合点がいき、私は迷わず今1番お気に入りのシフォンケーキの店を教えた。

♦︎♦︎♦︎

「大漁だねぇ」
「……お前、一体何を言ってまわった?」
「何も。ただ単に君が休憩時間に良く食べてる物は何か、きかれたから答えただけ」
 そう答える当人の前にも、結構な量のチョコが積まれている。ただクレイルの場合、チョコの包み以外にケーキの箱も多い。
手作りから有名デパートのロゴ入りまでそのジャンルは幅広い。
どっかの誰かが見たら「シフォンケーキ研究会じゃなくて博覧会?」とか言ったに違いない。
「ーーどうしろというんだーー」
 ケーキは生物だ。そして要冷蔵である。自分の胃袋にも手持ちの冷蔵庫にもこんな量は入らない。かといって捨てる訳にもいかない。
「まーま、3日もあれば片付くでしょ?僕も少し手伝うから」
「半分手伝え」
「はいはい」
とりあえずその日の夜食にと幾つか開けたクレイルは、そのうちの一つを口にして動きが止まる。
(これは…似ているな。ツキナの作ったものに。いや、正確には少し違うがーー)
こちらに来てツキナの作っていた菓子と同じ名称の菓子が沢山あると知り、片っ端から試してみたが同じ味の物や近い味の物はみつからなかった。
それでも紅茶の茶葉を使った菓子はそれとなくチェックしてしまうクセがついてしまっていたのだが、最近はそれも落ち着きつつあった。
(だが、これはーーどこのものだ?)
思わず、久しぶりに包みのロゴをチェックした。

♢♢♢

「へー。そうだったんですね」
 覚えた動機を話すと意外そうに言われた。
(まあ、普通そうだよね)
 “お菓子の作り方=好きな人に手作りする為“が一般的な世において、自分が食べたいからって普通ないよなぁ。\材料買ったとこにいたOLさん達だって頑張って作ったんだろうしーー上手くいったかな?

♦︎♦︎♦︎

「ーー失敗した」
食べる順番を間違えた。
申し訳ないが、先に食べた店の物よりこの手作りケーキは大分落ちる。
いや、一般的に下手という訳ではなく素人の手作りといえばこんな感じなのだろう。現に先にデパートの物を食べてないウィルは特に問題なく食している。
 だがーーツキナの作った物は手作りより売ってる物に近いという事は、彼女は菓子職人かなんかだったのか?
いや、しかし彼女が詳しいのは紅茶の茶葉を使った菓子に特化していた。
(だとしたら趣味か?それにしてはレベルが高すぎる気がする。いや、まさかーー)
作って食べさせたい相手でもいたんだろうか?という考えに行きつき愕然とした。
「……そんなに不味いの?それ」
 気が付くと手元のケーキが粉々になっており、目の前の同僚が怪訝な顔をしている。
「いや……そんなつもりでは」
 なかったのだが、先程の考えが頭を離れず、フォークは進まなくなった。

♢♢♢

 ぞくっと全身に悪寒がはしった。
「っ?!」
 いきなり身体を震わせた私に、
「どうしたんですかおねーさま?!」
「いや、急に寒気がーーなんだろ??」
 部屋の中は充分に暖かいのに。
「窓は開いてないし……エアコンの温度あげましょうか?」
「ううん、もうおさまったみたい」
この家には何度も来てるのにおかしいな。風邪でもひいた?
念のため、寝る前に抗生物質を飲んだ方がいいかもしれない。

*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*

バレンタインーー本来は当時の思想では認められない結婚式を密かに挙げていたバレンタイン司教がその咎により処刑された日。
日本では、そんな事は知らずに特別なチョコを求める女性と勝手に勝ち組・負け組に分けられてしまう上、勝ち組の男性にはもれなく数日間強制スイーツ地獄を、負け組にはヤケ酒+二日酔い地獄を与える試練の日。

ーー そして超勝ち組のクレイルは、
(とりあえず、この山を片付けて、暫く甘い物は見たくない状態が続くだろうがーー、落ち着いたらさっきチェックした店に寄ってみるか)
と溜息をついて再度ケーキに取り掛かった。
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