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11.しつこい男(アロイスside)
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とにもかくにも、落ち着いて今後の方針を考えなければならない。
当然このまま黙ってリリを逃がすなんてことはできない。
「しつこい男は嫌われるナ。もうすでに嫌われてるだろうけど」
うるさい、と小さな体を掴み上げれば「ぐぇ!」と潰れた声を上げるナーチ。
「あ、あの子のためを思うなら、このまま思う通りにさせてあげるべきナ…!」
「屋敷の外なんて危険だらけだよ。あんなに可愛いんだから悪い虫が寄るに決まってる。それに『ずっと一緒にいよう』って約束したし」
「そんな子どものころの約束、絶対忘ぐぇぇぇ!!」
「ナーチ、頼むよ。俺たちもう長らくの友達でしょ? 俺の魔力美味いよね?」
「あーもー! ならさっさと、お得意の魔法で行方を探せばいいナ!」
それができたら苦労しない。
こんなところでリリの目が厄介になるとは思わなかった。
彼女の退魔の体質のせいで、魔法での探知が弾かれてしまうのだ。
「そういえばそうだったナ…」とナーチは思い出したように言って、また軽く息を吐いた。
「一先ず国一帯に捜索願いを出そうか…」
「うーん。あんまり大掛かりにやると危険だと思うナ。アロイスが探してるってことがバレるだけでも、良からぬ輩が湧きそうだナ」
「だよね……目のこともあるし、(個人的にも)彼女の存在を広めることはしたくはないし、やっぱり自力で探すしかないか」
「オイ今なんか変な言い回しだったナ」
「よし、善は急げだ」
視察、挨拶周り、本家の方にも顔を出してとしていたら、ひと月以上家を開けることになってしまった。
その期間、彼女の足でどこまで行けただろうか。
方角も何もわからないが、虱潰しに痕跡を追うしかない。
「とりあえず飛ばすだけ飛ばしとこうか」
リリ本人は見つけられなくとも彼女に纏わる情報収集くらいはできるだろう。
自身の影から作ったカラスたちを窓を開けて放ってから、コートを羽織り直してドアノブに手を掛けた。
しかしふわりと目の前に割り込んできたナーチが、俺の鼻を押しながら制止を掛ける。
「待て待て! オマエ家のことはどうするのナ!? 仕事があるだろ!」
「そんなのどうでも──よくはないけど……リリを引き合いに出されると他は全部どうでもよくなってくるな…」
「そんな調子じゃ探しに出たところで、オマエが侯爵に連れ戻されるのがオチだナ!」
たしかにナーチの言うことはもっともだ。
さっさと婚姻を結ばず使用人として置いていたのは、決して俺がヘタレていたのではなく、環境の様々なものが障害となり得るからであって、高齢の侯爵が天寿を全うしてから、正式にリリを迎えようと思っていたのだ。
何度も言うが、決して、決して俺がヘタレていたわけではない。
諸々を懸念しての計画である。
「名家の子息が! 拾った女の子を娶るつもりで一方的かつ病的に! 悪魔も震え上がるくらいの気持ち悪さで! 痛々しく! これまでの功績が全て水の泡になるくらい無様に! 執着してるなんてことがバレたら、流石の侯爵も曲がった腰を上げて出てくるナ!」
「悪意しか感じない」
「とにかく、全部ほったらかしにするのは悪手ナ!」
悪口はさておきとして、なんて常識的な悪魔なんだろう。
あまりにまともなものだから反論の余地もない。
俺は、ふむと顎に手を当て考えた後、
「じゃあこうしよう」良い案を思いついたので指を立てた。
扉の脇に立て掛けてある姿見。その掛け布を剥がして前に立ち、重ねるように手を付いた。
鏡に波紋が広がる。
そのまま自分自身と指を絡めるようにして、手を引く。
ずるりと出てきた"俺"を軽く眺めてチェックしてから、並び立って、
「どう? これ置いていけば問題ないでしょ」
「う、瓜二つだナ…! オマエみたいな眩しいヤツが二つも並んでると不気味だナァ…」
「不気味とか言うな」
「それに、良く出来てるけど立ってるだけの人形じゃ……」
『ちゃんと仕事も熟せるよ』
「ひぎゃあっ!」
鏡から出てきた方の”俺”を物珍しく覗き込んでいたところ、”俺”が俺そのもののように声を出すからびっくりしたらしい。
飛び上がって二の腕に張り付いてきた。
「コイツ、喋れるのナ!?」
「結構なリソースを割いてるから」『普段の俺と遜色ない働きができるよ』
「普段の俺が100として」『俺は40%くらいだけど』
「このクオリティを維持するのは結構疲れるから」『あんまりやりたくはないんだけどねぇ』
「き、気持ち悪い喋り方するんじゃないナァーー!」
もう一人を高水準で維持するために使う魔力や神経やらで、俺本体のパフォーマンスも半分以下に落ちるが、こればかりは仕方がない。
さて、これで当面の問題は解決だ。
「よしいこう、さあいこう、今すぐいこう」
「完全に、仕える主人を間違えたナ……──そもそもオマエ、反省はしたのか? リリに逃げられて、これまでの行いを悔いるぐらいはしてるのナ?」
「………」
「突然ダンマリかよっ!」
「…………俺だって、ほんとはもっと上手くできたらって思うよ、けど…」
好きすぎて上手くいかない、とは口にできなかった。
自分が情けない状態なのはよく理解している。
自分の地位や彼女との関係性にあぐらをかいていたという自覚もある。
彼女は俺から離れられないだろうと、勝手に思い上がっていた。
だからこそ、リリは出て行ってしまったのだろう。
「はぁ……もう勝手にすればいいナ…ボクは寝とくナ。その間じっくり一人で反省して、謝罪の言葉でも考えとけばいいナ」
ふあ、とひとつ欠伸をしてから、ナーチはシュルシュルと俺の耳飾りの中へと入っていった。
「反省…謝罪か……」
ぼやくように呟くが、のんびりはしていられない。
玄関から堂々と出て行くわけにはいかないので、自分の家なのにこそこそと窓から出て行く。
『いってらっしゃい』と自分自身に送り出され、使用人の目を掻い潜りながらの出立。
「リリ…」
俺には君が必要なのに、君はそうじゃないのかと思うと頭がおかしくなりそうだ。
当然このまま黙ってリリを逃がすなんてことはできない。
「しつこい男は嫌われるナ。もうすでに嫌われてるだろうけど」
うるさい、と小さな体を掴み上げれば「ぐぇ!」と潰れた声を上げるナーチ。
「あ、あの子のためを思うなら、このまま思う通りにさせてあげるべきナ…!」
「屋敷の外なんて危険だらけだよ。あんなに可愛いんだから悪い虫が寄るに決まってる。それに『ずっと一緒にいよう』って約束したし」
「そんな子どものころの約束、絶対忘ぐぇぇぇ!!」
「ナーチ、頼むよ。俺たちもう長らくの友達でしょ? 俺の魔力美味いよね?」
「あーもー! ならさっさと、お得意の魔法で行方を探せばいいナ!」
それができたら苦労しない。
こんなところでリリの目が厄介になるとは思わなかった。
彼女の退魔の体質のせいで、魔法での探知が弾かれてしまうのだ。
「そういえばそうだったナ…」とナーチは思い出したように言って、また軽く息を吐いた。
「一先ず国一帯に捜索願いを出そうか…」
「うーん。あんまり大掛かりにやると危険だと思うナ。アロイスが探してるってことがバレるだけでも、良からぬ輩が湧きそうだナ」
「だよね……目のこともあるし、(個人的にも)彼女の存在を広めることはしたくはないし、やっぱり自力で探すしかないか」
「オイ今なんか変な言い回しだったナ」
「よし、善は急げだ」
視察、挨拶周り、本家の方にも顔を出してとしていたら、ひと月以上家を開けることになってしまった。
その期間、彼女の足でどこまで行けただろうか。
方角も何もわからないが、虱潰しに痕跡を追うしかない。
「とりあえず飛ばすだけ飛ばしとこうか」
リリ本人は見つけられなくとも彼女に纏わる情報収集くらいはできるだろう。
自身の影から作ったカラスたちを窓を開けて放ってから、コートを羽織り直してドアノブに手を掛けた。
しかしふわりと目の前に割り込んできたナーチが、俺の鼻を押しながら制止を掛ける。
「待て待て! オマエ家のことはどうするのナ!? 仕事があるだろ!」
「そんなのどうでも──よくはないけど……リリを引き合いに出されると他は全部どうでもよくなってくるな…」
「そんな調子じゃ探しに出たところで、オマエが侯爵に連れ戻されるのがオチだナ!」
たしかにナーチの言うことはもっともだ。
さっさと婚姻を結ばず使用人として置いていたのは、決して俺がヘタレていたのではなく、環境の様々なものが障害となり得るからであって、高齢の侯爵が天寿を全うしてから、正式にリリを迎えようと思っていたのだ。
何度も言うが、決して、決して俺がヘタレていたわけではない。
諸々を懸念しての計画である。
「名家の子息が! 拾った女の子を娶るつもりで一方的かつ病的に! 悪魔も震え上がるくらいの気持ち悪さで! 痛々しく! これまでの功績が全て水の泡になるくらい無様に! 執着してるなんてことがバレたら、流石の侯爵も曲がった腰を上げて出てくるナ!」
「悪意しか感じない」
「とにかく、全部ほったらかしにするのは悪手ナ!」
悪口はさておきとして、なんて常識的な悪魔なんだろう。
あまりにまともなものだから反論の余地もない。
俺は、ふむと顎に手を当て考えた後、
「じゃあこうしよう」良い案を思いついたので指を立てた。
扉の脇に立て掛けてある姿見。その掛け布を剥がして前に立ち、重ねるように手を付いた。
鏡に波紋が広がる。
そのまま自分自身と指を絡めるようにして、手を引く。
ずるりと出てきた"俺"を軽く眺めてチェックしてから、並び立って、
「どう? これ置いていけば問題ないでしょ」
「う、瓜二つだナ…! オマエみたいな眩しいヤツが二つも並んでると不気味だナァ…」
「不気味とか言うな」
「それに、良く出来てるけど立ってるだけの人形じゃ……」
『ちゃんと仕事も熟せるよ』
「ひぎゃあっ!」
鏡から出てきた方の”俺”を物珍しく覗き込んでいたところ、”俺”が俺そのもののように声を出すからびっくりしたらしい。
飛び上がって二の腕に張り付いてきた。
「コイツ、喋れるのナ!?」
「結構なリソースを割いてるから」『普段の俺と遜色ない働きができるよ』
「普段の俺が100として」『俺は40%くらいだけど』
「このクオリティを維持するのは結構疲れるから」『あんまりやりたくはないんだけどねぇ』
「き、気持ち悪い喋り方するんじゃないナァーー!」
もう一人を高水準で維持するために使う魔力や神経やらで、俺本体のパフォーマンスも半分以下に落ちるが、こればかりは仕方がない。
さて、これで当面の問題は解決だ。
「よしいこう、さあいこう、今すぐいこう」
「完全に、仕える主人を間違えたナ……──そもそもオマエ、反省はしたのか? リリに逃げられて、これまでの行いを悔いるぐらいはしてるのナ?」
「………」
「突然ダンマリかよっ!」
「…………俺だって、ほんとはもっと上手くできたらって思うよ、けど…」
好きすぎて上手くいかない、とは口にできなかった。
自分が情けない状態なのはよく理解している。
自分の地位や彼女との関係性にあぐらをかいていたという自覚もある。
彼女は俺から離れられないだろうと、勝手に思い上がっていた。
だからこそ、リリは出て行ってしまったのだろう。
「はぁ……もう勝手にすればいいナ…ボクは寝とくナ。その間じっくり一人で反省して、謝罪の言葉でも考えとけばいいナ」
ふあ、とひとつ欠伸をしてから、ナーチはシュルシュルと俺の耳飾りの中へと入っていった。
「反省…謝罪か……」
ぼやくように呟くが、のんびりはしていられない。
玄関から堂々と出て行くわけにはいかないので、自分の家なのにこそこそと窓から出て行く。
『いってらっしゃい』と自分自身に送り出され、使用人の目を掻い潜りながらの出立。
「リリ…」
俺には君が必要なのに、君はそうじゃないのかと思うと頭がおかしくなりそうだ。
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