余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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価値観の違い

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 休日は米をしっかり堪能し、学園生活がまた始まる。
 特に約束がある訳でもないが、いつもの顔ぶれが朝昼夕と集まる温室。部活動がなければ、自然と顔を合わせることになるのだ。

「エリシア! あのお米がもっと欲しいんだ! 多ければ多いだけ良い! 輸送とか一切合財の経費も請求していいから、売ってくれないか?」

「え、シン。本気? あんなもの、本当に食べるの?」

 実はエリシアは米が嫌いである。籾を剥いた後のビジュアルが虫の卵っぽくて嫌いなのである。特に寺領で採れる米は丸みがあるので、一層それっぽい。
 騎獣をはじめとする動物は好きだが、虫は苦手なものが多い。
 それを欲しがるシンの心が分からない。エリシアの中では、あれは家畜の食べるゲテモノだった。

「うん、食べる。あれは僕の故郷の味に一番近いんだ」

 どこまでも澄んだ瞳で言い切ったシンに、エリシアはどきりとする。
 真面目な顔をして言っているが、シンはどこまでも食欲に取り憑かれているだけである。長らく再開できなかった米の味に、完全に我を忘れている。
 
「あんな不味いモノが……」

「まずくなーい! ほら、おにぎり持ってきたんだ。エリシアの領地で採れた米だよ」

 そう言って、シンが差し出したのは塩むすび。どんな具がいいか迷ったが、定番の梅干しは強い塩味と酸味で好き嫌いが分かれやすい。そもそも持っていない。おかか、昆布、鮭、ツナマヨなども同様だ。
 結果、手元にあるもので好き嫌い関係がない塩に落ち着いた。
 だが、それが良くなかった。米=虫の卵に似ているという先入観を持つエリシアには、塩むすびが卵の塊に見えてしまう。
 米の良さを知ってほしいシンと、苦手なものにビジュアルがそっくりな食べ物(推定)を突き付けられたエリシア。
 その場の空気が、一瞬固まる。

「おお! これが例の米料理でござるかー! パッと見たところ米を固めただけのように見えるでござるな。某もいただいても?」

 ひょっこりと顔を出したカミーユが、涎を垂らさんばかりに残りの塩むすびを見ている。

「一人一個ね」

 シンは米を布教するため、もともといつもの面子分は作ってあった。
 昼食とは別で、塩むすび五つ作っていた。自分の分も欲しかったので、ちゃっかり頭数に入れている。

「やったでござる~! いっただきまーす!」

 シンからお許しを得たカミーユは、笑顔で塩むすびに手を伸ばし、躊躇いなくかぶりつく。
 カミーユほど前のめりではなかったが、シンの故郷の味に興味があったレニとビャクヤも続いた。

「おお! もっちり? むちっと? 柔らかさと弾力が違うでござるな! ちょっと濃い目の塩味が米を引き立てているでござる! 噛んでいるとどんどん甘くなるでござるな―!」

 若い十代の体は、いつだって栄養を求めている。カミーユはちょっと変わった穀物だろうが、食べ物なら気にしないガバガバな判定をしていた。
 部活やタニキ村でシンの料理にあやかっていたので、彼の味覚を信頼していた。
 信頼や信用なんて言えば聞こえはいいがそれは別名『餌付け』という。

「あ、本当ですね。普段食べている米とだいぶ違います。こちらのほうが味や香りも強いような気がします」

「この米は存在感があるんやな。しかも粘りがあるから、形も作れるっちゅーわけや。これなこっちのほうがお稲荷さんも作りやすそうやな」

 レニとビャクヤも、うなずきながら塩むすびを堪能する。
 三人からはおおむね好評である。その好感触に、シンは満足そうに自分も塩むすびを食べる。
 一方、目の前で四人が一気に食べ始めたので、ますます拒否しにくくなったのはエリシアだ。
 食べなくてはと思っているけれど、やはりエリシアの目には虫の卵の塊に見えてしまう。

(でも、シンがわざわざ用意してくれたのを無下になんて……もう! しょーがない!)

 外見が苦手なら、見なければいい。まぶたを強く閉じて、エリシアは塩むすびを口にした。
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