【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

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これまでと、これから

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 あの一件の後、エマの処刑は滞りなく行われた。
 上級魔法士によって捕らえられた魔女は、速やかに断罪された。

 というのが、表向きの話。

 アルの作ったエマを模した人形は、彼女をよく知るものでさえ欺けるほどの出来だった。
 その製作過程や材料などは誰一人として知る由もないが、おかげで怪しまれることなく人形はエマとして火刑に処された。
 それでも見ていて気持ちのいいものではなかったし、最後までユーリは納得した様子ではなかった。
 理不尽な思想を力でねじ伏せようとも思ったが、まずはエマ個人の未来のために、この結論を甘受した。
 エマの父は酷くやつれたが、娘の『一生のお願い』を受け入れ、王家──主にユーリの徹底した庇護や、元々の力もあり、難を得ることもなく変わらぬ暮らしを保っている。

 こうしてルソーネ家に紛れ込み、王子を誑かし、人間の営みを脅かそうとした魔女はこの世から抹消された。
 事は収束し、彼女を殺した世界は変わらない時を刻んでいる。


 /


「──まぁそんなわけで、迎えに来た次第です」

 リュカは曖昧に笑いながら言う。

「容姿は魔法やら何やらでどうにだって誤魔化せます。ゼロからではありますが、俺たちはちゃんと知ってるし、アンタが不自由なく暮らせる環境を作って、みんなで守りますから」

 だから──と、切に言う彼をエマは見上げることはなく、やはり地面に視線を向けたまま、頭を横に振った。

「そんなにしてもらわなくてもいいよ。私、自分の居場所は自分で見つけるし、そもそも、もう人間に混じる気はないんだ」

 怖いから、と率直に言えば、リュカは少し押し黙り、

「…俺もですか?」

 そう問うた。
 エマはすぐにまた首を横に振り「みんなのことは勿論好き」と答える。

 しかしそれとこれとは話が別なのだ。
 新しく生まれ変わって生きていくとしても、自分の本質が変わるわけでもあるまい。

「絶対、帰らない」

 他人を羨んで惨めになるくらいなら一人でいた方がずっといい。
 
「私は行けるところまで行って、静かに暮らして静かに死ぬから」

 今度こそ、自分抜きで物語を進めてもらえればいい。
 きっとなんだって上手くいくだろう。
 自分とは違って、なんて見事なまでの卑屈志向を働かせる。

 転がっていたカップを回収し、カツカツと指先で小突いて手持ち無沙汰を解消している姿はまるで──

「なに拗ねてるんですか」

 まるで、子どものそれである。

「拗ねてない。もしそうだったとしても、べつに直さないよ。答えは変わらないから」
「念のため聞きますけど、行けるところまでっていうのは」
「果ての秘境」

 即答するエマに、リュカは頭をガシガシと掻きながら「あ゛~~~」と声を上げた。
 また突飛なこと言い出して、なんて思っているのは見てわかる。

「私は流浪の旅人になるの。かっこいいでしょ」
「……」

 頓珍漢な言い分だが全く笑えない。当の本人が本気だからだ。

 その後しばらくの沈黙。
 葉擦れの音が耳を通り抜けていく。エマにはそれが、とっ散らかった頭の中を一掃してくれるように思えた。

「うん。やっぱり、これが一番いい。私は帰りません」
「いや、なに一人で結論付けてるんですか、俺のことは無視ですか?」
「んーん、本当に感謝してる。リュカが言ってくれた言葉も、一生忘れない。あれを貰えただけで全部チャラになっちゃうくらい、嬉しかった。だからまだ歩けそうなんだよ」

 実際、嬉しすぎたからかその後の記憶がないんだと、へらりと言うエマに「そっこー爆睡してましたからね」なんてリュカは思うが、この話題に関してはそんな茶化しを返せるほどの余裕がなく。

「それは……なんていうか、よかった、ですけど…」
「リュカ──私と友達になってくれて本当にありがとう」

 突然墜とされた爆弾に、は、とリュカは瞳を瞬かせた。

「は?」

 何度でも言いたかった「は?」と。

「やっぱり友情パワーは偉大だねぇ」

 悟りを開いたような気の抜けた顔を上げたエマを見て、リュカは天を仰ぎたくなった。

 帰らない、という答えをエマが出していることから、自分はフラれたのだと思っていた。
 その点に関しては、まぁそうだろうなと当然のように思う。
 むしろ少しほっとした部分もある。

 先夜の『アンタならなんでもいい』云々の、冷静になればこっぱずかしくて全身を掻きむしりたくなるような発言は、リュカにとってはそれなりに思いを込めた告白、というか、彼女に対する想いの宣言で、受け入れてもらえなくとも、伝えられさえすればいいと思っていた。
 ありふれた愛の告白よりもリュカの中ではずっと重いところを暴露した気でいた。

 ただ知ってほしかった。自分自身を疎かにしがちな彼女に、どれだけこちらが思いを向けているかということを。
 誰よりも自分の存在を卑下しているのは彼女自身だ。
 自分が誰かの大切になり得る存在だという自覚を持てと、言っているつもりだった。
 一種の当て付けに近いような告白である。

「あの、俺、一応アンタのことが好きなんですけど」

 確認のように率直な言葉を使えば、エマはきょと、と瞳を丸めた後、「ありがとー」とふにゃりと表情を綻ばせた。

「私も大好き」

 爆弾二投目である。

 リュカは「ぐ……」と小さく唸ってから、顔を覆って大袈裟にエマから体ごと視線を逸らした。
 危ない。また地面に頭を叩き付けるところだった。
 全く持って真意は伝わらず、意味合いで言えば最悪だというのに、音だけで聞くと破壊力が半端ない。

 エマ、十六歳。前世も現世も恋愛経験ゼロ。
 乙女ゲームに関しても、感情移入の一切がなく、絶対なる神の視点からの傍観スタイル。
 恋愛話を聞くのは好きで、他人の恋模様には人並みに興味を抱くわりに、こと自分の恋愛においては関心がない。
 その上、現在のエマは自身の在り方が原因となり拗らせまくっているため、その手の好意が自分に向く可能性など皆無というのが当たり前で、そもそも考えもしない。

 エマはただ自分を好ましく思ってくれるだけで貴重だと思っている。その証拠に、手を合わせて「リュカは優しいなぁ」なんて言っている。いよいよリュカは『不毛』の文字が目の前に浮かんでくるようだった。

「しかしちょっと照れますな」

 もうツッコミを入れる気すら失せてきた。

「でも私、返せるものがないから、できることといったらみんなから離れるくらい。──だからリュカは大切な人達がいる場所に帰って。私はまぁ、それなりにやるからさ」

 諦めたように笑う顔には、心底腹が立つ。

「アンタが帰らないなら俺も帰りません」
「えぇ!?」
「てか、そう簡単に行くとも思ってませんでしたし。アンタの父親からは『変なところ頑固だから、気が済むまでやらせた方がいいかもしれないね』なんて助言ももらってきました」
「え、え、お父さんと話したの?」
「勿論。アンタがとんでもなく酷な言葉残してったせいで、誰も彼も心境複雑、って感じなんですよ。まぁ、俺は、アンタのあの言い分は知ったこっちゃないって感じですけど」
「えぇ~………」
「だからまぁ、壮大な家出に付き合いますよ」

 気長に気が変わるのを待ちます、とリュカはため息交じりに言う。

「そ、そこまでしてもらうわけには……」
「だって一人は寂しいんでしょ?」
「あ゛ぁぁ~~~それは~~~そうだけどぉ~~~」

 今度はエマが頭をグシャグシャと掻き回して蹲った。
 昨日のあれこれが思い出されて恥ずかしいのだろう、しばらく唸りながら身を丸めた後、音もなく顔を上げ、ジト目でリュカを見た。

「私なんかに付き合ってる間に、アリスちゃんを取られちゃうよ」
「アンタは何の話をしてんですか」

 噛み合わなさに、流石に苛立ち覚えたリュカは「つーか俺ももうまともに戻れる身でもないし」と何でもない独り言のように口走った。

「え?」
「あ」

 エマにとっては聞き捨てならず、起き上がって、今度はエマの方が前のめりに「どういうこと」とリュカに詰め寄る。

 やってしまった、なんて顔をするものだから、益々雲行きが怪しい。
 途端に鼓動が騒ぎ立て、嫌な想像が脳内を埋め尽くしていく。

「アンタのこと探しに出て、手ぶらでは帰れないってことですよ」
「誤魔化さないで」

 怒気を含んだ言葉に、リュカは気まずそうに「あー…」と溢しながら首裏を掻いた。
 少し視線を彷徨わせた後、鼻を鳴らすエマに気圧されて口を開く。

「俺今、国外追放者なんですよね」

 そう言って似合わない誤魔化し笑いを浮かべた男に向かって、エマは思いのままに飛び込み、渾身の頭突きを食らわせた。
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