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真っ白な悪魔
しおりを挟む『お嬢様、本当に……本当の本当に、お一人で大丈夫ですか?』
『ニーア、私もう子どもじゃないよ』
自分の身の回りくらいは自分で整えられる。
──なんて、どの口が言ったのか。
「……ブラシ、どこに入れたっけ……」
明け方に目が覚め、カラスのように素早く湯浴みを済ませたエマは、シュミーズ姿で、まだしっとりと髪を濡らしたままでいた。
荷物を漁る手の上に毛先から滴が落ちる。
むむむ~、と表情をしかめながらスーツケースを漁る。もうひっくり返してしまおうか、そんなことを考えていれば、
コンコン。
「エマさん、いらっしゃいますか?」
ノックが響き、フェリクスの声が聞こえた。
エマはパッと立ち上がり「はーい」と呑気な返事を返しながら扉へと駆け寄った。
「ご一緒に朝食でもどうでしょう」
「あ、はい。是非是非」
扉越しに言葉を交わす。
「この部屋、すごく汚くありませんでしたっけ? 大丈夫でしたか?」
しかしそう言われて、エマはふふんと得意な気持ちになった。
一晩で生まれ変わった造形科の研究室をとくとご覧あれ。
「綺麗になったんですよ~。私の努力の結果を見てください」
そう言いながら、エマは扉を開いた。
建て付けが悪く開け閉めの際に軋む音が酷い。これもどうにかしないと、と頭の隅で考えながら、扉の隙間から顔を覗かせれば、
「あれ……?」
エマは思わず目を丸めた。
動きも、思考も一旦停止。戸惑いに呆気にとられた。
何故なら、扉の向こう側にいたのはフェリクスではなく、アルだったからだ。
顔を突き出して廊下を確認するが、フェリクスの姿はない。
たしかに彼の声が聞こえた筈なのに。不思議に思いながら首を捻っていれば、エマの体は部屋の中に無理やり押し戻された。
「ぶ」
体を使ってエマを押し込み、自分も部屋の中へと入ってきたアルは、後ろ手に扉を閉めながら、
「フェリクスとキミってそういう仲なの?」
「ふぁい?」
打ち付けた鼻を押さえながら、エマは気の抜けた声を上げる。
そういうって、どういう?
疑問符を浮かべたままアルを見上げていれば、彼は「ま、違うよね」と一人で結論を出して頷いた。ますます訳がわからなかった。
「じゃあ、オレのこと誘ってくれてるのかなぁ」
さらりとエマの髪を掬って流しながら、アルは楽しげに言う。
誘うとは、朝食のことだろうか。
「あの、フェリクスさんいませんでした?」
声が聞こえたんですが、と不思議そうにするエマを見て、アルは手も隠れてしまうほどの大き過ぎる白衣の袖で、口元を覆ってクツクツと笑った。
そして、
「これ、僕の得技なんです」
そう、フェリクスの声で言葉を紡いだ。
「元々真似るのは得意なんですけど、ちょっと魔法でいじれば完成度はこの通り」
今目の前にいるのはアルだというのに、フェリクスと話しているような気になる。
それほどまでに似ている。というか、同じだと言える。
「まぁ、それはさておき」
「ぅひぃっ!」
ツツ、と頸を撫でられエマは飛び上がった。
そそくさと後退り、距離を取る。
撫でられた場所を掌で押さえつけ、毛を逆立てた猫のように威嚇した。
「そんな反応するなら、まずはその格好どうにかしようね」
「へ……?」
言われて、エマは自分の体を見下ろした。
瞬間、ぶわ、と頭の先まで一気に羞恥が込み上げる。
それなりに肌は隠れているとはいえ、今のエマは下着姿である。人様に見せられるものではない。加えて濡れそぼったままの髪。
色々と勝手が違うことに戸惑っているうちに、自身の格好のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。
「早くしないと食べちゃうぞ~」
余裕綽綽と言い放つアルに、耳の裏まで真っ赤に染めたエマは鞄を引っ掴んでバタバタと奥の部屋へと逃げ込んだ。
/
「………………お目汚し……失礼しました……」
「いいえ~。寧ろご馳走様です」
身なりを整え、しかし萎れた草のようにしょぼくれて小部屋から出てきたエマを、アルはニヤニヤ顔で迎えた。
屈辱。しかし、自業自得であるので何も言えない。
「殿下は見たことあるのかな」
「?」
「キミのああいう姿」
「な゛っっっ!! ありませんよ! 何言ってるんですか!!」
「じゃあ先越しちゃった。バレたら怒るかなぁ?」
アルはフェリクスよりいくつか下ではあるが、エマから見れば彼もれっきとしたオトナ、だというのに、子どものように悪戯に笑う。
この人の纏う空気にはいつまで経っても慣れない、とエマは思う。
「殿下に怒られる前に、飼い犬くんに噛まれるかな? それはそれで面白いよねぇ」
「ちょ、言いふらすつもりですか!? やめてください!」
「だって、キミの柔肌を拝んだことを誰かに自慢したい」
「はい~~~~~???」
思わずこれでもかと顔が歪んだ。
エマにはわかる。この男、ただ揶揄いたいだけなのだと。
「アルさんは嫌われたい願望でもお持ちなんですか?」
「え、そんなわけないじゃん。やだよ、仲良くしよ」
「……じゃあ軽率に人を揶揄うのはやめてください」
「はーい」
返事だけは素直である。
エマは一つ嘆息してから「それで、何の用ですか」とぶっきらぼうに問うた。
「さっき言った通り、一緒にご飯食べようと思って」
どこまでもマイペースに、特徴的な尖った歯を覗かせてアルは嬉しそうに言った。
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