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意外な接点
その当たり屋もセブランが大量の積み荷を載せている馬車を見ていたので、それを賠償として奪うのが当初の目的だったのかもしれない。いざ見てみたら馬車の中身は米。こちらでは飼料扱いなので、価値は低く落胆しただろう。
「何それ……酷い言いがかりだわ! あちらが当ててきたのなら、こちらが被害者じゃない!」
もっともな怒りをエリシアが訴えるが、セブランは消沈しながらうなずくだけ。
「その納品先が公爵家なんだ。それで、そのマラミュート公爵家が商隊に味方して……」
マルチーズ辺境伯家は爵位的にはかなり高い。だが、領土はあるが田舎貴族だ。
辺境伯は大体伯爵から侯爵の間くらいの地位。公爵家はその上を行く。公爵家より上のとなると、王家やそれに近しい同格の公爵家だ。
(ん? ……マラミュート? マラミュートってジーニー先輩のご実家だよな)
シンの頭に浮かんだのは、錬金術部の先輩女子。
食欲に旺盛なアホ毛が特徴的な愉快な先輩である。本人はフランクな性格で、高貴な出自だが貴賤問わずフレンドリーに接してくれていた。
彼女に悪い印象はなく、居丈高にしてくるイメージはない。強引な輿入れを要求するでもなく、次期当主のジーニーには優秀な婚約者がいたはず。後継者には困っていないから、後妻にエリシアを求めるのはおかしい気がする。
「弁償するとなると、爵位や領地を売り払っても足りるかどうか……うちは作物を育てるに向かない、広いだけの湿地ばかりの土地だ。一家全員が平民に下ってもまともな生活は難しいだろう」
「そんな……そんなに高価な魔道具だったの?」
「王都の一等地に屋敷が三つは立つ」
どうあっても返せない。金額は明確に明かさなかったが、エリシアどころかマルチーズ辺境伯家を挙げても賄うのは難しい。
絶句したエリシアは驚きのあまり、一瞬焦点がぼやける。呼吸すら止まり、ややあってからゆっくり息を吐いて俯いた。
彼女の頭には、目まぐるしい感情が交錯しているのだろう。
「私が嫁げば賠償金はなくなるの?」
「それでも足りない。でも、うちに残っても貧乏で苦しむだろう? 後妻でも公爵夫人なら、エリシアは貴族として暮らせる。衣食住には困らないはずだ」
セブランもこの輿入れには反対なのだろう。だが、この縁談を断ってマラミュート公爵家と衝突するとなると、更なる状況の悪化は明白。
宿屋の部屋に籠りながら、彼も何か方法はないのかと模索していたのだろう。セブランの手の平が黒く薄汚れている。誰か援助を頼めそうな先を探して足掻いたと推測できる。
「あ、あのー」
ずっと黙っていたシンが挙手する。
そこでエリシア以外に人がいたことに気づいたセブランは、ハッとした。
「ああ、すまないね。うちの厄介ごとに巻き込んでしまって。君が友達のシン君だっけ? エリシアは気が強くて、カッとなりやすいところがあるけど仲良くしてくれてありがとう」
「余計な一言! レディに対して! だからお兄様はもてないの!」
勝手に手紙に書いてことがバレて恥ずかしいのか、エリシアは強い口調で咎める。怒っているより、気恥ずかしさが大きいのだろう。
ぽかぽかとセブランの肩を叩く。きっと、実家ではいつもこんな感じなのだろう。妹らしいエリシアに、シンは少し和んでしまう。
「君に渡す米なんだが手元にあるのはこれだけだ。商売じゃないなら、しばらく持つだろう」
「ありがとうございます」
セブランは従者に視線を送り、麻袋を渡す。それを受け取り、すぐにマジックバッグにしまった。
平民がマジックバッグを持っているのが意外だったのか、セブランは目を丸くした。その目に、うっすら隈が見える。
「あの、先ほどマラミュート公爵家の名が上がっていたのですが」
「ああ、今までは接点がなかったがこんな形で関わるとは。歴史は比較的浅い貴族だが、かなり財のある名家だ。飲食関係を手広くやっているし、王都にも王侯貴族向けの高級レストランから、平民向けの大衆食堂まで幅広くやっている……うちのような弱小辺境貴族では太刀打ちできない」
「あの、ご当主は知りませんが次期当主なら学園に通っていますよ。部活の先輩なので、探りを入れてみましょうか?」
次期当主のジーニーは商売上手だが、あこぎな性格をしていない。そこから何とか交渉できるかもしれない。
シンとしては、このままこの二人を見捨てるのは気分が良くない。余計な首ツッコミかもしれないけれど、犯罪臭がぷんぷんする。
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