【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎

文字の大きさ
6 / 39

ほどける

しおりを挟む

 悩んでも仕方のないことは悩まないようにしよう、でも、どうにかなるものなら頑張って考えよう。

 そしてエマが辿り着いた答えは、とにかく静かに生きて死亡エンドを回避する、である。
 以前掲げた宣言と何ら変わりなかった。
 ちょっかいなど出さず、危ない種を撒かず、慎ましく生きる。

 目指せ、老衰。

 これを機に、研究所でまじめに働き、自分もちゃんとした魔法士になってみるのはどうだろう。貴族の家に生まれ、魔力も申し分ないほど持つエマが魔法学園に進むのは避けられないことだが、その後はワーズとは別の名もない小さな研究所にでも入ればいい。
 エマは名案だとうんうん頷いた。

 前世の彼女は、不評だったミニゲームがわりと好きだった。
 なんならシナリオを読むより、そちらをやり込む方に時間を費やしていたように思う。
 特に好きだったのが、ヒロインが対象に魔法のプレゼントをするシーンで、小さな夜空を瓶の中に作り出す、そんなミニゲームだった。
 星の光や夜の闇を集めて、魔法で圧縮して小瓶に詰める。瓶の中身を振りまけば小さな夜空がこぼれ出てくるのだ。
 素材が全く集まらない鬼畜使用だったが、何とかやりきった。
 達成感と喜びがあり、そして何より、憧れた。

 その憧れが今は、当たり前のように世界に、自分の中に、あるのだ。
 ありふれた『魔法』というものが突然とても神秘的なものに思えて、胸の辺りが熱くなる。

 学びたいと純粋に思う。
 勉強しよう、そして未来を更生しよう。

 こうしてエマの夢は『お姫様』から『魔法士』へと変わった。


 /


 さて、目下の問題はユーリ殿下だ。

 エマは馬車に揺られながら悶々としていた。
 最近はこうして一人物思いにふけってばかりいるせいで、『思春期は、終わったのではなく次のステップに移ったのでは?』と屋敷では囁かれていた。
 なので皆一様に、子どもの成長を見守るスタンスに移行している。
「これを機に旦那様も過保護を卒業してください」とニーアに注意を受けたレオンも、苦渋の表情で愛娘を見守っている。
 エマはなにやら物静かな周りを不自然に思ったが、好都合なので深く考えることはせずにいる。

 それよりも考えるべきはやはりユーリの事で、一刻も早く婚約を解消せねばと気持ちが急く。
 攻略対象とは出来る限り関わりを持たない方がいいし、婚約者なんて存在はヒロインの邪魔にしかならない。大人しくしていたとしてもどんな事故が起きるかわからない。
 だが面倒なのは、「解消しましょう」「はいそうですね」とはならないことだ。
 そもそも殿下との婚姻をこちらから破棄するなんて選択は、常識的にできない。

『本当はどこにも行ってほしくないけど、いつまでもそうは言ってられないし、ユーリ殿下なら僕も安心だよ。陛下からOKもらえてほんとによかった~』

 と、エマの為にと父親が無理して取り付けた婚約である。
 ルソーネの家がどれだけ立派であろうと、母親の影響で、他の混じりっけない貴族令嬢と比べられるとエマはやはり劣る部分がある。
 ましてや王子の相手だ。些細なことでも大きな粗として持ち出され、皆、必死で足の引っ張り合いをする。

 それでもこうしてエマがユーリとの婚約を勝ち取れたのは、ひとえに父親の人望があってのことだ。
 普段は頼りなさげなレオンだが、こと仕事においては有能である。
 そんな父の顔を平気で踏みつけるような扱いばかりしてきたが、流石にこればっかりは好き勝手にできる案件ではない。

 つまり、向こうに破棄してもらうしかないのだ。

(幸か不幸か、ユーリ様は私のこと嫌ってるだろうし)

 思いながら少し虚しくなった。
 気付かすにグイグイいっていた自分自身に対して。

「エマ、少し待っててね」

 レオンの声にハッとなる。
 もう王都に着いたのか、そう思ったが、馬車の窓から見えるのは素朴な田舎の町並み。

 ユーリの来訪から暫く経ち、今日は久しぶりに王都に出向くところである。
 正直まったく行きたくないのだが、『お加減はどうですか』という儀礼的な手紙が届いてしまったので、こちらも礼儀を持って元気な姿で挨拶に向かうのだ。

 そんな道すがら。そういえば別件で町役場に用があると言っていたな、と思い出す。
 一つ息を吐いてから、エマは外を駆け回っている子どもを眺めた。
 そして、あ、と思う。

(………楽しそうにしてるけど…)

 どうにも危なっかしい。
 興奮状態で気付いていないのだろうが、体力が尽きかけのようで足元が覚束ない。
 小さな子どもにはありがちだが、あのままでは──そう思っている内に、自身の足に引っ掛かり見事に転んだ。
 べしゃりと音が聞こえるような見事な転び方だった。
 痛いと泣く声がこちらにまで聞こえてくる。

 今日はニーアを連れていないので、エマは一人馬車から抜け出し、子どものもとへと向かった。
 一直線で向かってくるエマに気付いた子どもたちは、ギョッと瞳を開き、オロオロと慌てはじめる。そんな反応に気まずくなるが、それでもエマは怪我をした少年に近づき、膝を付いた。

 怯えた表情の少年と目が合い、エマは少し考えてからきゅっと口角を上げてみせた。
 無表情の時のエマは人形を思わせるような冷たさがある。それでいてこれまではずっと仏頂面だったのだから、それはもう嫌な子どもだっただろう。
 馬鹿みたいに振りまく愛想があったなら、こうして普段から少しでも笑っていたらよかったのだ。
 まあ上手くできているかはわからないけれど、と思いながら「見せて」と声を掛けた。

 おずおずと、膝をこちらに向ける。生傷なんて耐えない活発そうな少年だ。

(この傷も放っておけば勝手に治るんだろうけど──)

 エマは少年の膝に手をかざし、

「《治療ヒール》」

 自分でも笑ってしまうくらいの掠れ声で唱えた。
 些細な傷なので、自然治癒力を少し活性化させてやるだけでみるみると塞がる。

 いつの間にか群がって来ていた人々が「おおー…」と声を漏らした。
 貴族以外で、魔力を持ち生まれてくる者は殆どいない。
 だから魔法自体が珍しいのだろう、すごいすごいとはしゃぎ出した子どもたちに、ムズムズと居心地の悪くなったエマは、

「終わり…です」

 そう言って立ち上がり、足早に去る。
 背中に「ありがとう」と声を掛けられ、ピリピリと指先が震えた。
 軽く振り向いて目も合わせないまま頷いて、馬車へと小走りで戻った。

「あの……!」

 馬車に戻りホッとしながら扉を閉めようとした時、今度は線の細い少女の声が掛けられ「今度は何だ」と、どうにも疲れ果ててしまったエマはのそりと扉から顔を出す。

 そこにいたのは、随分前に草原であった少女だった。
 名前はルーシーと言ったか。
 あの後色々あったせいで殆ど忘れかけていた少女のことを思い出す。

「あの…あ、あの時は……えっと……」

 どもる少女が何を言いたいかはすぐに分かった。
 しかし、こんな小さな子に先にそれを言わせるわけにはいかない。

「あの時は、ごめんなさい」

 口を付いて出たのは、あの頃絶対に言えなかった言葉。

「え…!? あ…わ、わたし、こそ、もうしわけありませんでした……」

 少女と視線が交わるが、どういう顔が最適かわからなかったのでとりあえず微笑んでおく。子どもと接するときは笑顔の方が、きっといい、はず。
 ぽっぽっと顔を赤らめたルーシーに、どういう作用があったのかはエマにはわからないが、泣かれていないならいい。

 思えば前世では、上にも下にも年齢が離れた兄妹がたくさんいた。下の子には、ずっと笑って接して──というか、幸せで勝手に笑っていたような気がする。

 今だって沢山恵まれてきたのに、自分はどうして……そう思った時、ふと町の人々の顔が目に入り、『豊か』だと思った。
 そして、自分は恵まれていることに気付けないほど、周りを見ていなかったのだと知った。

「あの……キリのことも、おゆるしくださいますか…?」

 ああ、と口にしながら、あの泥団子の少年か、と頭の中に顔を浮かべる。

「はい。もう気にしてません」

 エマの言葉を聞いたルーシーは心底ほっとしたような顔をして、深々と頭を下げてから立ち去った。
 その背を見届けてから、今度こそ扉を閉めて深く腰掛け息を吐いた。

「はー……」

「エマ」

「んぎゃっ!!!」

 素っ頓狂な声を上げて飛び上がったエマの斜め前には、良い笑顔を浮かべたレオンがいた。
 この父親、どれだけ存在感が薄いんだ。
 絶句したエマが、パクパクと魚のように口だけを動かしていれば、レオンは何も言わずに今度は綻ぶような笑みを浮かべてエマの頭を撫でた。

 当然、エマはそれをすぐに払いのけ、壁にめり込む勢いで椅子の端に寄ったままそっぽを向いて、馬車は王都への道をまた走り出した。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること

夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。 そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。  女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。  誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。  ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。  けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。  けれど、女神は告げた。  女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。  ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。  リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。  そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

処理中です...