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11 同じ瞳の色
目を覚ますと知らない天井が視界に入ってきて、状況を思い出すまでに数秒かかった。昨日から騎士団に入ったことを思い出し、ぼんやりと天井の細かな模様を見ているうち、今度は目の前にきれいな顔が現れる。
「おはよう。ずいぶんと遅いお目覚めだな」
リュカの顔を覗き込んでいたのは、サイファートだった。皮肉そうな笑みを浮かべている。
「……お、はようございます」
「そろそろ、朝食に行きたいんだが?」
「……っ! すみません、すぐに支度をします」
自分から側仕えの仕事をしたいと言っておきながら、主人より遅く起きて主人を待たせるなんて、側仕えとして失格だ。急いで顔を洗って身支度を整え、待たせてしまったことを謝った。
「お待たせして申し訳ありません」
「べつにあのまま放っておいてもよかったんだがな。初日から側仕えが遅刻して、監督不行き届きだとオレが言われるのも面白くない」
「……はい、あの……明日からは気をつけます」
「特別寮のベッドはそんなに寝心地がよかったか?」
「はい……とても……」
リュカの返事を聞いて、サイファートはあきれたようにため息を吐き出した。無言で歩き出したので黙って後ろについていき、会話がないままに食堂へ到着する。
朝という混雑しそうな時間にもかかわらず、広々とした食堂は落ち着いた雰囲気だった。通りかかった隊長があいさつをしてくるものの、昨日のように長話をしていくわけでもない。
「昨日の夕食のときに比べると、だいぶ空いてますね」
「昨日が多かったんだ。新しい側仕えがものめずらしくて、わざわざ見に来たんだろう。まったく、暇なことだ。……基本的に、部屋で食事を摂る隊長も多い。王都見回りは交替制だから全隊長が一度に揃うこともないしな」
不機嫌そうな顔は崩さなかったものの、サイファートはちゃんと返事をしてくれた。
職員に頼めば部屋まで食事を運んでもらえると聞いていたが、それならわざわざ食堂まで足を運ぶよりも楽だろう。ひとりで落ち着いて食事を摂りたいひともいれば、周りにだれかがいる環境で食事を楽しみたいひともいる。
「サイファート隊長は、いつも食堂を利用されていたのですか?」
「そのときの気分だな」
「そうですか。……あの、食堂には第二王子殿下もいらっしゃるんでしょうか?」
「……なんだ、急に」
「いえ、サイファート隊長が第二王子殿下とご友人だと聞いたので……」
リュカの返事を聞いて、アレックスが探るような視線を向けてくる。不審に思われただろうか。
「……おまえが落ち着きなく周りを見ていたのは、あいつを探していたからか?」
「はい。もしかして、殿下に昔お会いしたことがあるかもしれなくて……お話してみたいんです」
もしかして、第二王子はあの片割れの少年なのかもしれない。リュカは、そう考えている。
リュカの返事をどう思ったのか、アレックスはなにも言わなかった。
「でも、もしおふたりで食事をされたいのなら、俺はお邪魔でしょうから席を外します」
「……だれとだれがふたりで食事をしたいって?」
「サイファート隊長と殿下が、です」
「気色の悪い考えはやめろ。たまにあいつが食事に誘ってくることはあるが、側近も護衛もついているんだぞ」
王子をあいつ呼ばわりするとは、よほど仲がいいのだろう。第二王子のひととなりをリュカは知らないが、ふたりが話しているところを見てみたいと思った。
「あいつは部屋で食事を摂ることが多いが、たまには食堂にも顔を出す。いまは公務で不在にしているから探しても無駄だ」
「そうなんですね……」
それきり会話が途切れて、もくもくと食事を口に運び続けた。
朝の光を受けたサイファートの瞳は、澄んだ空のような青色をしている。
あの日の夢を見て、ようやく気づいた。王城のガーデンパーティで出会ったふたりの少年とサイファートが同じ瞳の色をしていることに。
片割れになってほしいと言ってくれたあの少年の容姿を、リュカはもうろくに覚えていなかった。それでも、とても整った顔立ちだったことや印象的な瞳の色はよく覚えている。サイファートと同じ、宝石のようにうつくしいライトブルーの瞳だった。
あのガーデンパーティのあと、リュカが少年と再会することはなかった。会いたくても、会えるはずがなかった。
あのあとリュカは生家を出て、騎士団に入るまでべつの家で暮らしていたのだから。そこでもリュカの行動は制限され、外に出ることはできなかった。
あれから、もう十年以上も経っている。あの少年はいまごろどうしているのだろうか。すでに、リュカとはべつの相手と片割れになってしまったのだろうか。そう考えると、かなしくてさみしい気持ちになった。いま思えば、リュカにとってあの少年は初恋の相手だった。
サイファートに対してはじめから好意的に思えるのは、きっとサイファートが少年と同じ瞳をしているからだ。
だが、少年とサイファートは別人だ。少年はリュカの名前を知っているはずなのに、サイファートははじめて顔を合わせたときなにも言わなかった。
それでも、あの少年が第二王子であるという可能性がまだ残っている。相手は一国の王子で、片割れになってほしいという口約束がいまでも生きているのかわからないが、ようやく再会できるのかもしれない。
どのみち、リュカは第二王子に会わなければならなかった。父親に命令されて、第二王子と接触するために、騎士団に入ったのだから。
リュカの生家であるキルシュバウム家は男爵家だ。貴族の家だが困窮していて、一年ほど前に後継ぎである兄が事故で亡くなって以来、事業の運営はますます立ち行かなくなった。
リュカは家名を名乗ることを許されず、幼いころから身分と名前を偽って父の営む店で下働きをさせられていた。その店は貴族を対象にした会員制の高級娼館で、男娼を専門に取り扱っている。
リュカの仕事は寝具の洗濯や掃除、厨房の手伝いなど、裏方の作業ばかりだったが、十八歳になって法的に客が取れる年齢になると接客をさせられるようになった。
接客といっても、ほかの男娼たちのように性的な接触をするわけではなく、ただ酒やお茶を給仕し、客と話をするだけだった。
接客中のリュカは薄布を身に着け、ベールで口元と頭を隠し、化粧を施す。性的な行為は禁止されていて、護衛兼お目つけ役をつけられるほどの徹底ぶりだった。しかし、それは我が子を守りたいがためではなく、純潔であることでリュカの値段をつりあげるためだった。
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。
一部でまことしなやかに流れているその噂が、男娼としてのリュカの価値をさらに上げていた。総合的な金額でいちばん高くリュカを買ったものにリュカを抱かせる、という父の口約束を信じ、毎晩のように通ってくる客も少なくなかった。
客に身体をべたべたと触られ、口説かれ、顧客が増え、常連客が店にやってくるたび、いつ性的なことをさせられるのかと毎日怯え続けていた。仕事の内容が変わっても給金をもらえないのは幼いころから変わらず、先立つものがないので娼館から出ることもかなわなかった。
結局、リュカはどの客にも身体を売ることがないまま騎士団に入った。だが、騎士団に入った目的は騎士になるためではない。第二王子を誘惑し、寵愛を得てこいと父に命令されたからだ。王子にリュカを支援させることで、父は男爵家を立て直すつもりなのだ。
リュカの純潔にこだわっていたのは、はじめからリュカを王子に差し向ける予定だったからだ。ほかの男が抱いた身体を王族に差し出すわけにはいかないのだから。
一年以内に第二王子を誘惑できなければ、リュカは娼館に戻され、客を取らされる。これまでのような裏方の仕事や話をするだけではなく、身体を使って男娼の仕事をさせられる。最悪、自分がどうなったとしても、妹のことを助けたかった。
家を出て十年以上も経っているのに、妹は毎月欠かさず手紙を送ってくれる。リュカにとって大切な家族だ。早く男爵家を建て直さなければ、金を手に入れる手段として妹は望まぬ相手に嫁がされてしまう。リュカが第二王子の寵愛を得た暁には、妹の意思を尊重してくれると父は約束してくれた。
だから、なにがなんでもリュカは第二王子を誘惑しなければならない。
たとえ、第二王子がリュカの初恋の相手だとしても。
「おはよう。ずいぶんと遅いお目覚めだな」
リュカの顔を覗き込んでいたのは、サイファートだった。皮肉そうな笑みを浮かべている。
「……お、はようございます」
「そろそろ、朝食に行きたいんだが?」
「……っ! すみません、すぐに支度をします」
自分から側仕えの仕事をしたいと言っておきながら、主人より遅く起きて主人を待たせるなんて、側仕えとして失格だ。急いで顔を洗って身支度を整え、待たせてしまったことを謝った。
「お待たせして申し訳ありません」
「べつにあのまま放っておいてもよかったんだがな。初日から側仕えが遅刻して、監督不行き届きだとオレが言われるのも面白くない」
「……はい、あの……明日からは気をつけます」
「特別寮のベッドはそんなに寝心地がよかったか?」
「はい……とても……」
リュカの返事を聞いて、サイファートはあきれたようにため息を吐き出した。無言で歩き出したので黙って後ろについていき、会話がないままに食堂へ到着する。
朝という混雑しそうな時間にもかかわらず、広々とした食堂は落ち着いた雰囲気だった。通りかかった隊長があいさつをしてくるものの、昨日のように長話をしていくわけでもない。
「昨日の夕食のときに比べると、だいぶ空いてますね」
「昨日が多かったんだ。新しい側仕えがものめずらしくて、わざわざ見に来たんだろう。まったく、暇なことだ。……基本的に、部屋で食事を摂る隊長も多い。王都見回りは交替制だから全隊長が一度に揃うこともないしな」
不機嫌そうな顔は崩さなかったものの、サイファートはちゃんと返事をしてくれた。
職員に頼めば部屋まで食事を運んでもらえると聞いていたが、それならわざわざ食堂まで足を運ぶよりも楽だろう。ひとりで落ち着いて食事を摂りたいひともいれば、周りにだれかがいる環境で食事を楽しみたいひともいる。
「サイファート隊長は、いつも食堂を利用されていたのですか?」
「そのときの気分だな」
「そうですか。……あの、食堂には第二王子殿下もいらっしゃるんでしょうか?」
「……なんだ、急に」
「いえ、サイファート隊長が第二王子殿下とご友人だと聞いたので……」
リュカの返事を聞いて、アレックスが探るような視線を向けてくる。不審に思われただろうか。
「……おまえが落ち着きなく周りを見ていたのは、あいつを探していたからか?」
「はい。もしかして、殿下に昔お会いしたことがあるかもしれなくて……お話してみたいんです」
もしかして、第二王子はあの片割れの少年なのかもしれない。リュカは、そう考えている。
リュカの返事をどう思ったのか、アレックスはなにも言わなかった。
「でも、もしおふたりで食事をされたいのなら、俺はお邪魔でしょうから席を外します」
「……だれとだれがふたりで食事をしたいって?」
「サイファート隊長と殿下が、です」
「気色の悪い考えはやめろ。たまにあいつが食事に誘ってくることはあるが、側近も護衛もついているんだぞ」
王子をあいつ呼ばわりするとは、よほど仲がいいのだろう。第二王子のひととなりをリュカは知らないが、ふたりが話しているところを見てみたいと思った。
「あいつは部屋で食事を摂ることが多いが、たまには食堂にも顔を出す。いまは公務で不在にしているから探しても無駄だ」
「そうなんですね……」
それきり会話が途切れて、もくもくと食事を口に運び続けた。
朝の光を受けたサイファートの瞳は、澄んだ空のような青色をしている。
あの日の夢を見て、ようやく気づいた。王城のガーデンパーティで出会ったふたりの少年とサイファートが同じ瞳の色をしていることに。
片割れになってほしいと言ってくれたあの少年の容姿を、リュカはもうろくに覚えていなかった。それでも、とても整った顔立ちだったことや印象的な瞳の色はよく覚えている。サイファートと同じ、宝石のようにうつくしいライトブルーの瞳だった。
あのガーデンパーティのあと、リュカが少年と再会することはなかった。会いたくても、会えるはずがなかった。
あのあとリュカは生家を出て、騎士団に入るまでべつの家で暮らしていたのだから。そこでもリュカの行動は制限され、外に出ることはできなかった。
あれから、もう十年以上も経っている。あの少年はいまごろどうしているのだろうか。すでに、リュカとはべつの相手と片割れになってしまったのだろうか。そう考えると、かなしくてさみしい気持ちになった。いま思えば、リュカにとってあの少年は初恋の相手だった。
サイファートに対してはじめから好意的に思えるのは、きっとサイファートが少年と同じ瞳をしているからだ。
だが、少年とサイファートは別人だ。少年はリュカの名前を知っているはずなのに、サイファートははじめて顔を合わせたときなにも言わなかった。
それでも、あの少年が第二王子であるという可能性がまだ残っている。相手は一国の王子で、片割れになってほしいという口約束がいまでも生きているのかわからないが、ようやく再会できるのかもしれない。
どのみち、リュカは第二王子に会わなければならなかった。父親に命令されて、第二王子と接触するために、騎士団に入ったのだから。
リュカの生家であるキルシュバウム家は男爵家だ。貴族の家だが困窮していて、一年ほど前に後継ぎである兄が事故で亡くなって以来、事業の運営はますます立ち行かなくなった。
リュカは家名を名乗ることを許されず、幼いころから身分と名前を偽って父の営む店で下働きをさせられていた。その店は貴族を対象にした会員制の高級娼館で、男娼を専門に取り扱っている。
リュカの仕事は寝具の洗濯や掃除、厨房の手伝いなど、裏方の作業ばかりだったが、十八歳になって法的に客が取れる年齢になると接客をさせられるようになった。
接客といっても、ほかの男娼たちのように性的な接触をするわけではなく、ただ酒やお茶を給仕し、客と話をするだけだった。
接客中のリュカは薄布を身に着け、ベールで口元と頭を隠し、化粧を施す。性的な行為は禁止されていて、護衛兼お目つけ役をつけられるほどの徹底ぶりだった。しかし、それは我が子を守りたいがためではなく、純潔であることでリュカの値段をつりあげるためだった。
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。
一部でまことしなやかに流れているその噂が、男娼としてのリュカの価値をさらに上げていた。総合的な金額でいちばん高くリュカを買ったものにリュカを抱かせる、という父の口約束を信じ、毎晩のように通ってくる客も少なくなかった。
客に身体をべたべたと触られ、口説かれ、顧客が増え、常連客が店にやってくるたび、いつ性的なことをさせられるのかと毎日怯え続けていた。仕事の内容が変わっても給金をもらえないのは幼いころから変わらず、先立つものがないので娼館から出ることもかなわなかった。
結局、リュカはどの客にも身体を売ることがないまま騎士団に入った。だが、騎士団に入った目的は騎士になるためではない。第二王子を誘惑し、寵愛を得てこいと父に命令されたからだ。王子にリュカを支援させることで、父は男爵家を立て直すつもりなのだ。
リュカの純潔にこだわっていたのは、はじめからリュカを王子に差し向ける予定だったからだ。ほかの男が抱いた身体を王族に差し出すわけにはいかないのだから。
一年以内に第二王子を誘惑できなければ、リュカは娼館に戻され、客を取らされる。これまでのような裏方の仕事や話をするだけではなく、身体を使って男娼の仕事をさせられる。最悪、自分がどうなったとしても、妹のことを助けたかった。
家を出て十年以上も経っているのに、妹は毎月欠かさず手紙を送ってくれる。リュカにとって大切な家族だ。早く男爵家を建て直さなければ、金を手に入れる手段として妹は望まぬ相手に嫁がされてしまう。リュカが第二王子の寵愛を得た暁には、妹の意思を尊重してくれると父は約束してくれた。
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