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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ
第30話 命の選択と、魂を分け合う口づけ
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翌朝。
私は、部屋の異様な静けさで目を覚ました。
カーテンは閉ざされ、薄暗い部屋には私一人。
いつもなら「おはよう」と声をかけてくれるジークハルト様の姿がない。
「……ハンスさん?」
呼び鈴を鳴らすと、ハンスさんが入ってきた。
けれど、彼の表情は暗く、どこか目を逸らしているように見えた。
「旦那様は?」
「……執務室にいらっしゃいます。医師団をお集めになって、今後の『処置』について話し合われています」
「処置……?」
嫌な予感がした。
背筋が凍るような、決定的な何かが起きようとしている予感。
私は痛む体を引きずり、ベッドから這い出した。
「奥様! いけません、安静に!」
「どいてください! ……行かなきゃ。行かないと、取り返しのつかないことになる気がするの!」
制止するハンスさんを振り切り、私は裸足のまま廊下へ飛び出した。
息が切れる。足がもつれる。それでも私は、執務室へと急いだ。
◇
執務室の前まで来ると、中からジークハルト様の怒声が聞こえてきた。
「準備しろと言っているんだ! エリスの体はもう限界だ!」
「ですが閣下! 今、堕胎処置を行えば、母体への精神的ショックが……」
「体ごと死ぬよりマシだ! ……私が、この手でやる。子供の魔力を凍結させ、成長を止める」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ白になった。
彼は本気だ。
私を生かすために、あの子を殺そうとしている。
バンッ!!
私は扉を力任せに開け放った。
「やめて!!」
「エリス!?」
ジークハルト様が驚愕の表情で振り返る。
医師たちがざわめく中、私はよろめきながら彼の元へ歩み寄った。
「ダメです……! 絶対に、ダメ!」
「エリス、部屋に戻れ。……これは必要なことなんだ」
「何が必要なの!? 私たちの子供よ!? やっと授かった、愛しい命なのよ!?」
「その命がお前を食い殺そうとしているんだぞ!!」
ジークハルト様が叫んだ。
その瞳は赤く充血し、悲痛な光を宿していた。彼は机の上にあった一冊の手帳――私の日記を、震える手で握りしめていた。
「見たぞ、日記を。……血を吐いているんだろう? 内臓が凍りかけているんだろう? なぜ隠していた! なぜ『大丈夫』だと嘘をついた!」
「それは……!」
「お前がいなくなるなんて、私は耐えられない! 子供などいらない、お前が生きていてくれるなら、他には何もいらないんだ……ッ!」
彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
その涙を見て、私の胸が締め付けられた。
彼は冷酷なのではない。優しすぎるのだ。
かつて孤独だった彼にとって、私という存在は、世界そのものになってしまっている。だからこそ、それを失う恐怖に耐えられないのだ。
「……ジークハルト様」
私は彼の胸に飛び込み、強く抱きしめた。
彼の体は小刻みに震えている。
「ごめんなさい。嘘をついて、ごめんなさい。……でも、分かってください。この子は、私の一部なんです。この子を殺すことは、私を殺すのと同じことです」
「しかし……!」
「あなたが私を愛してくれているように、私もこの子を愛しているの。……お願い、奪わないで。私から母親になる未来を、あなたから父親になる未来を奪わないで」
私は彼の濡れた頬に手を添え、真っ直ぐに見つめた。
「信じて。……私、死なないわ。あなたと、この子を置いて逝ったりしない」
私の言葉に、彼は長く、深く沈黙した。
葛藤する心音が、私の耳に痛いほど響く。
やがて、彼は決心したように顔を上げた。
「……分かった。お前がそこまで言うなら、私はお前の覚悟に殉じよう」
「!」
「だが、お前一人には背負わせない」
彼は医師たちに向かって、「下がっていろ」と命じた。
部屋に二人きりになると、彼は懐から儀礼用の短剣を取り出し、躊躇(ためら)いなく自分の親指を切り裂いた。
「ジークハルト様!?」
「『魔力譲渡』の契約を結ぶ」
鮮血が滴り落ちる。
彼の瞳には、狂気にも似た強い意志が宿っていた。
「私の生命力を、直接お前に流し込む。……禁術に近い荒技だが、私の膨大な魔力があれば、お前の消耗を補えるはずだ」
「そんな……! それをすれば、あなたの命が削られてしまいます!」
「構わん。……言っただろう? お前がいない世界なら、私は生きていけないと」
彼は血の滲む親指で、私の唇をなぞった。
「夫婦だろう? 苦しみも、痛みも、半分こだ。……受け取れ、エリス。私の命を」
彼が覆いかぶさり、私の唇を塞いだ。
その瞬間。
ドクンッ!! と心臓が跳ね上がった。
口づけを通して、灼熱の奔流が私の中に流れ込んでくる。
それは魔力であり、彼の生命力そのものだった。
冷え切っていた私の血管に、溶岩のような熱い血液が巡っていく。
「んっ……ぁ、あぁ……ッ!」
熱い。けれど、心地よい。
枯渇しかけていた私の魂が、彼の力によって強引に満たされていく。
お腹の中の赤ちゃんも、パパの強大な力を感じてか、驚いたように動きを止めた。
長い、長い口づけだった。
魂が混ざり合うような感覚。
「……はぁ、はぁ……」
唇が離れると、ジークハルト様の顔色は、先ほどよりもさらに悪くなっていた。
当然だ。私の死のリスクを、彼が肩代わりしたのだから。
けれど、その表情は晴れやかで、どこか誇らしげだった。
「……これで、出産まで持つはずだ」
「ジークハルト様……無茶です……」
「無茶くらいさせろ。……私は、世界最強の公爵で、お前の夫なのだからな」
彼はふらつく足で私を抱きしめ、額にコツンと自分の額を合わせた。
「さあ、勝負はこれからだ。……私たち三人で、生き残るぞ」
窓の外では、吹雪が吹き荒れている。
けれど、この部屋の中には、命を燃やし合う二つの魂の炎が、消えることなく灯っていた。
私たちは選んだのだ。
誰も犠牲にしない、茨(いばら)の道を。
それは、どちらかが倒れれば共倒れになる、命懸けの賭け。
でも、怖くはなかった。
繋いだ手の温もりが、私たちが「一人ではない」ことを教えてくれていたから。
そして。
長く厳しい冬を越え、運命の日はやってくる。
私は、部屋の異様な静けさで目を覚ました。
カーテンは閉ざされ、薄暗い部屋には私一人。
いつもなら「おはよう」と声をかけてくれるジークハルト様の姿がない。
「……ハンスさん?」
呼び鈴を鳴らすと、ハンスさんが入ってきた。
けれど、彼の表情は暗く、どこか目を逸らしているように見えた。
「旦那様は?」
「……執務室にいらっしゃいます。医師団をお集めになって、今後の『処置』について話し合われています」
「処置……?」
嫌な予感がした。
背筋が凍るような、決定的な何かが起きようとしている予感。
私は痛む体を引きずり、ベッドから這い出した。
「奥様! いけません、安静に!」
「どいてください! ……行かなきゃ。行かないと、取り返しのつかないことになる気がするの!」
制止するハンスさんを振り切り、私は裸足のまま廊下へ飛び出した。
息が切れる。足がもつれる。それでも私は、執務室へと急いだ。
◇
執務室の前まで来ると、中からジークハルト様の怒声が聞こえてきた。
「準備しろと言っているんだ! エリスの体はもう限界だ!」
「ですが閣下! 今、堕胎処置を行えば、母体への精神的ショックが……」
「体ごと死ぬよりマシだ! ……私が、この手でやる。子供の魔力を凍結させ、成長を止める」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ白になった。
彼は本気だ。
私を生かすために、あの子を殺そうとしている。
バンッ!!
私は扉を力任せに開け放った。
「やめて!!」
「エリス!?」
ジークハルト様が驚愕の表情で振り返る。
医師たちがざわめく中、私はよろめきながら彼の元へ歩み寄った。
「ダメです……! 絶対に、ダメ!」
「エリス、部屋に戻れ。……これは必要なことなんだ」
「何が必要なの!? 私たちの子供よ!? やっと授かった、愛しい命なのよ!?」
「その命がお前を食い殺そうとしているんだぞ!!」
ジークハルト様が叫んだ。
その瞳は赤く充血し、悲痛な光を宿していた。彼は机の上にあった一冊の手帳――私の日記を、震える手で握りしめていた。
「見たぞ、日記を。……血を吐いているんだろう? 内臓が凍りかけているんだろう? なぜ隠していた! なぜ『大丈夫』だと嘘をついた!」
「それは……!」
「お前がいなくなるなんて、私は耐えられない! 子供などいらない、お前が生きていてくれるなら、他には何もいらないんだ……ッ!」
彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
その涙を見て、私の胸が締め付けられた。
彼は冷酷なのではない。優しすぎるのだ。
かつて孤独だった彼にとって、私という存在は、世界そのものになってしまっている。だからこそ、それを失う恐怖に耐えられないのだ。
「……ジークハルト様」
私は彼の胸に飛び込み、強く抱きしめた。
彼の体は小刻みに震えている。
「ごめんなさい。嘘をついて、ごめんなさい。……でも、分かってください。この子は、私の一部なんです。この子を殺すことは、私を殺すのと同じことです」
「しかし……!」
「あなたが私を愛してくれているように、私もこの子を愛しているの。……お願い、奪わないで。私から母親になる未来を、あなたから父親になる未来を奪わないで」
私は彼の濡れた頬に手を添え、真っ直ぐに見つめた。
「信じて。……私、死なないわ。あなたと、この子を置いて逝ったりしない」
私の言葉に、彼は長く、深く沈黙した。
葛藤する心音が、私の耳に痛いほど響く。
やがて、彼は決心したように顔を上げた。
「……分かった。お前がそこまで言うなら、私はお前の覚悟に殉じよう」
「!」
「だが、お前一人には背負わせない」
彼は医師たちに向かって、「下がっていろ」と命じた。
部屋に二人きりになると、彼は懐から儀礼用の短剣を取り出し、躊躇(ためら)いなく自分の親指を切り裂いた。
「ジークハルト様!?」
「『魔力譲渡』の契約を結ぶ」
鮮血が滴り落ちる。
彼の瞳には、狂気にも似た強い意志が宿っていた。
「私の生命力を、直接お前に流し込む。……禁術に近い荒技だが、私の膨大な魔力があれば、お前の消耗を補えるはずだ」
「そんな……! それをすれば、あなたの命が削られてしまいます!」
「構わん。……言っただろう? お前がいない世界なら、私は生きていけないと」
彼は血の滲む親指で、私の唇をなぞった。
「夫婦だろう? 苦しみも、痛みも、半分こだ。……受け取れ、エリス。私の命を」
彼が覆いかぶさり、私の唇を塞いだ。
その瞬間。
ドクンッ!! と心臓が跳ね上がった。
口づけを通して、灼熱の奔流が私の中に流れ込んでくる。
それは魔力であり、彼の生命力そのものだった。
冷え切っていた私の血管に、溶岩のような熱い血液が巡っていく。
「んっ……ぁ、あぁ……ッ!」
熱い。けれど、心地よい。
枯渇しかけていた私の魂が、彼の力によって強引に満たされていく。
お腹の中の赤ちゃんも、パパの強大な力を感じてか、驚いたように動きを止めた。
長い、長い口づけだった。
魂が混ざり合うような感覚。
「……はぁ、はぁ……」
唇が離れると、ジークハルト様の顔色は、先ほどよりもさらに悪くなっていた。
当然だ。私の死のリスクを、彼が肩代わりしたのだから。
けれど、その表情は晴れやかで、どこか誇らしげだった。
「……これで、出産まで持つはずだ」
「ジークハルト様……無茶です……」
「無茶くらいさせろ。……私は、世界最強の公爵で、お前の夫なのだからな」
彼はふらつく足で私を抱きしめ、額にコツンと自分の額を合わせた。
「さあ、勝負はこれからだ。……私たち三人で、生き残るぞ」
窓の外では、吹雪が吹き荒れている。
けれど、この部屋の中には、命を燃やし合う二つの魂の炎が、消えることなく灯っていた。
私たちは選んだのだ。
誰も犠牲にしない、茨(いばら)の道を。
それは、どちらかが倒れれば共倒れになる、命懸けの賭け。
でも、怖くはなかった。
繋いだ手の温もりが、私たちが「一人ではない」ことを教えてくれていたから。
そして。
長く厳しい冬を越え、運命の日はやってくる。
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