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連載
脅かされる平穏
そんなこんなでシンはトラブルから全力で逃げ回って、素知らぬ顔をして過ごしていた。シンと同じようにしている生徒は結構多い。学園でも屈指の緩さを誇る錬金術部員たちも、その二つの神子派閥から逃げている。
錬金術部は食欲に対する情熱はあるが、権力にはあまりガツガツしていない。
しかし、それが良くなかったのかもしれない。
どちらの派閥にも属していない生徒たちがたくさんいる。その部ごと飲み込み、派閥を強大化させようとマイルズ派とラミィ派が近寄るようになってきた。
部長のキャリガンはのらりくらりと交わしていたが、ついにその二つの派閥がスカウトする時間が重なって、調理室の目の前で激突した。
「なんでお前らがここにいるんだ! 我々が先に声をかけたんだぞ!」
「今日も声を掛けに来てるってことは、断られているからじゃないですか?」
「断られていない! マイルズ様の資質を知れば、錬金術部だって理解してくれるはずだ」
「ラミィ様のほうが素晴らしいに決まっているだろう。慎ましく清廉でいらっしゃる」
扉越しにぎゃんぎゃん騒いでいるのが筒抜けだ。
シンやほかの部員たちは、微妙な顔でちらちらと扉のほうを見ていたが、連日相手をしていた部長のキャリガンは無視している。
「いっそそのまま相打ちになればいいのに」
普段温和なキャリガンからぽつりと呟く。全くお呼びでない相手からしつこく勧誘されて、困っていたのだろう。
シンがキャリガンに近づいて、気になったことを聞いてみる。
「なんでうちなんですか? もっとでかい部活は他にあるのに」
「うちは仲が良好だからね。あまりに大きい部だとすでに部内に派閥があるし、一枚側ではない場合も多い。一応、うちは穏健派で通っているから、癖の強い生徒は少ないと思っているんだろう」
癖の強い連中ばかりだが、外から見れば大人しいらしい。
剣術部などは貴族や騎士階級が多く、血の気の多い生徒が多い。それに、今の派閥の構成を考え、あまりに高い身分の生徒を入れると統率に困ると言うのもあるだろう。
同じ派閥に発言の大きい者が増えれば、意見がぶつかり合う。旗頭がいくつもあったら、離散の原因にもなるのだ。
パン作りの得意なキャリガンは、その鬱憤を晴らすかのようにパン生地をこねている。気合いの入ったその背中に、美味しい予感を察知した部員がそわそわしている。
怒りと憎しみのこもったパンだろうと味は変わらないのだ。隠し味が愛情というのはよく聞くが、それだけとは限らない。
生地から空気を抜くため、バシーンと凄まじい音を立てて台に叩きつけている。キャリガンの横顔は無である。普段は柔和な笑みや、気弱そうな困った笑いが多い。こんな怖い表情は初めてだ。調理室から異様な音が響くのに、廊下の生徒も気づいたようだ。そーっと覗うように、静かに扉が動き、隙間から並ぶ複数の顔。彼らは一様に怯えた雰囲気で、中を覗いていた。パン生地を叩きつけるキャリガンを見て、顔を青ざめさせる。キャリガンが気づく前に扉を慎重に締めると、途端にドタバタと走り去る音がした。
彼らほどではないけれど、シンもちょっと引いていた。
そんなシンに気づいたのか、キャリガンがくるりと振り向いた。
「……どうしよう。生地を作りすぎてしまった。保管できる場所あったかな」
「足りなかったら、僕のマジックバッグに入れましょうか? 少しなら時間関係なく保管できるのあるので」
主神フォルミアルカから貰ったスキル『異空間バッグ』なのだが、実はけっこうレアスキルである。賞味期限を考えずに済むのがとても良い。
「じゃあ入れさせてもらおうかな。これはバターやジャムで食べるのもおいしいけれど、中に味付けした挽肉や野菜を入れても美味しいんだよ」
「楽しみですね」
後ろでもっと楽しみにしているカミーユが、うろうろしていたがそれは見て見ぬふりをした。
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