【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

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過去になる日

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 辺りは騒がしい。
 魔女を探せ、殺せ、火刑に処せと、人々が駆け回っている。
 人間世界に出来た癌を取り除くべく、災厄を断たなければと躍起になっている。

 影から影へと移りながら、エマはどうやって逃げようかと思案していた。
 すると、

「キュ」

 丸々と太った見慣れた聖獣が、エマの上に足を乗せた。
 テシテシと地面を叩いて──この場合、エマを呼んでか、そうしてから歩き出した。
 影のある道を選んでいるあたり、ついてくるように言っているらしい。

 エマは異形を保ったまま、ずるりずるりと柔らかな背中を追った。


 導かれた先はワーズの地下。
 エマが断固として寄り付くことのなかったアルの個人研究室である。

 待ってましたと言わんばかりに迎えてくれたアルとフェリクスに、思わず呆気にとられてしまう。
 ほらほら、と手を引かれて影の中から引きずりだされる。その手が酷く優しいものだがら、指先が震えそうになった。

「ワーズの外と繋いでおいたから、ここを通れば見つからずに出られるよ~」
「空間移動の魔法は莫大な魔力が必要になりますけど、まぁエマさんなら大丈夫でしょう」

 仰々しい姿見をコツンと叩いたフェリクスが笑いかけてくる。
 声は明るく取り繕っているが、二人とも、酷い顔だ。酷く、悲しそうな笑みを浮かべている。

 罪悪感と悲壮感が嫌というほど押し寄せてきて、同時に感謝を伝えたいと思う気持ちが体の中で綯い交ぜになって、出来上がったのは解き口の見つからないぐちゃぐちゃの毛糸玉のような救えないものだった。

「大事になる前にこうすればよかったんだけど……」
「僕らも、別れを惜しんで甘くなってしまったのがいけませんでしたね」

 そんなことを言うものだから、またわけのわからない気持ちになる。
 どうしてそんなに良くしてくれるの。そんな問いを投げた。

 二人は丸くした目をお互いに見合わせてから、エマに向かって「君がいい子だと知っているから」と答えた。
 ただでさえ忌み嫌われる存在で、こんなに迷惑を掛けてしまっているのに。

「せっかくここまでの地位を築いたんだから、お気に入りの子をちょっと贔屓するくらい、いいよねぇ」
「こっちのことは気にしなくていいですよ。何とでもなります」

 だから早く行きなさい、と鏡の中へと背を押された。

 波紋を広げながら、抵抗なく鏡面がエマの体を飲み込んでいく。

 繋がる先はルソーネ領だというが──

「あの…! い、家と私は、何の関係もなかったことにしてくれませんか……!」

 そんなエマの訴えに、二人は小さく息を飲んだ。

 どうか自分のことは忘れてほしい、きっと探そうとするだろう父を止めてほしい、それが今一番望むことなのだと。
 探さないでください、なんて、お決まりの家出台詞だが、しかし本心だった。
 最初から、こうすることが正解だったのに、やりきれなかったのは自分の弱さだ。

「私の、一生のお願いです」

 そんな陳腐なことを言い、エマは下手くそに笑って手を振った。
 体はもう、殆どが鏡の中に埋まっている。

「迷惑をかけてごめんなさい──私なんかに優しくしてくれて、本当にありがとうございました」

 ──そうして、エマは鏡の中へと消えていった。

 酷使に耐えられなかった鏡のひび割れる音だけが残っていた。
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