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13 模擬戦
午前中は剣術や体力向上の基礎訓練を行い、昼を挟んで午後は座学の講義を受けた。そのあとは実剣を使用した先輩騎士の模擬戦を見学させてもらえるとのことで、見習い用とはべつの訓練場へ全員で移動することになった。
一日中訓練をするわけではないのだと知って、リュカは正直ほっとしてしまった。とはいえ、訓練は今後厳しいものになっていくだろう。
そもそも、テオドルに魔力を分けてもらえなければ、リュカはまともに訓練することさえできない。いつもなら、五、六時間も経つと頭痛や吐き気など、魔力不足の反応が出はじめるのだが、今日はずいぶんと調子がよかった。
たどり着いたのは、巨大な訓練場だった。円形に囲われているのは見習い用の訓練場と同じだが、大きく異なっているのは広さと外側の二階部分に石段の観覧席が設けられている点だ。騎士団で行われる催し物にも使われている場所だと、指導役の騎士から説明があった。
「……サイファート、隊長?」
石のアーチをくぐって訓練場に入ってきた数人の騎士たちの中に、サイファートがいるのを見つけた。そのうつくしい姿は、無骨な騎士たちに混じっているせいかひときわ目立っている。
名前をつぶやいた瞬間、水色の瞳がこちらを向いた気がしたが、おそらく気のせいだろう。
リュカのつぶやきを聞きつけ、隣に座っていたテオドルが目を細めて一階にいる騎士たちを見下ろす。
「もしかして、あのすげえ目立ってる金髪のやつか?」
「うん、そう」
「なるほど、噂通りの色男だな。……もしかして、サイファート隊長が模擬戦やるのか?」
「……さあ、俺はなにも聞いてないけど」
サイファートの性格からすると、そんなことをわざわざ言ってくるとは思えなかった。
「――急遽決まったんだよ」
「え……?」
声が聞こえてきたほうを向くと、いつの間にかすぐそばの通路にハルネスが立っていた。
「ハルネス隊長……」
「やあ、リュカ。もっと前で見なくていいの? サイファートの模擬戦なんて、なかなか見られないよ」
そう言って、ハルネスがリュカの隣に腰を下ろしてくる。
訓練場の座席はまだまだたくさん空いていたが、リュカはいちばん後ろの座席を選んでいた。そのほうが、周りの視線を気にすることもない。
「ここでも、十分よく見えますから。ハルネス隊長はこんなところでなにをされているんですか?」
「俺は見学……の予定だったんだけどね」
「……だった、ですか?」
「うん、ちょっと気が変わってさ。――ねえ、リュカ。俺と賭けをしないか?」
じっとこちらを見据える瞳がなにを考えているのか、少しもわからない。
「……俺、そんなにお金持っていませんよ」
「賭けるのは金じゃないよ。だいたい、騎士団じゃ金を賭けるのは厳禁だ」
「じゃあ、なにを……」
なんだか、いやな予感がした。
リュカの問いかけに、ハルネスがにっと笑みを浮かべる。
「模擬戦で俺がサイファートに勝ったら、昨日俺が言ったことを了承してよ」
昨日俺が言ったこと、というのがなにを指しているのかは明白だった。ほかの見習いたちに聞かれたらまずいことだからこそ、ハルネスはあいまいなことばを使った。ハルネスは、自分が勝ったら抱かせろと言っているのだ。
「……サイファート隊長が勝ったら、どうなるんですか?」
「二度とリュカを口説かない、って約束するよ」
ハルネスが耳元でささやいてくる。甘さを含んだ声音に、寒気を覚えた。
「でも……俺は、おふたりの強さを知りません。賭けになりませんよ」
「そこは、自分のご主人さまを信じるところなんじゃないの?」
「俺は、まだ信じると言い切れるほど、サイファート隊長のことを知りません。賭けには乗れません」
賭けに乗れない理由は、それだけではない。賭けるものが釣り合っていない気がした。負けた場合、リュカが失うもののほうがずっと大きい。
「ははっ、かわいそうに。サイファートのやつ」
乾いた笑い声を上げて、ハルネスが腰を上げる。
「それなら、サイファートと賭けをすることにしよう」
「……えっ?」
茫然と声を漏らしたリュカを見て笑みを浮かべるばかりで、ハルネスはそれ以上なにも言わずに手を振りながら去っていた。数分経って一階の訓練場内に現れたハルネスが、サイファートに近づいていく姿が見えた。サイファートとハルネスはなにか話しているようだが、ここまで声が聞こえてくるわけもない。
「おい、なんだいまのやつ?」
ふたりをじっと見つめていたリュカの耳元に、テオドルが小声で話しかけてくる。先ほどのリュカとハルネスの会話は、テオドルだけではなく、近くにいたほかの見習いたちにも聞こえてしまったはずだ。賭けの内容は具体的にわからなくとも、リュカがハルネスと揉めているように見えただろう。
ただでさえ、リュカはサイファートの側仕えになったことで注目されている。余計に目立つようなことは避けたかった。
「ハルネス隊長だよ」
「そんなことはわかってんだよ。あいつに言い寄られてんのか?」
「……うーん、そうなのかな」
あんな賭けに、サイファートが乗るわけがない。いまのリュカにはそう言い切れる自信がなかった。
騎士団での立場や、身分、年齢。よく飲んでいる紅茶の茶葉。うつくしい水色の瞳をしていること。不機嫌な顔が多いこと。横柄な態度やことばに反して、とてもやさしいこと。そんな断片的なことしか、リュカはサイファートのことを知らない。
「そうなのかな、じゃねえよ。あきらかに言い寄られてただろうが」
サイファートのことをよく知らない。ハルネスがなにを考えているのかもわからない。
騎士団に入った目的のためには、ハルネスに身体を差し出すわけにはいかない。そんな事情を差し置いても、ひとつだけはっきりと思えることがある。
たとえ賭けがどうなったとしても、サイファートがハルネスに負けるのは見たくない。リュカはそう思った。
一日中訓練をするわけではないのだと知って、リュカは正直ほっとしてしまった。とはいえ、訓練は今後厳しいものになっていくだろう。
そもそも、テオドルに魔力を分けてもらえなければ、リュカはまともに訓練することさえできない。いつもなら、五、六時間も経つと頭痛や吐き気など、魔力不足の反応が出はじめるのだが、今日はずいぶんと調子がよかった。
たどり着いたのは、巨大な訓練場だった。円形に囲われているのは見習い用の訓練場と同じだが、大きく異なっているのは広さと外側の二階部分に石段の観覧席が設けられている点だ。騎士団で行われる催し物にも使われている場所だと、指導役の騎士から説明があった。
「……サイファート、隊長?」
石のアーチをくぐって訓練場に入ってきた数人の騎士たちの中に、サイファートがいるのを見つけた。そのうつくしい姿は、無骨な騎士たちに混じっているせいかひときわ目立っている。
名前をつぶやいた瞬間、水色の瞳がこちらを向いた気がしたが、おそらく気のせいだろう。
リュカのつぶやきを聞きつけ、隣に座っていたテオドルが目を細めて一階にいる騎士たちを見下ろす。
「もしかして、あのすげえ目立ってる金髪のやつか?」
「うん、そう」
「なるほど、噂通りの色男だな。……もしかして、サイファート隊長が模擬戦やるのか?」
「……さあ、俺はなにも聞いてないけど」
サイファートの性格からすると、そんなことをわざわざ言ってくるとは思えなかった。
「――急遽決まったんだよ」
「え……?」
声が聞こえてきたほうを向くと、いつの間にかすぐそばの通路にハルネスが立っていた。
「ハルネス隊長……」
「やあ、リュカ。もっと前で見なくていいの? サイファートの模擬戦なんて、なかなか見られないよ」
そう言って、ハルネスがリュカの隣に腰を下ろしてくる。
訓練場の座席はまだまだたくさん空いていたが、リュカはいちばん後ろの座席を選んでいた。そのほうが、周りの視線を気にすることもない。
「ここでも、十分よく見えますから。ハルネス隊長はこんなところでなにをされているんですか?」
「俺は見学……の予定だったんだけどね」
「……だった、ですか?」
「うん、ちょっと気が変わってさ。――ねえ、リュカ。俺と賭けをしないか?」
じっとこちらを見据える瞳がなにを考えているのか、少しもわからない。
「……俺、そんなにお金持っていませんよ」
「賭けるのは金じゃないよ。だいたい、騎士団じゃ金を賭けるのは厳禁だ」
「じゃあ、なにを……」
なんだか、いやな予感がした。
リュカの問いかけに、ハルネスがにっと笑みを浮かべる。
「模擬戦で俺がサイファートに勝ったら、昨日俺が言ったことを了承してよ」
昨日俺が言ったこと、というのがなにを指しているのかは明白だった。ほかの見習いたちに聞かれたらまずいことだからこそ、ハルネスはあいまいなことばを使った。ハルネスは、自分が勝ったら抱かせろと言っているのだ。
「……サイファート隊長が勝ったら、どうなるんですか?」
「二度とリュカを口説かない、って約束するよ」
ハルネスが耳元でささやいてくる。甘さを含んだ声音に、寒気を覚えた。
「でも……俺は、おふたりの強さを知りません。賭けになりませんよ」
「そこは、自分のご主人さまを信じるところなんじゃないの?」
「俺は、まだ信じると言い切れるほど、サイファート隊長のことを知りません。賭けには乗れません」
賭けに乗れない理由は、それだけではない。賭けるものが釣り合っていない気がした。負けた場合、リュカが失うもののほうがずっと大きい。
「ははっ、かわいそうに。サイファートのやつ」
乾いた笑い声を上げて、ハルネスが腰を上げる。
「それなら、サイファートと賭けをすることにしよう」
「……えっ?」
茫然と声を漏らしたリュカを見て笑みを浮かべるばかりで、ハルネスはそれ以上なにも言わずに手を振りながら去っていた。数分経って一階の訓練場内に現れたハルネスが、サイファートに近づいていく姿が見えた。サイファートとハルネスはなにか話しているようだが、ここまで声が聞こえてくるわけもない。
「おい、なんだいまのやつ?」
ふたりをじっと見つめていたリュカの耳元に、テオドルが小声で話しかけてくる。先ほどのリュカとハルネスの会話は、テオドルだけではなく、近くにいたほかの見習いたちにも聞こえてしまったはずだ。賭けの内容は具体的にわからなくとも、リュカがハルネスと揉めているように見えただろう。
ただでさえ、リュカはサイファートの側仕えになったことで注目されている。余計に目立つようなことは避けたかった。
「ハルネス隊長だよ」
「そんなことはわかってんだよ。あいつに言い寄られてんのか?」
「……うーん、そうなのかな」
あんな賭けに、サイファートが乗るわけがない。いまのリュカにはそう言い切れる自信がなかった。
騎士団での立場や、身分、年齢。よく飲んでいる紅茶の茶葉。うつくしい水色の瞳をしていること。不機嫌な顔が多いこと。横柄な態度やことばに反して、とてもやさしいこと。そんな断片的なことしか、リュカはサイファートのことを知らない。
「そうなのかな、じゃねえよ。あきらかに言い寄られてただろうが」
サイファートのことをよく知らない。ハルネスがなにを考えているのかもわからない。
騎士団に入った目的のためには、ハルネスに身体を差し出すわけにはいかない。そんな事情を差し置いても、ひとつだけはっきりと思えることがある。
たとえ賭けがどうなったとしても、サイファートがハルネスに負けるのは見たくない。リュカはそう思った。
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