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連載
いざ実食!
しおりを挟む寮に着くと、寮母に焚火の許可を得た。裏庭の一部を使い、そこで調理するのである。
厨房を使うなんて恐れ多い。育ち盛りの男子生徒の胃を満たすために、寮の厨房は戦場と化している。もちろん使わない時間帯もあるが、今日はシチューだったので大鍋が竈の上を占拠している状態だ。
変にごねるより、諦めてしまったほうが楽だ。シンは冒険者なので、火を熾したり煮炊きできる道具を一式持っている。
この世界に来たときは、テイラン王国の城の中だった。勝手に召喚しておいて、シンに望むスキルや称号がないからと僅かな金銭を持たされて追い出されたので、それからはもっぱら野宿が多かった。
何とかティンパインに移動し、タニキ村に定住できたのは運が良かった。
それまでの間、日々の宿代も馬鹿にならない。節約のために野宿になった。駆け出し底辺冒険者のできる仕事なんて限られているし、いざという時に懐が心もとないのは不安である。
野宿で火を起こすことは当然あるし、獲った魚や鳥を捌いて調理する。不慣れなりに、魔法とスマホの知識を駆使して一通りのことはできるようになった。
「はじめちょろちょろ……って、これは鍋でも適用されるのか?」
適応されるようだが、やはり使う道具によって若干違う。シンは金属の鍋で炊くので、弱火でじっくりやるのがコツとあった。
美味しいご飯のためだ。多少の手間はやぶさかではない。
何度もスマホで手順を確認しながらお米を炊く。こんなに真剣に料理をしたのは初めてだ。
最初は弱火でじっくり、米の芯までしっかり炊けるように、火の強さに細心の注意を払う。沸き出る水蒸気の中に、徐々に懐かしい米の香りが混じり始める。蒸らす時間もしっかり。
待ち遠しい時間を経て、ようやく米は炊きあがる。
蓋を開けると、真っ白な炊きたてご飯がお目見えした。しっかり粒が立っている。
「おお! これだよこれ!」
丸い米が揃っている。普段食べるやや細長い米とは明らかに違う。
そういえば、おかずを考えていなかった。生卵と醤油があれば卵かけごはんをしたいところだが、そもそもこちらの衛生管理を考えると難しい。卵にはサルモネラ菌が付いていることがある。異世界でも同じらしい。
この世界と前の世界は同じ名前の動植物が多くあるが、菌まで同じようにあるなんて。それはなくていいと思うシンであった。
仕方ないので卵かけごはんはやめる。人生、諦めも肝心だ。
以前肉屋で買ったハムを取り出す。主神フォルミアルカから貰ったスキルのおかげで、食材を劣化せず保存できる。マジックバッグを持っているが、こちらはそこまで万能ではない。
ハムは贅沢に厚切りに。ここは譲れない。ハムの厚さによって、噛みしめた時の幸福度が大きく変わるのだ。フライパンに少しだけ油を引いて、火にかける。じわじわと脂が染み出て、ぱちぱちとはじけだす。同時に香ばしい焼ける香りが漂ってきた。
(くぅうう~! これこれ! 米とは違う食欲を刺激する匂い!)
いい感じに焼けてきたので、ハムをひっくり返す。
両面が焼ける間にご飯をお椀に盛る。時間帯など気にしない。思い切って、山盛り一杯だ。
ふと、ご飯に対してハムだけでは単調ではないかと気付く。油を軽く拭いたフライパンに、卵を落とした。ハムエッグにはせず、あえて別々だ。
まずは米を一口。
「~~~~!!!」
このもっちりとした柔らかさと粘り気。間違いなく、シンの求めていた理想形。今まで食べてきた米の中で、シンの故郷の味に一番近い。
あつあつの炊きたてご飯は口の中に極上の満足感を与えてくれた。しばらく一心不乱で掻き込んで、一杯目はぺろりと平らげてしまった。おかずの出番がなくなってしまう。
「これだよ! これ!」
エリシアから貰った米は、シンの求めていたものだ。実家では飼料扱いなのが納得いかないが、どうやらあちらでは炊くという調理法をしていないようだ。
飼料扱いなら、小麦よりずっと安いはず。安価に大量に手に入れられるのはありがたい。
次はベーコンや目玉焼きと一緒に。ハムはしっかり味が付いているので、卵焼きにだけ調味料をかける。醤油の代わりに魚醤を少々。
次の一杯もぺろりと平らげ、結局炊いたお米は空っぽだ。お鍋に張り付いていたおこげも、綺麗に一粒残らずこそぎ取った。
残ったらおにぎりにして保存しておくつもりだった。冷凍庫はないが、神様から貰ったスキルは文明の利器より便利である。
(よし、エリシアにこれを分けてもらえるように頼もう)
シンは冒険者としても稼いでいるが、それとは別に美容液のレシピでマージンを得ている。貴族や豪商などの富裕層に好評で、かなりの収入になっている。
初めてその入金金額を見た時、目玉がぽーんと飛び出るかと思った。金額が、文字通り桁違い。普段見ているレベルとは比較にならなかったのである。
老後まで使うつもりはなかったが、この際金に糸目はつけられない。絶好のチャンスを逃すなんて、愚の骨頂である。
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