174 / 222
連載
怪しい雲行き
しおりを挟む
「受付で取り次いでもらえるか聞いてみる」
シンはエリシアの兄の顔を知らないので、探しようがない。今まで接点のないシンが訪ねても取り次いでもらえないだろう。
周囲を観察したところ、富裕層向けの宿屋だけあって客人の身なりも小綺麗で上質な生地を使った仕立てが多い。
シンも以前、宿屋を利用したことがある。割と上等な部類だが、平民向けの宿屋だ。建物の規模や調度品の豪華さは大きく異なる。格も違うし、やっぱり客層が違う。
こんな機会また来るとは思えないのでしばらく見ていた。
「お待たせ、シン。部屋にいるから、来てほしいって」
「僕も一緒に?」
「ええ。あ、あの人うちの使用人よ。迎えに来たのね」
やっと会えるというのに、エリシアは微妙な顔だ。兄の話題が出るたびに、喜ばしいとはかけ離れた顔をしている。
「エリシア、なんかあったの?」
「……確証はないんだけど、兄の様子が変な気がするの。手紙の時は、書いていた時に間が悪いとか、気分や体調が悪いとかなんかだと思ってたんだけど」
「ええと? つまり?」
「多分何かあった。良くないことが」
妹としての経験則が、彼女の直感に訴えかけているのだ。
「ここまで来ちゃったんだから、兄に吐かせるわ。うちの兄、若干デリカシーがないけれど悪い人ではないのよ」
シンの脳裏に個性が特濃でデリカシーを母親の腹に置いて来た連中が過る。
お馴染みのござるワンコのカミーユ、顔だけは素敵な駄犬系第三王子ティルレイン、両親は頭脳派なのに女心が毛先ほども理解できないドーベルマン伯爵子息のリヒターとユージンなどだ。
方向性は違うけれど、色々と残念なイケメンである。
「お兄様? 入りましてよ?」
案内された部屋に、従者を押しのけるようにしてエリシアが入室する。
そこにはリクライニングチェアに体育座りをする、青い髪の青年がいた。二十代前だろう。エリシアの血縁らしく目元はすっきりと端正だが、今はその瞳に精気がなく淀んでいる。
「エリシ……お嬢さん? なんだろう、目の錯覚かな。うちの妹はもっとごんぶとでコロコロしていた気がするんだが」
なるほど、デリカシーがない。
夏休みからダイエットに成功したから、以前のエリシアと今の姿が合致しないのは理解できる。それでも、繊細なティーンエイジャーのレディには使ってはいけない表現を口にしている。
シンがそっとエリシアを窺えば、心配そうな顔が一気に虚無の憤怒へと変わった。
「失礼ね! もうごんぶとでもコロコロでもないわよ! 正真正銘、エリシア・フォン・マルチーズ! お兄様の妹よ! 痩せて綺麗になった妹に一番に言うのがそれ!?」
痩身こそが絶対的な美とは言わないけれど、以前の成人病を心配したくなるような体型から明らかに顕著に痩せたエリシア。
食生活を改め、乗馬で運動を増やし生活習慣も改善した結果である。
肩を怒らせて怒鳴るエリシアに、リクライニングチェアでいじけていた人物は徐々に表情を変える。
「おお、このヒステリーは間違いなくエリシアだ! 久しぶりだね、エリシア!」
本当にデリカシーがない。せめて声くらいにしておけばいいものを。
シンは再びエリシアを窺い見た。ますます怒りに拍車がかかっている。
「おや、そちらはお客さん? ああ、そういえば飼料を……米……うん、そうだ荷物が……」
「兄様?」
「……すまない、エリシア。お前に良くない縁談が来ている」
うなだれたエリシアの兄――セブラン・フォン・マルチーズは沈痛な面持ちで話し始めた。
本当は、最初はもっとたくさんの米を持ってきていた。エリシアを驚かせてやろうと、内緒にして馬車をたくさん連れてきたそうだ。
そして道中、商隊らしき馬車が立ち往生しているのを見つけた。轍が泥に嵌ってしまって、身動きが取れなくなっていた。
憐れに思っていたが、セブランも急いでいた。暗くなる前に、次の街に着きたかったのである。
だが、大荷物を載せていたこともあり、ぶつからないように徐行して通っていたところ助けを求められた。
馬車の前を遮るように立ち、しつこく追い縋られて仕方なく手伝うことを了承。馬車を降りることになってしまった。
思ったより泥濘は酷くなさそうだったので、押すのに加勢することになった。
奇妙な違和感と強引な引き留め。セブランは嫌な予感がして、適当に理由をつけて次の村や町を見つけたら応援を呼ぶ振りをして逃げるつもりだったが、馬車は動いてそれがうちの馬車にぶつかってしまったのだ。
その馬車は商会の馬車で、高級な魔道具を輸送していた。
だが、泥から抜けた勢いで馬車同士が接触した衝撃で割れてしまった。
「全額とは言わないが、そんな場所に停めていたこちらにも責任があると言いがかりをつけてきて……積み荷の大半は担保にとられ、賠償請求をされているんだ」
酷い当たり屋である。
シンはエリシアの兄の顔を知らないので、探しようがない。今まで接点のないシンが訪ねても取り次いでもらえないだろう。
周囲を観察したところ、富裕層向けの宿屋だけあって客人の身なりも小綺麗で上質な生地を使った仕立てが多い。
シンも以前、宿屋を利用したことがある。割と上等な部類だが、平民向けの宿屋だ。建物の規模や調度品の豪華さは大きく異なる。格も違うし、やっぱり客層が違う。
こんな機会また来るとは思えないのでしばらく見ていた。
「お待たせ、シン。部屋にいるから、来てほしいって」
「僕も一緒に?」
「ええ。あ、あの人うちの使用人よ。迎えに来たのね」
やっと会えるというのに、エリシアは微妙な顔だ。兄の話題が出るたびに、喜ばしいとはかけ離れた顔をしている。
「エリシア、なんかあったの?」
「……確証はないんだけど、兄の様子が変な気がするの。手紙の時は、書いていた時に間が悪いとか、気分や体調が悪いとかなんかだと思ってたんだけど」
「ええと? つまり?」
「多分何かあった。良くないことが」
妹としての経験則が、彼女の直感に訴えかけているのだ。
「ここまで来ちゃったんだから、兄に吐かせるわ。うちの兄、若干デリカシーがないけれど悪い人ではないのよ」
シンの脳裏に個性が特濃でデリカシーを母親の腹に置いて来た連中が過る。
お馴染みのござるワンコのカミーユ、顔だけは素敵な駄犬系第三王子ティルレイン、両親は頭脳派なのに女心が毛先ほども理解できないドーベルマン伯爵子息のリヒターとユージンなどだ。
方向性は違うけれど、色々と残念なイケメンである。
「お兄様? 入りましてよ?」
案内された部屋に、従者を押しのけるようにしてエリシアが入室する。
そこにはリクライニングチェアに体育座りをする、青い髪の青年がいた。二十代前だろう。エリシアの血縁らしく目元はすっきりと端正だが、今はその瞳に精気がなく淀んでいる。
「エリシ……お嬢さん? なんだろう、目の錯覚かな。うちの妹はもっとごんぶとでコロコロしていた気がするんだが」
なるほど、デリカシーがない。
夏休みからダイエットに成功したから、以前のエリシアと今の姿が合致しないのは理解できる。それでも、繊細なティーンエイジャーのレディには使ってはいけない表現を口にしている。
シンがそっとエリシアを窺えば、心配そうな顔が一気に虚無の憤怒へと変わった。
「失礼ね! もうごんぶとでもコロコロでもないわよ! 正真正銘、エリシア・フォン・マルチーズ! お兄様の妹よ! 痩せて綺麗になった妹に一番に言うのがそれ!?」
痩身こそが絶対的な美とは言わないけれど、以前の成人病を心配したくなるような体型から明らかに顕著に痩せたエリシア。
食生活を改め、乗馬で運動を増やし生活習慣も改善した結果である。
肩を怒らせて怒鳴るエリシアに、リクライニングチェアでいじけていた人物は徐々に表情を変える。
「おお、このヒステリーは間違いなくエリシアだ! 久しぶりだね、エリシア!」
本当にデリカシーがない。せめて声くらいにしておけばいいものを。
シンは再びエリシアを窺い見た。ますます怒りに拍車がかかっている。
「おや、そちらはお客さん? ああ、そういえば飼料を……米……うん、そうだ荷物が……」
「兄様?」
「……すまない、エリシア。お前に良くない縁談が来ている」
うなだれたエリシアの兄――セブラン・フォン・マルチーズは沈痛な面持ちで話し始めた。
本当は、最初はもっとたくさんの米を持ってきていた。エリシアを驚かせてやろうと、内緒にして馬車をたくさん連れてきたそうだ。
そして道中、商隊らしき馬車が立ち往生しているのを見つけた。轍が泥に嵌ってしまって、身動きが取れなくなっていた。
憐れに思っていたが、セブランも急いでいた。暗くなる前に、次の街に着きたかったのである。
だが、大荷物を載せていたこともあり、ぶつからないように徐行して通っていたところ助けを求められた。
馬車の前を遮るように立ち、しつこく追い縋られて仕方なく手伝うことを了承。馬車を降りることになってしまった。
思ったより泥濘は酷くなさそうだったので、押すのに加勢することになった。
奇妙な違和感と強引な引き留め。セブランは嫌な予感がして、適当に理由をつけて次の村や町を見つけたら応援を呼ぶ振りをして逃げるつもりだったが、馬車は動いてそれがうちの馬車にぶつかってしまったのだ。
その馬車は商会の馬車で、高級な魔道具を輸送していた。
だが、泥から抜けた勢いで馬車同士が接触した衝撃で割れてしまった。
「全額とは言わないが、そんな場所に停めていたこちらにも責任があると言いがかりをつけてきて……積み荷の大半は担保にとられ、賠償請求をされているんだ」
酷い当たり屋である。
5,474
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
婚約破棄の場に相手がいなかった件について
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。
断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。
カクヨムにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。