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7 威嚇
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『あー、面倒だ。行きたくない』
「少しは我慢してくださいよ」
フロイドに抱えられて、俺は嫌々馬車に乗った。馬車の中でも散々走り回ってやったのだが、フロイドは諦めない。殿下に再度の謝罪をさせようと躍起になっている。
『殿下。この前ゆるしてくれたよね?』
「そうでしたか?」
首を捻るフロイドは、ひとり頭を抱えている。なにやら責任を感じて落ち込んでいる。これはあれだ。すべてをフロイドのせいにしてしまうチャンスだ。
『そもそもさ。フロイドが俺から目を離したのがすべての始まりだと思う。おまえの職務放棄が原因だ』
「私のせいにするのはやめていただけます?」
すんと真顔になるフロイドからさっと視線を外す。どさくさに紛れて責任を押し付けようとしたのに失敗した。しかし今の俺は可愛い犬。舌を出してへらっと笑えば、フロイドもそう強くは出られないに違いない。
だが、頑張ってへらへら笑う俺を前にして、フロイドは険しい表情のまま。
「あの日、私がどうしてウィル様のお側を離れていたのか。忘れたとは言わせませんよ」
『……忘れたぁ』
なんだっけ。なんかあったっけ?
記憶をたぐるが、これといった出来事が思い出せない。フロイドの言い方だとまるで俺に原因があるみたいだ。
眉間にぎゅっと力を入れて考えるが、これといって思い出せない。考えるだけ無駄なので、早々に諦める。馬車の座席に飛び乗ってぺたんと伏せる。ついでに欠伸をもらせば、フロイドが「ちょっと」と眉を吊り上げた。
「あの日、ウィル様が屋敷の庭を荒らすから。私が慌てて元に戻したんですからね」
『……俺そんなことしたっけ?』
「したでしょう! 私がディック様からお叱りを受けるのですが!?」
『あー、はいはい』
そういえば、俺の後をきっちりついてくるフロイドのことがどうにもウザくて。落とし穴にでもはめてやろうと玄関前を掘り返したんだった。
けれども途中で飽きてしまって落とし穴は未完成のまま。そうか。あれは傍目から見れば庭を荒らしたように見えるのか。ボコボコになった庭を見て「なんだこれは!」と肩を怒らせる兄上の姿が容易に想像できる。フロイドも同じ心配をしたのだろう。兄上に見つかる前にと慌てて元に戻したらしい。
結果として、フロイドを撒くという当初の目的を達成できた俺は、意気揚々と街に出たというわけである。
『そんなことで怒るなよ。兄上にバレなくてよかったな』
へらへら笑う俺に、フロイドがますます眉を吊り上げる。これはまずい。さっと視線を外して、素早く寝たふりをしておく。
そうして王宮に到着するなり、俺は綺麗に整備された庭を一生懸命に駆け回った。フロイドが「ちょっと! なにしてるんですか!」と捕まえようとしてくる。なにって散歩だよ。
犬姿になってから、とにかく走るのが楽しくてたまらない。本能のままに駆けていれば、いつの間にかフロイドの姿が消えていることに気がついた。
『あいつ。どこに行きやがった』
これだからフロイドは。
俺から目を離すなんて職務怠慢だぞ。兄上に告げ口してやろうか。
ふんふん尻尾を振って歩いていた俺は、唐突に疲れてぺたんと腰を下ろした。芝生の上は心地よい。そのままごろんと寝転がってしばし休憩する。
ふわぁと欠伸した瞬間であった。
「ん?」
なにやら怪訝な声が降ってきた。ちらっと目を開けて確認すれば、こちらに向かってくる人間の足が見えた。服装的に騎士だろう。王立騎士団の制服を着ている。
気にせず目を閉じれば、長い足がぴたりと俺の前で止まった気配を感じる。次に感じたのは、その人物がかがみ込む気配。
気になって目を開ければ、俺の前に屈んでじっと見つめてくる男がいた。
「こんなところに犬? どこから入ってきたの?」
優しい声音で問いかけるのは、黒髪黒目の青年だった。二十歳くらいだろうか。兄上と同じくらいかもしれない。
犬目線だといまいちわからないが、おそらく高身長。なかなかのイケメンくんである。俺が一番嫌いなタイプだ。気怠そうな面持ちとは裏腹に、積極的に俺へと手を伸ばしてくる。
ケッとそっぽを向く俺の頭を勝手に撫でてくる失礼男は「野良? あ、首輪ついてる」と、ひとりでぶつぶつ言っている。
「王宮で犬なんて飼ってたかなぁ」
首を捻る男は、無許可で俺を抱き上げる。
なにをする。
ジタバタ暴れてやるが、男は涼しい顔で俺を抱え直した。この野郎。騎士如きが俺に気安く触るな。
短い前足でペシペシ男の腕を叩いてやるが、まったく意に介さない。なんて図太い男だ。庭を散歩している可愛いわんこを捕獲するなんて。
唸り声をあげて威嚇するが、無視されてしまう。
「どこから来たの?」
俺に微笑んでくる男を精一杯に睨みつけて、無視しておく。どこかの家で飼われていた犬が逃げ出して、王宮内に迷い込んだとでも思っているのだろうか。バカにしやがって。
ペシペシと尻尾で男を叩くが、俺を離してくれる様子はない。
なにこれ。俺、これからどうなるの。
可愛いお姉さんに拾われるのであれば大歓迎なのだが。騎士の男に拾われてもなんも楽しくないぞ。
「少しは我慢してくださいよ」
フロイドに抱えられて、俺は嫌々馬車に乗った。馬車の中でも散々走り回ってやったのだが、フロイドは諦めない。殿下に再度の謝罪をさせようと躍起になっている。
『殿下。この前ゆるしてくれたよね?』
「そうでしたか?」
首を捻るフロイドは、ひとり頭を抱えている。なにやら責任を感じて落ち込んでいる。これはあれだ。すべてをフロイドのせいにしてしまうチャンスだ。
『そもそもさ。フロイドが俺から目を離したのがすべての始まりだと思う。おまえの職務放棄が原因だ』
「私のせいにするのはやめていただけます?」
すんと真顔になるフロイドからさっと視線を外す。どさくさに紛れて責任を押し付けようとしたのに失敗した。しかし今の俺は可愛い犬。舌を出してへらっと笑えば、フロイドもそう強くは出られないに違いない。
だが、頑張ってへらへら笑う俺を前にして、フロイドは険しい表情のまま。
「あの日、私がどうしてウィル様のお側を離れていたのか。忘れたとは言わせませんよ」
『……忘れたぁ』
なんだっけ。なんかあったっけ?
記憶をたぐるが、これといった出来事が思い出せない。フロイドの言い方だとまるで俺に原因があるみたいだ。
眉間にぎゅっと力を入れて考えるが、これといって思い出せない。考えるだけ無駄なので、早々に諦める。馬車の座席に飛び乗ってぺたんと伏せる。ついでに欠伸をもらせば、フロイドが「ちょっと」と眉を吊り上げた。
「あの日、ウィル様が屋敷の庭を荒らすから。私が慌てて元に戻したんですからね」
『……俺そんなことしたっけ?』
「したでしょう! 私がディック様からお叱りを受けるのですが!?」
『あー、はいはい』
そういえば、俺の後をきっちりついてくるフロイドのことがどうにもウザくて。落とし穴にでもはめてやろうと玄関前を掘り返したんだった。
けれども途中で飽きてしまって落とし穴は未完成のまま。そうか。あれは傍目から見れば庭を荒らしたように見えるのか。ボコボコになった庭を見て「なんだこれは!」と肩を怒らせる兄上の姿が容易に想像できる。フロイドも同じ心配をしたのだろう。兄上に見つかる前にと慌てて元に戻したらしい。
結果として、フロイドを撒くという当初の目的を達成できた俺は、意気揚々と街に出たというわけである。
『そんなことで怒るなよ。兄上にバレなくてよかったな』
へらへら笑う俺に、フロイドがますます眉を吊り上げる。これはまずい。さっと視線を外して、素早く寝たふりをしておく。
そうして王宮に到着するなり、俺は綺麗に整備された庭を一生懸命に駆け回った。フロイドが「ちょっと! なにしてるんですか!」と捕まえようとしてくる。なにって散歩だよ。
犬姿になってから、とにかく走るのが楽しくてたまらない。本能のままに駆けていれば、いつの間にかフロイドの姿が消えていることに気がついた。
『あいつ。どこに行きやがった』
これだからフロイドは。
俺から目を離すなんて職務怠慢だぞ。兄上に告げ口してやろうか。
ふんふん尻尾を振って歩いていた俺は、唐突に疲れてぺたんと腰を下ろした。芝生の上は心地よい。そのままごろんと寝転がってしばし休憩する。
ふわぁと欠伸した瞬間であった。
「ん?」
なにやら怪訝な声が降ってきた。ちらっと目を開けて確認すれば、こちらに向かってくる人間の足が見えた。服装的に騎士だろう。王立騎士団の制服を着ている。
気にせず目を閉じれば、長い足がぴたりと俺の前で止まった気配を感じる。次に感じたのは、その人物がかがみ込む気配。
気になって目を開ければ、俺の前に屈んでじっと見つめてくる男がいた。
「こんなところに犬? どこから入ってきたの?」
優しい声音で問いかけるのは、黒髪黒目の青年だった。二十歳くらいだろうか。兄上と同じくらいかもしれない。
犬目線だといまいちわからないが、おそらく高身長。なかなかのイケメンくんである。俺が一番嫌いなタイプだ。気怠そうな面持ちとは裏腹に、積極的に俺へと手を伸ばしてくる。
ケッとそっぽを向く俺の頭を勝手に撫でてくる失礼男は「野良? あ、首輪ついてる」と、ひとりでぶつぶつ言っている。
「王宮で犬なんて飼ってたかなぁ」
首を捻る男は、無許可で俺を抱き上げる。
なにをする。
ジタバタ暴れてやるが、男は涼しい顔で俺を抱え直した。この野郎。騎士如きが俺に気安く触るな。
短い前足でペシペシ男の腕を叩いてやるが、まったく意に介さない。なんて図太い男だ。庭を散歩している可愛いわんこを捕獲するなんて。
唸り声をあげて威嚇するが、無視されてしまう。
「どこから来たの?」
俺に微笑んでくる男を精一杯に睨みつけて、無視しておく。どこかの家で飼われていた犬が逃げ出して、王宮内に迷い込んだとでも思っているのだろうか。バカにしやがって。
ペシペシと尻尾で男を叩くが、俺を離してくれる様子はない。
なにこれ。俺、これからどうなるの。
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