余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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泥船、避けるべし

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 錬金術部に入っているが、いまだに料理の腕前が上がる気配のないカミーユ。主に力仕事の材料運びや、ひたすら混ぜるだけなどの単純作業の担当をしている。
 成長期らしく、部活の時間帯は大抵お腹を空かせている。シンの護衛以外にも、冒険者業でも稼いでいるはずだが、しょっちゅう金欠になっている。どうしても買い食い癖は止まらないらしい。相変わらず生活はカツカツだが、母親に仕送りはできているようだ。
 カミーユは悪い奴ではない。時々デリカシーがなくて、性格と勉学面で少し残念なだけで。
 入学当初はミステリアスなクール系イケメンだったカミーユだが、今ではすっかりそのガワが外れて残念なござるワンコである。無理してそのクールキャラを演じ続けるには無理があっただろうから、本来あるべき姿だ。
 ちなみに、夢見がちな貴族科の令嬢ではいまだにクールキャラを信じている生徒も少しいるらしい。
 そこまで思い出して、ふと気づく。

(……そうか、穏健派ってわけじゃない。うちの部活は色んな科への足掛かりになる)

 シンやレニのような普通科、カミーユの騎士科、ジーニーの商業科だけではない。貴族科も男爵家から公爵家まで揃っている。さすがに王族はいないけれど、貴族科への足掛かりにもなりやすい。
 平民のラミィが貴族に近づきがたいのは仕方ない。とにかく機会がないのだ。マイルズは男爵家出身だから、ラミィよりはある。それでも爵位という序列の前では気安い接近は難しい。

(うへぇ……下手すりゃ、色んなところから連座制裁をくらうかもしれないじゃん。そりゃキャリガン先輩も警戒するわ)

 泥舟の予感しかしない偽神子派閥。それに取り込まれれば、この安穏とした錬金術部が一気に殺伐に早変わり。最悪、マイルズやラミィの偽証がバレ、連座からの退学もあり得る。
 しかし、学園内でシンの神子バレは回避したい。
 変に注目を浴びたら、どこからほころびが出るか分からない。とにかく目立ちたくない.平穏な学園生活を、こんなバカ騒ぎで潰されるなんて断固拒否だ。
 泥舟同士の泥仕合をするなら、どうか巻き込まずに沈んで欲しい。

(あれ? 布巾の在庫が少ないな。洗い物した後、使うから取りに行こう)

 料理を実食後は食器を洗う。そして、決められた場所に戻すのだ。
 当然、拭き作業に清潔な布は必須アイテム。使い捨てではなく、使用後に洗濯して使いまわす。ごわついて吸水力が落ちてきたら雑巾に格下げし、更にダメになったら使い捨て用にリサイクルという鬼の使い倒しコースだ。
 少しでも節約し、僅かでも食材費に回して美味しいものを食べる。そのために、貴賤問わずこのルールを遵守する。
 シンももちろんそれに倣っている。調理室にないのならば、準備室に向かう。そこには各種在庫があるのだ。新品の布巾から襤褸布まで用途別に選別され、棚に入っている。
 準備室に入ろうとしたシンの腕を、誰かが捕まえる。

「おい、お前! 錬金術部だよな? お前はどちらに入るか決めてあるんだろうな?」

 まだ帰っていない泥船の一味がいやがった。自分の迂闊さと、しつこく居座る相手に舌打ちしたくなる。
 一瞬怒りの境地に達しかけたが、根性でいつもの人畜無害顔を取り繕う。

「何のことです?」

「そりゃ、ラミィ様をお守りするために、派閥に入るかということだ。あの傲慢なマイルズが神子様だなんてありえない。あの可憐で奥ゆかしいラミィ様こそティンパインの神子様であらせられるのだから!」

 シンは耳を塞ぎたかった。ラミィが神子だなんて発言してしまうのはアウトだ。

(ああ~っ! これ不敬罪! 身分の詐称も! 一発アウトな発言!)

 しかし、シンを勧誘してきた男子生徒は滔々とラミィを賛辞している。
 きっと彼はラミィが神子だと信じて疑っていないのだろう。この学園では微妙な立場にいるのを歯がゆく思っている。べらべらと良くしゃべるが、要はそう言いたいのだ。
 シンはその言葉に耳を傾けながら思う。

(キモいし怖いなコレ。ある意味人間扱いされてない)

 口には出さない。神子を崇拝する自分に酔っている感のある男子生徒に行ったら最後、逆上して殴り掛かってきそうだ。
 こんな異様な熱狂をされても、ラミィという少女は嬉しいのだろうか。シンの見ている限り、盛り上がる周囲に困惑していた気がする。
 確かにこれは困る。引く。きっと、対抗馬のマイルズが出てこなかったらラミィは小さなコミュニティで神子かもしれないと囁かれるだけで済んだかもしれない。
 シンがずっと黙っているのをいいことに、語りが絶好調になっている男子生徒。すでにこちらのことを見てもいない。名前も知らない彼からそっと離れ、シンは当初の目的を果たすのだった。

(狂信者ってこういう風に生まれるのかな)

 関わらないでおこう。
 ついでに部員のみんなにも警告しておこうと思うシンだった。

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