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連載
打ち解け方
しおりを挟む年齢のわりに大人びているシンも、まだ子供だ。今でこそ穏やかだが、以前は人間不信の気配が強く、普段は大人しい反面、受け入れられない相手に対して激しい毒や攻撃性を持っていた。
理不尽なことを許せず、苛烈なことを言う。やや向こう見ずなところがあった。正論ではあったが、刺々しい。
タニキ村では安心できるのか、丸く大らかだ。どうやら不信は貴族などの身分が高い者に対して強いようだ。
ミリアは過去を無理やり聞き出して、暴く真似などしない。真摯に向き合えば、打ち解けられる柔軟さはあるのだ。
(信用してもらえるまで、時間がかかったわ。チェスターも手を焼いていたもの。あの人が誤解されやすいせいもあるけれど)
今ではだいぶ懐き、信頼している。
シンは異世界人だ。この国よりはるかに文明の進んだ国だと、同郷の聖女カリンに聞いたことがある。子供なりに大変なことがあったのかもしれない。
彼のやや達観した思考は、テイランの仕打ち以外にも何か原因がある可能性があった。
ミリアがシンを見ると、教師が事態の収束に動いていることに少し安心しているように見えた。自分が動くべきかと責任を感じていたのだろう。
「シン君は動いちゃダメよ。万が一、臆に一でもシン君が神子だってバレたら学園の勢力図がひっくり返っちゃうもの。せっかく、学生生活を謳歌しているのに、腫物みたいに使われたくないでしょう?」
「は、はい。分かりました」
「うっかりバレちゃったら、そのまま神殿やどこぞの貴族に拉致監禁コースでもおかしくないから。絶対ダメよ?」
シンが素直に返事したが、これでもかとミリアはダメ押しをしておく。
基本は面倒ごとが嫌いなのに、何かのスイッチが入って急激にアグレッシブになるから、釘を刺しておいたのだ。
やや脅しのように、万一の後の可能性を言っておく。それは覿面で、シンだけでなく護衛たちの表情も強張り、引き締まった。
「そうだわ。最近仲良くなった女の子がいるのでしょう? その子も誘ってらっしゃいな」
「エリシアですか?」
「ええ、他所の貴族の厄介ごとに巻き込まれてだいぶ息が詰まっているそうじゃない。うちなら安全よ。今回の来客は、以前エマ撃退のお世話になったご婦人たちが多いの。
シン君が作ってくれた品の紹介が名目だから、女の子なら目立たないわ」
あの貴婦人力(物理)がカンストレベルに極まっていそうなご婦人たちか。
エマはテイラン王妃で、元は異世界人。魅了や他者の持つ美貌などを奪うスキルを持っていた。今は帰るべき国も崩壊し、ティンパインで暴れまくったので投獄されている。
主神フォルミアルカの怒りにより、顔がどぎつい配色の縞模様の老婆と化した。
慈悲深いとされる主神の神罰を受けるくらいなのだから、暴かれていない罪は無数にあるのだろう。
(そういえば、カリンの美貌が戻って以来、かーなーり浮ついた男性が増えたのよね)
かつて聖女カリンは絶世と言える美女だった。それを妬まれ、エマのスキルで奪われた。天罰を受けたエマはスキルと共に、奪ったものを失った。本来の持ち主に戻されたようだ。
カリンの美貌が戻ってももともとの旦那一筋だ。外見で態度を変えられても不愉快だろう。中身はあの生命力溢れる、闊達な女性のままなのだ。
彼女の本質は変わっていないが、その美貌を見た一部のご婦人の間では神子にはそういうご利益があるのではと噂されている。
「紹介ついでに、お土産で化粧水を数本持たせるから、実家に送るように言いなさい。きっと、お母様が強い味方になってくれるわ」
マルチーズの子供たちの年齢から、辺境伯夫人は大体三十代後半から四十代。外見の衰えは増すばかりで、誤魔化しも難しくなってくる。
シンの美容品の効果は、その年齢層のマダムのハートに突き刺さることを、ミリアは理解していた。身をもって理解している。
作っているシン本人は、そこまで効果があるとは思っていないようだ。表情は苦笑いである。
「自信なさそうね?」
ミリアが微笑みながら聞くと、シンはうなずく。
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