クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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26 待ってやる

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 昼を過ぎてもロッドは帰ってこない。王宮まではそこまで遠くはないが、おそらくロッドのことである。騎士団の面々と少し話でもしているのかもしれない。ハンクとかいうあの美人の先輩と仲良くしているのかも。おのれロッドめ。俺に隠れてハンクと仲良くするなんて。

 ふんふんと尻尾を振って、近くにいたフロイドに体当たりしておく。「やめてください」と被害者ぶるフロイドを無視して、勢いよく玄関ホールに向かった。「勝手に外に出ないでくださいよ」とフロイドが声をかけてくるが、ついてこない。

「……なにしてるんだ」

 ひとりでひたすら玄関ホールを駆けまわる俺。時折床が滑ってカシャカシャ暴れていれば、怪訝な顔したディック兄上が通りがかった。

『ロッドが帰ってこない。あの野郎。子分のくせに俺を待たせるなんて生意気だぞ』
「……」

 許せん! と腹を立てる俺の横に兄上が片膝をついてくる。勝手に頭を撫でてくる兄上を威嚇してやる。一向に怯まない兄上は「ロッドを待っているのか?」とわかりきった質問をしてきた。

『見ればわかるだろ! いつになったら帰ってくる!』
「そうか」

 わしゃわしゃ頭を撫でる兄上に、なんとか噛みつこうと奮闘してみる。しかし俺の頭を押さえる兄上のせいで噛みつけない。くそ。

「ロッドのこと気に入ったのか?」
『あいつは俺の子分』
「子分て。なんでそうなる」

 なぜか引き気味の兄上は、「ウィルも他人に興味を持つことがあるんだな」としみじみ呟いている。なんだその微笑ましい表情は。なんとなくムカついたので兄上の足を踏んでやる。「兄の足を踏むとはどういうことだ」と怖い顔する兄上は非常に心が狭い。可愛い犬のやったことだから許せよ。

『兄上も一緒に待つ?』

 いつまでも立ち去る気配のない兄上ももしや一緒に待ちたいのかと思い誘ってみるが「私はいい」とのシンプルな拒絶が返ってきた。

「フロイドはどうした」
『さぁ?』

 フロイドは俺の護衛兼お目付け役のくせに頻繁に俺の側から消える。だからこうしてひとり健気にロッドの帰りを待っているというのに、肝心の男は一向に姿を表さない。

「おまえがああいうのを気にいるとは。意外だな」
『どういうの?』
「ロッドのことだ。ああいうぼんやりした奴は嫌いかと思っていた」
『嫌いだぞ』
「は?」

 基本的にロッドは失礼男である。王立騎士団所属ではあるが若手らしく教育がなっていない。公爵家の次男である俺に対してあんな態度、普通だったら許されないことは兄上もわかっているはずである。だが素直なところは気に入っている。だって俺の周りにいるのはクソ失礼な奴ばかり。フロイドに至っては殿下に雇われているのをいいことにやりたい放題で俺の言うことをまったく聞かない。

 そんな中、比較的俺の言葉にはいはい頷くロッドは非常にいい。気に入った。

「おまえなぁ」

 なぜか呆れた顔をする兄上は、「ウィルが妙なことをしなければ相手の態度も変わるのでは?」と変なことを言い始める。

『俺は公爵家の次男だぞ。偉そうにしてなにが悪い』
「別にへりくだれとは言わないが。そうやって誰彼構わず我儘言ってると面倒な奴だと思われるぞ」

 まぁ、ウィルはもう手遅れかもしれないがと頬を引きつらせる兄上は「もう少し社交性を身につけたらどうなんだ」と嫌なことを言い始める。

『なんで俺がそんなことを』

 くわぁと欠伸して兄上の言葉を聞き流せば、「無闇に敵をつくると苦労するぞ」となぜか話を続けてくる。俺がいつ敵なんて作ったよ。

『俺、敵なんて作ってない。ロッドには優しくしてるぞ。俺のはちみつを分けてやった。あとクッキーも』
「は?」

 なぜか怖い顔をする兄上は、たっぷり沈黙したあと再び「はぁ!?」と大声を発した。

「え、おまえ! 人に優しくなんてできたのか!?」
『あまりにも失礼だぞ』

 到底弟に向ける言葉ではない。
 半眼で文句を言うが、兄上は止まらない。「おまえが甘い物を分け与えるなんて」とひとりで震えている。そんなに驚くようなことか? いやでも普段の俺なら絶対に人に分けたりしないな。なんというか貧乏アピールしてくるロッドが憐れだったので。つい色々分けてやりたくなったのだ。これがフロイド相手であれば絶対に分けてやんないもんね。

「そんなにロッドを気に入ったのか?」

 俺の頭を執拗に撫でてくる兄上に低く唸っておく。

「そうか。おまえが他人に興味を持ってくれて嬉しいよ」
『うるせぇ』

 くだらないこと言う兄上からふいと顔を背けておく。俺が誰となにをしようが兄には関係ない。俺のことは放っておいてくれ。

『はやく戻ってこーい。俺が待ってるんだぞ。何様だ、まったく』

 ふんと鼻息荒く床をペシペシしておく。
 それを興味深そうに眺めて、兄上は「じゃあ私は忙しいから」と突然の忙しいアピールを残して去って行った。

 ひとり玄関ホールに残された俺は、ぺたんと伏せてじっと扉を見つめる。部屋に戻ってもフロイドが口うるさいだけだしな。それにしても帰ってくるのが遅すぎる。

『ロッドめ。俺を待たせるとはいい度胸だ』

 帰ってきたらとりあえず噛みついてやろうと思う。
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