妹に婚約者を奪われたので、怪物と噂の「冷徹公爵」に嫁ぎます。~どうやら彼は不器用なだけだったようで、今さら実家に戻れと言われても困ります~

みやび

文字の大きさ
31 / 40
【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ

第31話 氷雪の夜、産声は高らかに(前編)

 その夜、王都は季節外れの猛吹雪に見舞われていた。
 春が近づき、街路樹の蕾(つぼみ)が膨らみ始めていたはずの季節。
 にもかかわらず、公爵邸を中心とした一帯は、まるで真冬の北国のような厚い氷雲に覆われていた。

 ゴーッ、ヒュオオオッ……!!
 窓ガラスが悲鳴を上げ、屋敷全体が小刻みに揺れている。
 それは自然の嵐ではない。これから生まれようとしている「小さな命」が放つ、強大な魔力の余波だった。

「……っ、うぐぅ……ッ!!」
「エリス! 呼吸だ、呼吸を浅くするな!」

 寝室は、野戦病院のような緊迫感に包まれていた。
 陣痛が始まってから、既に半日が経過している。
 私は脂汗にまみれ、シーツを握りしめて痛みに耐えていた。

 普通の陣痛ではない。
 波が来るたびに、お腹の中から強烈な冷気が噴き出し、私の内臓を凍らせようと暴れ回るのだ。
 陣痛の「熱い痛み」と、魔力暴走の「凍える冷たさ」。相反する二つの激痛が、交互に私の体を蝕んでいた。

「お湯を! もっと熱いお湯を持ってきて!」
「ダメです、部屋に入った瞬間に凍ってしまいます!」
「回復魔法も弾かれるぞ! 胎児の結界が強すぎる!」

 医師や助産師たちの悲鳴が飛び交う。
 室温は既に氷点下。彼らは防寒具を着込んで震えながら処置をしようとしているが、肝心のお湯も薬も、私の口元に運ぶ前にシャーベット状に凍りついてしまうのだ。
 お腹の中の赤ちゃんが、外の世界を拒絶しているかのように、分厚い氷の壁を作っている。

「寒い……痛い……あなたが、遠い……っ」

 視界が霞む。
 意識が凍りつき、闇に引きずり込まれそうになる。
 私の命の灯火が、風前の灯のように揺らいだ、その時。

「エリス!! 私はここだ!!」

 力強い熱が、私の右手を掴んだ。
 ジークハルト様だ。
 彼は上着を脱ぎ捨て、汗と霜にまみれながら、私の枕元に跪(ひざまず)いていた。

「私を見ろ! 絶対に手を離すな!」
「ジークハルト……さま……」
「今、魔力を送る。……私の命を、全部お前に流し込むぞ」

 彼が私の手を両手で包み込み、額を私の手の甲に押し付けた。
 ドクンッ!!
 心臓が跳ねるような、奔流のような魔力が流れ込んでくる。
 それは、私の凍りかけた血液を無理やり循環させる、灼熱のポンプのようだった。

「ぐっ……ぅぅぅ……ッ!!」

 ジークハルト様のうめき声が聞こえる。
 顔色が土気色に変わっていく。
 当然だ。彼は今、私という「壊れかけた器」を維持するために、自分の生命力を限界まで削って注ぎ込んでいるのだ。
 私一人の命ではない。赤ちゃんの膨大な魔力も、全て彼が肩代わりして抑え込んでいる。

「閣下! これ以上は危険です! 閣下の心臓が止まってしまいます!」

 医師が止めに入ろうとするが、ジークハルト様は鋭い眼光でそれを制した。

「黙れ……! 私が手を離せば、エリスも子も死ぬ! 心臓の一つや二つ、くれてやるわ!」
「ですが……!」
「下がっていろ! ……私たちは、三人で生き残るんだ」

 彼の言葉に、迷いはなかった。
 その姿は、かつて恐れられた「氷の怪物」ではない。
 妻と子を守るために命を燃やす、一人の父親の姿だった。

(……ああ、なんて温かいの)

 彼の手から伝わる熱が、私に勇気をくれる。
 負けてはいられない。彼がこれほど戦っているのに、母親である私が諦めるわけにはいかない。

「……ふぅーっ、ふぅーっ……」

 私は痛みの合間を縫って、大きく呼吸をした。
 そして、お腹の中の、嵐の中心にいる我が子に意識を向けた。

(聞こえますか? ……怖くないよ)

 心の声で語りかける。

(外の世界は寒くないわ。パパがいる場所は、とっても温かいの。……だから、氷を解いて。こっちへおいで)

 ドンッ、と強い衝撃がお腹を蹴った。
 赤ちゃんが答えている。
 『出たいよ』『でも力が強すぎて怖いよ』と泣いているのが分かった。

「大丈夫……ママが受け止めるから……!」

 ズキィィィン!!
 今までで一番大きな波が来た。
 骨盤がきしみ、全身の血管が沸騰するような感覚。

「あぐっ……あああぁぁッ!!」
「エリス! 来るぞ! 力を入れろ!!」

 医師が叫ぶ。
 「頭が見えました! あと少し、あと少しです! 奥様、いきんでください!!」

 外の嵐が、いっそう激しさを増した。
 屋敷の窓ガラスにビキビキとヒビが入り、結界が悲鳴を上げる。
 世界が壊れそうなほどの轟音の中、私はジークハルト様の手を骨が砕けるほど強く握り返した。

「ジークハルト様……っ!!」
「一緒だ!! 俺がついている!!」

 二人の魔力が混ざり合い、スパークして光り輝く。
 限界を超えたその先へ。
 私たちは命懸けで、新たな命への扉をこじ開けようとしていた。

 長い長い夜が、クライマックスを迎えようとしている。
 氷雪の彼方から、産声が響くその瞬間まで――あと、わずか。
感想 0

あなたにおすすめの小説

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果

あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」 ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。 婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。 当然ながら、アリスはそれを拒否。 他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。 『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。 その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。 彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。 『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。 「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」 濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。 ······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。 復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。 ※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください) ※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。 ※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。 ※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

自滅王子はやり直しでも自滅するようです(完)

みかん畑
恋愛
侯爵令嬢リリナ・カフテルには、道具のようにリリナを利用しながら身体ばかり求めてくる婚約者がいた。 貞操を守りつつ常々別れたいと思っていたリリナだが、両親の反対もあり、婚約破棄のチャンスもなく卒業記念パーティの日を迎える。 しかし、運命の日、パーティの場で突然リリナへの不満をぶちまけた婚約者の王子は、あろうことか一方的な婚約破棄を告げてきた。 王子の予想に反してあっさりと婚約破棄を了承したリリナは、自分を庇ってくれた辺境伯と共に、新天地で領地の運営に関わっていく。 そうして辺境の開発が進み、リリナの名声が高まって幸福な暮らしが続いていた矢先、今度は別れたはずの王子がリリナを求めて実力行使に訴えてきた。 けれど、それは彼にとって破滅の序曲に過ぎず―― ※8/11完結しました。 読んでくださった方に感謝。 ありがとうございます。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。