【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

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出会う

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 本日、非常に大切なミッションがあります。

 エマはいつもベッド代わりにしているお気に入りのソファに沈み、ブランケットに包まりながら目を血走らせていた。

 今日は一日ここで大人しくしていること、それが大切な仕事なのである。

 何故ならついに、ヒロインがワーズにやってくるから。

「オェ……」

 不安により盛大にえずくエマは、上品さのかけらも無い、令嬢らしからぬ険しい顔をしている。

 筋書きに違いがなければ、迷子になって困っているヒロインが曲がり角でユーリとぶつかり、そのまま成り行きで共に精霊魔法科の研究室へと向かうことになるのだ。
 彼の周りに蔓延っていた卑しい令嬢たちと違い、素朴な人柄のヒロインとの会話は好ましく、ユーリはヒロインを第一印象から酷く気に入る。
 そんな時、彼らの前に現れるのがエマだ。
 ワーズ内の案内を買って出て彼女に色々と教えるのだが、それとなーく牽制が入っている。

(あーやだやだやだ!)

 エマはバタバタと暴れた。
 そんなとんでもないことはしないから、お願いだから破滅ルートを回避させてください。
 ブランケット芋虫になりながら、エマは祈り懇願していた──その時、

「失礼しまーす。エマいるー?」
「!?」

 本来聞こえるはずのない、聞こえてはいけない男の声が、部屋に響いた。

「……なにやってんの?」

 言いながら、ブランケットをポイポイと取っ払う。
 中から出てきたエマを見て、ユーリは呆れたように笑った。

「ちょっと久しぶりだね」
「え、あ、う、ん…?」
「会わないうちに人語忘れちゃった?」

 可笑しそうに茶化しながらも乱れたエマの髪を撫で付けて整えていく。
 その間も、エマはボケっと目の前の美丈夫を眺めていた。

 なんでここに、そんな問いを掛ける前に「エマが先に来てるって聞いたから、寄ってみた」と言う。

「大きいソファだね。いつもここで寝てるの?」
「そ……う、だね…そ、そ、そう…うん……」
「何でそんなどもってるの? まぁいいけど」

 言い終わりにユーリは小さく欠伸を漏らした。
 霞んだ青い瞳が薄く細められ「眠い」と独り言のように呟く。
 ぐいぐいとソファの奥へと押されて、エマは、え、え、と戸惑いの声を上げた。

「研究室入りまでまだ時間あるから、寝たい」

 なんですと?
 理解が及ばないうちにソファにギリギリ二人納まり、目の前には目を閉じて寝入ろうとしているユーリがいる。

(ちっっっか)

 なんて場合じゃなく、

「ユーリ! こんなとこ来てる場合じゃないよ!」

 なにやってんのさ、とエマは勢いよく起き上がった。
 煩しそうに顔を顰めるユーリは「は?」と眠りを妨げられたことに不機嫌そうである。

「起きて! ワーズ内100周してきて!!」

 そしてヒロインとぶつかってこい。

「なにその罰ゲーム……」
「早く! 起きてってば!」

 ぐいぐいと彼の上体を引っ張り起こす。

 折角自分という悪役が役目を放棄しているのだ。なら、彼らには穏やかな恋愛物語を紡いでもらいたい。
 エマは死にたくないという願いと同時に、これまで関わり合ってきた彼らの幸福も願っていた。

 ──それに、まだ一つ最大の問題がある。

『MLS』は、誰とも深い縁を結べなかった場合のエンディングが存在し、その場合はエンドロールで、その後全員が不幸な死を迎えているというホラー画像が流れるのだ。

 とんでもない仕様だ。
 初めて見た時は「なにがあった!?」と声に出してしまったほど。
 乙女ゲームで誰とも恋に落ちることのできないような愚図にはこれをお届けします、なんて製作からのメッセージだろうかと思った。

 結局その、虚無エンディングの謎は解けないままだったが、とにかくその危険性もあるため攻略対象たちがヒロインを放置することだけは許されない。

 エマはユーリを飛び越えてソファから降り、彼の手を引く。

「さっさと自分の研究室行きなよ!」
「なに、なんでそんなこと言うの。折角久々に会えたのに」
「これからいつでも会えるでしょ!」

 同じ場所にいるのだから、会おうと思えばいつだって会える。その必要性があるかといえば、全くもって皆無だが。

 瞳を瞬かせている彼を勢いよく立ち上がらせ、エマは駆けた。
 幸いなことにユーリは抵抗なく引かれるがままになってくれている。

(ヒロインが迷子になってた場所なんて、わかるはずない……)

 それでも数打ちゃ当たると、ユーリを連れ回して走った。この男を必ずヒロインにぶつける、そんな使命を持って走った。

「エマ~、どうしたのさ~」
「と、とにかく……ゼェ…走っ、て……ハァ……」

 息も絶え絶えに言うエマが、何度目かの角を曲がった時──

「ふぎゃっ!」
「キャッ」

 派手にぶつかってしまった。

 倒れ込み尻餅を着いて、衝撃にギュッと瞑った目蓋を持ち上げれば、

「いたた……」

 とびきりの美少女がいた。
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