【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)

文字の大きさ
13 / 35

13 模擬戦

しおりを挟む
 午前中は剣術や体力向上の基礎訓練を行い、昼を挟んで午後は座学の講義を受けた。そのあとは実剣を使用した先輩騎士の模擬戦を見学させてもらえるとのことで、見習い用とはべつの訓練場へ全員で移動することになった。

 一日中訓練をするわけではないのだと知って、リュカは正直ほっとしてしまった。とはいえ、訓練は今後厳しいものになっていくだろう。
 そもそも、テオドルに魔力を分けてもらえなければ、リュカはまともに訓練することさえできない。いつもなら、五、六時間も経つと頭痛や吐き気など、魔力不足の反応が出はじめるのだが、今日はずいぶんと調子がよかった。

 たどり着いたのは、巨大な訓練場だった。円形に囲われているのは見習い用の訓練場と同じだが、大きく異なっているのは広さと外側の二階部分に石段の観覧席が設けられている点だ。騎士団で行われる催し物にも使われている場所だと、指導役の騎士から説明があった。

「……サイファート、隊長?」

 石のアーチをくぐって訓練場に入ってきた数人の騎士たちの中に、サイファートがいるのを見つけた。そのうつくしい姿は、無骨な騎士たちに混じっているせいかひときわ目立っている。
 名前をつぶやいた瞬間、水色の瞳がこちらを向いた気がしたが、おそらく気のせいだろう。

 リュカのつぶやきを聞きつけ、隣に座っていたテオドルが目を細めて一階にいる騎士たちを見下ろす。

「もしかして、あのすげえ目立ってる金髪のやつか?」
「うん、そう」
「なるほど、噂通りの色男だな。……もしかして、サイファート隊長が模擬戦やるのか?」
「……さあ、俺はなにも聞いてないけど」

 サイファートの性格からすると、そんなことをわざわざ言ってくるとは思えなかった。

「――急遽決まったんだよ」
「え……?」

 声が聞こえてきたほうを向くと、いつの間にかすぐそばの通路にハルネスが立っていた。

「ハルネス隊長……」
「やあ、リュカ。もっと前で見なくていいの? サイファートの模擬戦なんて、なかなか見られないよ」

 そう言って、ハルネスがリュカの隣に腰を下ろしてくる。

 訓練場の座席はまだまだたくさん空いていたが、リュカはいちばん後ろの座席を選んでいた。そのほうが、周りの視線を気にすることもない。

「ここでも、十分よく見えますから。ハルネス隊長はこんなところでなにをされているんですか?」
「俺は見学……の予定だったんだけどね」
「……だった、ですか?」
「うん、ちょっと気が変わってさ。――ねえ、リュカ。俺と賭けをしないか?」

 じっとこちらを見据える瞳がなにを考えているのか、少しもわからない。

「……俺、そんなにお金持っていませんよ」
「賭けるのは金じゃないよ。だいたい、騎士団じゃ金を賭けるのは厳禁だ」
「じゃあ、なにを……」

 なんだか、いやな予感がした。
 リュカの問いかけに、ハルネスがにっと笑みを浮かべる。

「模擬戦で俺がサイファートに勝ったら、昨日俺が言ったことを了承してよ」

 昨日俺が言ったこと、というのがなにを指しているのかは明白だった。ほかの見習いたちに聞かれたらまずいことだからこそ、ハルネスはあいまいなことばを使った。ハルネスは、自分が勝ったら抱かせろと言っているのだ。

「……サイファート隊長が勝ったら、どうなるんですか?」
「二度とリュカを口説かない、って約束するよ」

 ハルネスが耳元でささやいてくる。甘さを含んだ声音に、寒気を覚えた。

「でも……俺は、おふたりの強さを知りません。賭けになりませんよ」
「そこは、自分のご主人さまを信じるところなんじゃないの?」
「俺は、まだ信じると言い切れるほど、サイファート隊長のことを知りません。賭けには乗れません」

 賭けに乗れない理由は、それだけではない。賭けるものが釣り合っていない気がした。負けた場合、リュカが失うもののほうがずっと大きい。

「ははっ、かわいそうに。サイファートのやつ」

 乾いた笑い声を上げて、ハルネスが腰を上げる。

「それなら、サイファートと賭けをすることにしよう」
「……えっ?」

 茫然と声を漏らしたリュカを見て笑みを浮かべるばかりで、ハルネスはそれ以上なにも言わずに手を振りながら去っていた。数分経って一階の訓練場内に現れたハルネスが、サイファートに近づいていく姿が見えた。サイファートとハルネスはなにか話しているようだが、ここまで声が聞こえてくるわけもない。

「おい、なんだいまのやつ?」

 ふたりをじっと見つめていたリュカの耳元に、テオドルが小声で話しかけてくる。先ほどのリュカとハルネスの会話は、テオドルだけではなく、近くにいたほかの見習いたちにも聞こえてしまったはずだ。賭けの内容は具体的にわからなくとも、リュカがハルネスと揉めているように見えただろう。
 ただでさえ、リュカはサイファートの側仕えになったことで注目されている。余計に目立つようなことは避けたかった。

「ハルネス隊長だよ」
「そんなことはわかってんだよ。あいつに言い寄られてんのか?」
「……うーん、そうなのかな」

 あんな賭けに、サイファートが乗るわけがない。いまのリュカにはそう言い切れる自信がなかった。

 騎士団での立場や、身分、年齢。よく飲んでいる紅茶の茶葉。うつくしい水色の瞳をしていること。不機嫌な顔が多いこと。横柄な態度やことばに反して、とてもやさしいこと。そんな断片的なことしか、リュカはサイファートのことを知らない。

「そうなのかな、じゃねえよ。あきらかに言い寄られてただろうが」

 サイファートのことをよく知らない。ハルネスがなにを考えているのかもわからない。
 騎士団に入った目的のためには、ハルネスに身体を差し出すわけにはいかない。そんな事情を差し置いても、ひとつだけはっきりと思えることがある。

 たとえ賭けがどうなったとしても、サイファートがハルネスに負けるのは見たくない。リュカはそう思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

【完結】ツンデレ妖精王が、獅子だけど大型ワンコな獣人王にとろとろに愛される話

古井重箱
BL
【あらすじ】妖精王レクシェールは、獣人王ガルトゥスが苦手である。ある時、レクシェールはガルトゥスに熱いキスをされてしまう。「このキスは宿題だ。その答えが分かったら、返事をくれ」 ガルトゥスの言葉に思い悩むレクシェール。果たして彼が出した答えは——。【注記】妖精王も獣人王も平常時は人間の青年の姿です。獅子に変身するけど大型ワンコな攻×ツンデレ美人受です。この作品はアルファポリスとムーンライトノベルズ、エブリスタ、pixivに掲載しています。ラブシーンありの回には*をつけております。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」 と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。 「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。 ※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

処理中です...