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29 予想外
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『起きろ! 散歩に行くぞ!』
今日も今日とて朝からロッドを起こしに行く。
ロッドは寝起きが悪いのか。毎朝俺が声をかけないと起きてこない。ひとりで散歩しても退屈なので、早々にロッドを起こさなければならない俺は苦労している。
『おいこら。俺を無視するとはどういうことだ!』
扉を前足でカシャカシャ引っ掻いてやる。傷をつけるとフロイドが怒るのだが仕方ない。すべては素早く起きてこないロッドが悪い。
そうしてしばらくロッドの部屋の前をうろうろしていれば、ようやく扉が開いた。
『遅い!』
見えた足に全身でぶつかっていけば、ロッドが「なんでいつもこんな早朝に」と文句を垂れる。いつもこの時間に俺が来るとわかっているなら起きて待機しておけ。それでも子分か。
扉の隙間から部屋に駆け込んで暴れてやる。精一杯走りまわっていれば、ロッドが無言で俺を抱き上げた。
『おい! 勝手に触るな!』
「もう少し寝ません? まだ早いですって」
『なんだと!?』
むにゃむにゃした顔でベッドにもぐり込むロッドは、俺を抱きしめたまま目を閉じてしまう。寝るな、こら。
『起きろ! 朝だぞ』
「まだです」
『まだじゃない』
ロッドの腕の中、ジタバタ暴れていればロッドが怠そうに俺を離した。
『おーきーろー』
ロッドの頬を叩いてやるが、肝心のロッドは呻くだけで起き上がらない。おまえ、この野郎。主人である俺の言うことを無視するとは何事だ。
ひたすら頬をペシペシしていれば、ロッドが「そういえば」と眠そうな声で俺を抱き寄せる。再び捕まった無力な俺は可哀想。だって小さい犬だから。白くてふわふわの俺にできることなんて少ない。
眉を寄せていれば、ロッドが「キスしたら人間に戻れるんでしたっけ?」と問いかけてきた。
『好きな人とな。いかにも聖女が好きそうな条件だ』
あのお子様聖女の考えそうなことである。
鼻息荒く『くだらない』と吐き捨てる俺を持ち上げて、ロッドが上半身を起こした。膝に俺を乗せて優しい手つきで撫でるロッドは、ちょっと小首を傾げると再び俺を抱き上げた。
そうして目線の高さまで持ち上げた俺の顔を凝視してくる。
『どうした』
俺が可愛いからって見つめるなよ。照れるだろ。
へらへら笑っていた次の瞬間。なんだかロッドが顔を近付けてきて身構える。
『あ?』
そのまま流れるようにキスしてきたロッドに、限界まで目を見開く。子どもにするような軽いキスだが、不意打ち過ぎてびっくりした。
文句を言ってやろうと口を開くが、なんだか視界がぐるっと回る。「あ!」というロッドの一瞬焦ったような声が耳を掠めて、どさりとベッドに倒れ込んだ。なんだか頭が重い。突然体の感覚がおかしくなった気がする。
「……」
「……」
おそるおそる目を開ければ、ベッドに倒れる俺に覆い被さる格好のロッドが見えた。
いや、そんなことより。
ちらっと視界に入った俺の手は、もふもふじゃなかった。
「……」
たっぷりの沈黙の後、ロッドがこちらに手を伸ばしてきた。この押し倒されているような体勢で、反射的に肩を揺らせば、ゆっくりと髪を撫でられる。
「ウィル様の髪って白じゃないんですね」
「……え、あ、あぁ」
予想外の言葉にぼんやり頷くことしかできない。
俺の髪色は薄めの金髪である。
「あと意外と長いですね」
「あー、うん」
普段は適当に紐で括っている。なんとなく伸ばしていたのだが、今ではもったいない気がしてなかなかバッサリ切れないでいる。
「白い犬だったので。てっきり髪も白いのかと」
「あの姿は聖女の趣味だ」
「なるほど」
優しい手つきで髪を一房すくったロッドは、そこに口付ける。まるで恋人にでもするかのような甘い仕草に、とりあえず彼の胸を押しておく。案外あっさり俺の上から退いたロッドは、ベッドに正座して俺を見つめてくる。
その視線から逃れるようにベッドをおりて、乱れた髪を手櫛でなんとなく整えた。
「あ、じゃあ。俺は忙しいから」
「はい。僕も着替えます」
「はいはい。じゃあまた」
寝巻き姿のロッドに背を向けて、彼の部屋を出る。バタンと扉が閉まって、長い廊下にひとりきりになったところで、立ち尽くした。
……いや、めっちゃあっさり戻ったんだけど。
え? なにこれ。俺、人間に戻ったよね?
いやいやいやいや。は? なにこれ。
今更バクバクしてきた心臓を押さえて、早足に外へ出る。上着のポケットに押し込んであった紐で髪を括り直して、物置小屋からシャベルを持ち出した。
フロイドが通るであろう玄関前を掘り起こしながら、たった今起きた出来事を振り返る。
え? なんで戻るの?
たしか好きな人とキスしなきゃ戻んないって。え、俺がロッドを好き!? んなわけ!?
ザクザク地面を掘りながら、俺の髪に口付けたロッドの甘い顔を思い出す。
え、あいつは元に戻る条件が好きな人とのキスって知ってるよな。で、俺元に戻ったよな。で? でぇ?
なにが髪は白くないんですね、だ! もっと他に言うことあるだろ、ボケが!
あのクソボケ野郎が。
なんだか無性に腹が立ってきた。苛立ちを発散しようとひたすら穴を掘り続ける俺は、ロッドの憎たらしい顔を思い出して「クソ!」と吐き捨てた。
今日も今日とて朝からロッドを起こしに行く。
ロッドは寝起きが悪いのか。毎朝俺が声をかけないと起きてこない。ひとりで散歩しても退屈なので、早々にロッドを起こさなければならない俺は苦労している。
『おいこら。俺を無視するとはどういうことだ!』
扉を前足でカシャカシャ引っ掻いてやる。傷をつけるとフロイドが怒るのだが仕方ない。すべては素早く起きてこないロッドが悪い。
そうしてしばらくロッドの部屋の前をうろうろしていれば、ようやく扉が開いた。
『遅い!』
見えた足に全身でぶつかっていけば、ロッドが「なんでいつもこんな早朝に」と文句を垂れる。いつもこの時間に俺が来るとわかっているなら起きて待機しておけ。それでも子分か。
扉の隙間から部屋に駆け込んで暴れてやる。精一杯走りまわっていれば、ロッドが無言で俺を抱き上げた。
『おい! 勝手に触るな!』
「もう少し寝ません? まだ早いですって」
『なんだと!?』
むにゃむにゃした顔でベッドにもぐり込むロッドは、俺を抱きしめたまま目を閉じてしまう。寝るな、こら。
『起きろ! 朝だぞ』
「まだです」
『まだじゃない』
ロッドの腕の中、ジタバタ暴れていればロッドが怠そうに俺を離した。
『おーきーろー』
ロッドの頬を叩いてやるが、肝心のロッドは呻くだけで起き上がらない。おまえ、この野郎。主人である俺の言うことを無視するとは何事だ。
ひたすら頬をペシペシしていれば、ロッドが「そういえば」と眠そうな声で俺を抱き寄せる。再び捕まった無力な俺は可哀想。だって小さい犬だから。白くてふわふわの俺にできることなんて少ない。
眉を寄せていれば、ロッドが「キスしたら人間に戻れるんでしたっけ?」と問いかけてきた。
『好きな人とな。いかにも聖女が好きそうな条件だ』
あのお子様聖女の考えそうなことである。
鼻息荒く『くだらない』と吐き捨てる俺を持ち上げて、ロッドが上半身を起こした。膝に俺を乗せて優しい手つきで撫でるロッドは、ちょっと小首を傾げると再び俺を抱き上げた。
そうして目線の高さまで持ち上げた俺の顔を凝視してくる。
『どうした』
俺が可愛いからって見つめるなよ。照れるだろ。
へらへら笑っていた次の瞬間。なんだかロッドが顔を近付けてきて身構える。
『あ?』
そのまま流れるようにキスしてきたロッドに、限界まで目を見開く。子どもにするような軽いキスだが、不意打ち過ぎてびっくりした。
文句を言ってやろうと口を開くが、なんだか視界がぐるっと回る。「あ!」というロッドの一瞬焦ったような声が耳を掠めて、どさりとベッドに倒れ込んだ。なんだか頭が重い。突然体の感覚がおかしくなった気がする。
「……」
「……」
おそるおそる目を開ければ、ベッドに倒れる俺に覆い被さる格好のロッドが見えた。
いや、そんなことより。
ちらっと視界に入った俺の手は、もふもふじゃなかった。
「……」
たっぷりの沈黙の後、ロッドがこちらに手を伸ばしてきた。この押し倒されているような体勢で、反射的に肩を揺らせば、ゆっくりと髪を撫でられる。
「ウィル様の髪って白じゃないんですね」
「……え、あ、あぁ」
予想外の言葉にぼんやり頷くことしかできない。
俺の髪色は薄めの金髪である。
「あと意外と長いですね」
「あー、うん」
普段は適当に紐で括っている。なんとなく伸ばしていたのだが、今ではもったいない気がしてなかなかバッサリ切れないでいる。
「白い犬だったので。てっきり髪も白いのかと」
「あの姿は聖女の趣味だ」
「なるほど」
優しい手つきで髪を一房すくったロッドは、そこに口付ける。まるで恋人にでもするかのような甘い仕草に、とりあえず彼の胸を押しておく。案外あっさり俺の上から退いたロッドは、ベッドに正座して俺を見つめてくる。
その視線から逃れるようにベッドをおりて、乱れた髪を手櫛でなんとなく整えた。
「あ、じゃあ。俺は忙しいから」
「はい。僕も着替えます」
「はいはい。じゃあまた」
寝巻き姿のロッドに背を向けて、彼の部屋を出る。バタンと扉が閉まって、長い廊下にひとりきりになったところで、立ち尽くした。
……いや、めっちゃあっさり戻ったんだけど。
え? なにこれ。俺、人間に戻ったよね?
いやいやいやいや。は? なにこれ。
今更バクバクしてきた心臓を押さえて、早足に外へ出る。上着のポケットに押し込んであった紐で髪を括り直して、物置小屋からシャベルを持ち出した。
フロイドが通るであろう玄関前を掘り起こしながら、たった今起きた出来事を振り返る。
え? なんで戻るの?
たしか好きな人とキスしなきゃ戻んないって。え、俺がロッドを好き!? んなわけ!?
ザクザク地面を掘りながら、俺の髪に口付けたロッドの甘い顔を思い出す。
え、あいつは元に戻る条件が好きな人とのキスって知ってるよな。で、俺元に戻ったよな。で? でぇ?
なにが髪は白くないんですね、だ! もっと他に言うことあるだろ、ボケが!
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