余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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怪しい雲行き

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「受付で取り次いでもらえるか聞いてみる」

 シンはエリシアの兄の顔を知らないので、探しようがない。今まで接点のないシンが訪ねても取り次いでもらえないだろう。
 周囲を観察したところ、富裕層向けの宿屋だけあって客人の身なりも小綺麗で上質な生地を使った仕立てが多い。
 シンも以前、宿屋を利用したことがある。割と上等な部類だが、平民向けの宿屋だ。建物の規模や調度品の豪華さは大きく異なる。格も違うし、やっぱり客層が違う。
 こんな機会また来るとは思えないのでしばらく見ていた。

「お待たせ、シン。部屋にいるから、来てほしいって」

「僕も一緒に?」

「ええ。あ、あの人うちの使用人よ。迎えに来たのね」

 やっと会えるというのに、エリシアは微妙な顔だ。兄の話題が出るたびに、喜ばしいとはかけ離れた顔をしている。

「エリシア、なんかあったの?」

「……確証はないんだけど、兄の様子が変な気がするの。手紙の時は、書いていた時に間が悪いとか、気分や体調が悪いとかなんかだと思ってたんだけど」

「ええと? つまり?」

「多分何かあった。良くないことが」

 妹としての経験則が、彼女の直感に訴えかけているのだ。

「ここまで来ちゃったんだから、兄に吐かせるわ。うちの兄、若干デリカシーがないけれど悪い人ではないのよ」

 シンの脳裏に個性が特濃でデリカシーを母親の腹に置いて来た連中が過る。
 お馴染みのござるワンコのカミーユ、顔だけは素敵な駄犬系第三王子ティルレイン、両親は頭脳派なのに女心が毛先ほども理解できないドーベルマン伯爵子息のリヒターとユージンなどだ。
 方向性は違うけれど、色々と残念なイケメンである。

「お兄様? 入りましてよ?」

 案内された部屋に、従者を押しのけるようにしてエリシアが入室する。

 そこにはリクライニングチェアに体育座りをする、青い髪の青年がいた。二十代前だろう。エリシアの血縁らしく目元はすっきりと端正だが、今はその瞳に精気がなく淀んでいる。

「エリシ……お嬢さん? なんだろう、目の錯覚かな。うちの妹はもっとごんぶとでコロコロしていた気がするんだが」

 なるほど、デリカシーがない。
 夏休みからダイエットに成功したから、以前のエリシアと今の姿が合致しないのは理解できる。それでも、繊細なティーンエイジャーのレディには使ってはいけない表現を口にしている。
 シンがそっとエリシアを窺えば、心配そうな顔が一気に虚無の憤怒へと変わった。

「失礼ね! もうごんぶとでもコロコロでもないわよ! 正真正銘、エリシア・フォン・マルチーズ! お兄様の妹よ! 痩せて綺麗になった妹に一番に言うのがそれ!?」

 痩身こそが絶対的な美とは言わないけれど、以前の成人病を心配したくなるような体型から明らかに顕著に痩せたエリシア。
 食生活を改め、乗馬で運動を増やし生活習慣も改善した結果である。
 肩を怒らせて怒鳴るエリシアに、リクライニングチェアでいじけていた人物は徐々に表情を変える。

「おお、このヒステリーは間違いなくエリシアだ! 久しぶりだね、エリシア!」

 本当にデリカシーがない。せめて声くらいにしておけばいいものを。
 シンは再びエリシアを窺い見た。ますます怒りに拍車がかかっている。

「おや、そちらはお客さん? ああ、そういえば飼料を……米……うん、そうだ荷物が……」

「兄様?」

「……すまない、エリシア。お前に良くない縁談が来ている」

 うなだれたエリシアの兄――セブラン・フォン・マルチーズは沈痛な面持ちで話し始めた。
 本当は、最初はもっとたくさんの米を持ってきていた。エリシアを驚かせてやろうと、内緒にして馬車をたくさん連れてきたそうだ。
 そして道中、商隊らしき馬車が立ち往生しているのを見つけた。轍が泥に嵌ってしまって、身動きが取れなくなっていた。
 憐れに思っていたが、セブランも急いでいた。暗くなる前に、次の街に着きたかったのである。
 だが、大荷物を載せていたこともあり、ぶつからないように徐行して通っていたところ助けを求められた。
 馬車の前を遮るように立ち、しつこく追い縋られて仕方なく手伝うことを了承。馬車を降りることになってしまった。
 思ったより泥濘は酷くなさそうだったので、押すのに加勢することになった。
奇妙な違和感と強引な引き留め。セブランは嫌な予感がして、適当に理由をつけて次の村や町を見つけたら応援を呼ぶ振りをして逃げるつもりだったが、馬車は動いてそれがうちの馬車にぶつかってしまったのだ。
 その馬車は商会の馬車で、高級な魔道具を輸送していた。
 だが、泥から抜けた勢いで馬車同士が接触した衝撃で割れてしまった。

「全額とは言わないが、そんな場所に停めていたこちらにも責任があると言いがかりをつけてきて……積み荷の大半は担保にとられ、賠償請求をされているんだ」

 酷い当たり屋である。
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