5 / 39
世界
しおりを挟むユーリ・シア・ウィレニア。
大国の王子。その身を持ってして至上の品格を示す立派な少年。才色兼備とはまさに彼のことで、エマはユーリを前にして、なんだか居心地の悪さを感じる。
『お姫様』そんなものに拘っていたのは、周りよりも優れていたい、なんて強欲な感情からだった。
ある種それは劣等感の裏返しで、あれもこれもと与えられても満たされなかったエマには、心の奥底に『自分は蔑まれる生き物なのだろうか』という恐怖心があった。
魔女、それは災厄の一種として語られ、近年では魔術害悪的な女性を貶す言葉として用いられることもある。
かつて膨大な魔力を所有し、悪魔と契約を結び、人を騙し、陥れ、禁忌を犯し続けた少女がいた。
少女は愛らしい容姿と鈴の音のような声で人々を欺き、町を渡り歩いては騒動を引き起こした。
最後には赤子を攫い、森の中へと姿をくらました┄┄なんて話は、誰もが子供の頃に聞かされるお伽噺である。
しかしどの時代でも、これらに似通ったような事件がポツリポツリと起きるので『魔女はいる』そう信じているものも少なくない。
悪事を働いた女性を魔女だと晒し、処刑する風習は王都にさえまだ残っている。
エマは生まれた時から、自分の本質を理解していた。
本能的にわかるのだ、人と自分との違いが。
それを埋めたかった。だが、そのやり方を間違えていた。
「エマ様?」
突如悶々とし始めたエマをユーリは不思議そうに見つめる。
視線が合わさり、
(この人の婚約者って、荷が重くないか)
と、思ったエマは途端に胃が痛くなってきた。
「お嬢様、顔色が優れません。もしや本当に体調が…?」
心配そうに覗き込まれ、エマは大丈夫だと返した。
十歳児が精神性の胃痛だなんて、哀れな話である。
「本当に、大丈夫ですか?」
「はい、全然、何ともありません」
「そうですか? 熱がぶり返したのでは──」
そう言って、ユーリの小さな手が首に触れた。
┄┄その時、エマの体は戦慄した。
一瞬にして大量の汗が吹き出し滝のように流れる。
「いだだだだだだだ!!!!!」
「エマ様!?」
叫びながら逃げるようにベッドにダイブしたエマは、シーツに全身を包めて叫んだ。
「お腹がとても痛いです!!!!!」
「「ええ!?」」
「だ、大丈夫ですか!?」とニーア。
「大丈夫だけどちょっと一人になりたいので今日はもうお開きでお願いします!!!」再度叫ぶエマに、
「今日はフェリクスと共に来ているのですが、彼に診てもらってはいかがでしょうか」とユーリが提案する。
フェリクス、それは殿下付き家庭教師の名だが、それを聞いてエマはシーツの中で更にダラダラと汗を流した。
「そ、そこまでではございませんので!」
「ですが┄┄」
「大丈夫ですから!」
早く帰ってくれ、そう叫びたかった。
代わりにニーアの名を呼び、ユーリを送るように指示する。
エマの尋常じゃない覇気を感じたニーアは素直に頷き、ユーリの背を押しながら部屋を後にした。
ユーリは最後に「お加減が良くなったらまた王宮に来てください」と言葉を残した。
「ハァ……ハァ……」
誰もいなくなった部屋で、エマの荒々しい呼吸音だけが響いた。
弾けんばかりに脈打つ心臓を抑え、蹲る。
とんでもないことを思い出してしまった。
前世の記憶から引っ張り出されてきたのは、とあるゲームの記憶。とくにこれといった趣味がないという後輩社員に向けて、先輩からの贈り物、別名布教品として届いた、乙女ゲーム。
進められるままに熱心にやり込み、数多の男を攻略した。
その攻略対象の王子の名前は、ユーリ・シア・ウィレニア。
同じく攻略対象の、王子の従者、リュカ・フレロ。上等級魔法士兼王子の家庭教師、フェリクス・サースティン。
一致、一致、一致……。
王国、王都、隣接する施設、教育機関、それらの名も、すべて一致している。
そして今、ベッドで縮こまり震えあがっているのは、
「私……悪役なんだ………」
このゲームで発生する問題のすべての元凶となる魔女、エマ・ルソーネその人である。
/
乙女ゲーム『MAGIC and LOVE STUDY』通称『MLS』の売れ行きは正直言って微妙だった。
不評だった項目はいくつかある。
まずキャラクターの癖が強く、攻略難易度が無駄に高いこと。
「おはよう」「おはようございます」その選択肢の差でバッドエンドを迎えてしまうような理不尽さに、多くのユーザーが「は?」となった。
次に、無駄に強要されるミニゲーム。魔蟲を打ち落としたり、凶暴化した野犬から逃げたり、豆の選別や魔法生物の歯磨きなどをやらされたりもする。
どれも変に難しく、「意味が分からない」という意見が多く寄せられた。
ハートフルなタイトルと違って、ダークファンタジー寄りな本編に、解像度の高いグロテスクな虫表現などもあり、どこを目指しているんだと言いたくなるようなゲームである。
ただ、一部のコアなファンからは絶賛されていて、ゲーム経験のない一般女性の手元にまで回ってくる、なんてことも稀にはあるようだ。
/
「いらない……」
エマはテーブルに広がる豪勢な晩餐に向けて、言葉を落とした。
食堂はシンと静まり、かのわがままお嬢様が舞い戻ったのかと誰もが息を呑んだ。そして、
「折角用意してくれたのに、ごめんなさい」
付け足された言葉に、一斉に脱力した。
「エマ、どうしたの? まだお腹痛い?」
「うん……今日はもう寝るね、これ明日食べる」
しょぼしょぼと言い残して食堂を去る。
ついて来ようとした父親やニーアのことも拒否した。
しばらくは一人で考えたかった。
ここは前世でやった乙女ゲームの世界、しかしエマにとってはれっきとした現実で、寧ろ前世の世界の方が夢物語の舞台のように思える。
ただエマは、変な世界に転生してしまった、と悩んでいるのではなく、自分が物語の中の悪役令嬢だということに多大なるショックを受けていた。
物語はエマが十六歳になり、魔法研究機関【ワーズ】の研究室に入ったところから始まる。
魔法学園で、魔力を持つ貴族の中でも特に優秀だと判断された特待生だけが進める研究機関。そこに突如魔力に目覚めたヒロインが推薦されてやってきて、立派な魔法士となるべく奮闘する┄┄そんな内容なのだが、勿論嫌というほど紆余曲折ある。
主にエマがヒロインに対して犯罪級の嫌がらせばかり仕掛けるのだ。
気味が悪いのは、ゲーム序盤のチュートリアルでヒロインを導くのがエマだということ。
その後は特に目立った出番はなく、その間もヒロインの周りでは事件が絶えないのだが、蓋を開ければ全てエマが絡んでいるという姑息ぶりである。
エマに利用され命を落とすものや、最後まで操られていたことに気付いてもらえない悪役までいる。
裏では苦しむ人間をクスクスと嘲笑い、表では王子の婚約者として慎ましやかに過ごす。家ではわがまま放題の冷徹お嬢様。ちなみに外で徹底されるようになった分、屋敷での癇癪は酷くなっている模様。
そんなエマの最後は無慈悲にも、オールデスエンドである。
見事にどのルートでも死亡。遅いか早いかくらいの差しかない。
エマの記憶があのタイミングで蘇ったのも、死に方の一つにユーリの手で首を刎ねられるというものがあったからだ。
その他にも、バラエティに富んだ死に方が用意されている。
中でも特に多いのは焼死だった。
断片的にしか覚えていないエマも、このことだけは記憶にあった。
当時は気にならなかった悪役の死だが、今となってはわけが違う。
エマは頭を押さえながら蹲る。
酷い絶望感に、この事実を思い出してから何度か吐いている。
それはもう絶不調であった。
エマはベッドの上でゴロゴロと転がりながら、落ち着け…落ち着け……と言い聞かせるように呟いた。
──まだ、なんとかなる。
何といってもエマはまだ十歳。物語の始まりは十六歳。
悪いことをしなければいいんだ、簡単なことだ。
今の自分は、自分を省みることができるんだから。
そう思って、なんとか心を軽くする。
(ていうか、ゲーム内で全く触れられなかった私のバックボーンについて少し抗議したい……)
色々あるんだから擦れちゃっても仕方ないじゃん、と我が身可愛さに思うが、人を害することがいけないというのも、今はちゃんとわかっている。
エマは何度か深呼吸してから、大の字になって天井を見つめた。
「大丈夫…大丈夫……」
何度も何度もそう繰り返しているうちに、いつの間にか眠りについていた。
95
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
春告竜と二度目の私
こもろう
恋愛
私はどうなってもいい。だからこの子は助けて――
そう叫びながらも処刑された王太子の元婚約者カサンドル。
目が覚めたら、時が巻き戻っていた。
2021.1.23番外編追加しました。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる