【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)

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12 魔力供給

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 朝食のあと一度部屋へ戻り、詰所に向かうというサイファートを見送ってから、リュカも寮を出た。訓練場に向かう途中、名前を呼ばれて立ち止まる。

「――リュディガー」

 とっさにまわりを見回したが、リュカと彼以外はだれもいなかった。内心でほっと胸を撫で下ろし、名前を呼んできた相手を睨みつける。

「リュカだよ。ここではその名前で呼ばないで、テオドル」

 リュディガーは、リュカが娼館で使っていた名前だった。客の前に出るとき、リュカは素顔を隠していたが、娼館の顧客が騎士団にいないとも限らないのだ。

 テオドルは娼館でリュカの護衛兼お目つけ役をしていた男で、リュカを見張るために騎士団へいっしょに入ってきた。子どものころから使用人として屋敷で暮らしていたので、気心が知れた相手だった。

「何年も呼んでいた名前だぞ。そう簡単に変えられるかよ」

 悪びれる様子もなくそう言って、テオドルが隣に並んで歩き出す。

「昨夜は、同室の隊長とやったのか?」
「…………なっ」

 まったく表情を変えないままテオドルが言ったことばに、絶句した。足を止めてぱくぱくと口を開閉しているリュカを見ても、テオドルの無表情は変わらない。

「どうした? 側仕えっていうのは主人に奉仕するもんなんだろ?」
「……え? テオドルもそういうことしたの?」
「気色悪いことを言うな。こんな図体のでかい男、どうこうしようと思うかよ」
「そうかな? テオドルはきれいだから」

 テオドルはリュカよりもずっと背が高く、体格もいい。隣国の血が混じっていて、整った彫りの深い顔立ちをしていた。少し癖のある髪と瞳の色は黒に近い茶色で、褐色の肌と相まって野性味のある獣のような独特の雰囲気を持っている。

「きれいとかおまえに言われてもな……」
「テオドルは、同室の先輩と上手くやっていけそう?」

 リュカが尋ねると、テオドルはかすかに表情を変え、あきれたような声で言った。

「問題ないけどな……それは俺が聞くことじゃないか?」

 問題がないのならよかった。本当はひそかにテオドルが騎士にあこがれていることを、リュカは知っている。

「俺も問題ないよ」
「あの青炎と同室なんだろ? 本当かよ?」
「そのせいえんって、なに? サイファート隊長のこと?」

 昨日、ほかの見習いも同じことを言っていた。

「青炎の騎士、アレックス・サイファートの二つ名だよ。青い炎の魔法が得意らしい」
「へえ……」

 青い炎を操るサイファートは、さぞうつくしいのだろう。
 昨夜、サイファートがリュカの痣を治すために魔法を使ってくれたが、自分ではよく見えない場所だったので、できればもう一度見てみたい。

「それで、アレックス・サイファートとやったのか?」
「また、その話?」
「いいから答えろ。旦那様に報告しないといけないんだからな」
「してないよ。俺に興味がないみたいだった」

 ほんの一瞬、テオドルが目を見開く。

「純潔の高級男娼を抱ける機会なのに、棒に振るとはもったいないことをするな」
「その言い方やめてよ。だいたい、そんなこと言われても許可できないよ」
「まあ、そうだな。ほかの男の手垢のついた身体を第二王子に差し出すわけにもいかない。俺は特別寮には入れないんだ、うまくやれよ」
「……うん」
「第二王子のほうは接触できたのか?」
「ううん、いまは公務で騎士団にはいないみたいだよ。寮の中でも側近と護衛を連れているって」

 サイファートから得た情報をこうしてテオドルに報告していると、サイファートを利用しているようで胸が痛んだ。

「そうか。おまえが隊長の騎士になったことで順調にことが運ぶかと思ったが、そう簡単にはいかないもんだな。まあ、簡単に王子を落とせるとも思えないしな。せいぜい、のんびりやればいい。俺からはうまく報告しておくさ」

 ある程度は目をつぶってくれると、テオドルは言ってくれているのだ。テオドルの主人は父だが、そうやってときどきリュカを優先してくれる。テオドルのやさしさにどれだけ助けられたことか。

「そう言ってもいられないよ。期限は一年しかないんだ。早く、第二王子を誘惑しないと……」

 父の気が変わらないうちに、王子と関係を持ちたい。

「あんまりやる気出して突撃しても、第二王子に引かれるぞ。おまえが失敗したら俺も旦那様にどやされるだろうからな。そのときは、ふたりでどっかに逃げようぜ」
「どっかって、どこに?」
「さあ? 南のほうとかいいかもな」
「うん、それもいいかもね」

 テオドルの話には、まるで現実味がなかった。テオドルもリュカも金を持っていない。一年で金を貯めたとしても、父からどこまで逃げられるかわからない。きっと、本気ではなく、リュカを励ますための冗談なのだろう。

「行きたい場所、考えとけよ」
「うん、わかった。でも……俺はメアリーにしあわせになってほしいから」

 リュカの答えを予想していたのか、テオドルからの返事はなかった。妹のメアリーを置いてリュカが逃げるなんてありえない。それをだれよりも理解しているのはテオドルだ。

 黙り込んだリュカの頭を、テオドルが無言のまま手のひらで軽く叩いてくる。昔から実の兄よりもテオドルのほうが本当の兄のようだった。テオドルが騎士団について来てくれて頼もしいし、うれしい。ひとりでは不安に押しつぶされていたかもしれない。

「訓練場行く前に、魔力供給しとくか?」
「あ、そうだね。お願いしていい?」
「ああ、じゃあこっちに……」

 リュカの肩を抱き、建物の影へと連れていこうとしていたテオドルが、途中で動きを止め、じっと空を見つめる。テオドルの視線の先を追ってみたが、そこには詰所の建物しかなく、窓辺にだれかがいるわけでもなかった。

「テオドル?」
「いや、なんでもねえよ」

 そう言ってリュカの背中を押してくる。ひと目につかない場所まで移動すると、テオドルは小型のナイフを取り出し、刃先を自分の指に押し当てた。傷口からぷくりと血が盛り上がってきたのを確認して、リュカの口元へ指先を押しつけてくる。

「ん……」

 ガーデンパーティで出会った少年に魔力をもらったことをテオドルに話して以来、こうしてテオドルの血を舐めて魔力をもらうのが日課になっていた。魔力供給なんてしなくていいとリュカは言ったのだが、テオドルは言うことを聞いてくれなかった。少量でも魔力を分けてもらえるとだいぶ楽になるので、正直助かっている。
 傷口からあふれた分の血液だけを舐め、すぐに唇を離した。テオドルの魔力量は一般的なので、一度に魔力を摂取しすぎると今度はテオドルの魔力が足りなくなってしまう。

「今度、べつの方法で供給してやろうか?」

 にやりと笑いながらテオドルが言ったことばを理解できないほど、リュカは無知ではなかった。自分で試したことはないので定かではないが、客や娼館で仲のよかった男娼にその方法を教えてもらった。

 魔力を相手に譲渡する方法は大きく分けてふたつある。ひとつ目は、互いの粘膜を触れ合わせる方法。相手を選ぶ方法ではあるが、その中で一般的とされているのがくちづけだ。ただし、唇を触れ合わせるだけでは供給できる魔力量が少なく、効率が悪いとされている。ふたつ目は、相手の体液を摂取する方法。ガーデンパーティで出会った少年や先ほどテオドルがしてくれたように、血液などの体液を摂取することで魔力が供給される。

 そして、いちばん効率よく魔力を供給できるのが、粘膜を接触させながら体液を摂取する方法だ。つまりは性的な触れ合いをすることなのだが、そんなことをテオドルにお願いするわけにもいかない。

「ばか、なに言ってるんだよ」

 魔力を供給してあげようか、と客から迫られるたびに辟易したものだが、テオドルの場合は冗談だとわかっているので安心して笑うことができた。
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