余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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宰相夫人は知っている

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 シン、レニ、カミーユ、ビャクヤが晩餐にお呼ばれされた。場所はドーベルマン伯爵邸で、主催者はミリア。チェスターはその日も王宮に缶詰だそうだ。脱線しがちな国王の尻を叩きながら、執務に追われているのだろう。
 名目上は、後見人として学園生活の様子を聞きたいというものだ。本当にそれだけの理由で呼び出すこともあるが、今回は耳に入れたい情報があったからである。
 学園で生活すると、どうしても情報が学園に関係するもので絞られてしまう。右を見ても左を見ても学生ばかりだし、教師はその生徒たちの学びの場を提供することがメイン。
 学園の外の人間であるが、ミリアはティンパイン王国でも秘密裏に動く『影』を通して、様々な情報を入手している。
 ミリア・フォン・ドーベルマン夫人はとても四十代には見えない美女だ。蜂蜜色の髪に若草色の瞳で、その柔らかな雰囲気もあり二十代でも通用しそうだ。
 伯爵夫人として、また宰相夫人としても社交界の華としてもてはやされる。その美貌の秘訣を知りたくて、彼女のサロンに参加したがるレディは多い。
 彼女は洗練された所作で、本日のメインであるブラックボアのフィレステーキを切る。
 それを口に運び、その美味しさに軽く頷いた。多くの美食を堪能してきたミリアの舌を、満足させるに十分だったのである。

「来週、加護を見極められる神官が学園を訪問することになったわ」

 同じくステーキを堪能して、その美味しさに緩んでいたシンは停止する。
 レニとビャクヤも顔を上げ、シンの反応に訝しげに顔を見合わせた。カミーユは肉の美味さに魂が抜けて昇天しかけている。

「えーと、あの……それって、その、もしかすると……」

「ええ、シン君も一度神殿で会ったことがあるでしょう? アイザック・カイデンスキー神官が学園の臨時教員として派遣されることになっているの。
 あの方、学園のカイデンスキー女史の甥なのよ。見目も良いし、普段は温和で優美だと貴族からも評判が良いの。高位の加護を持った相手の前でしか醜態をさらさないから」

 うなずいたミリアが、シンのにごしていた言葉を察して肯定する。
 その醜態を目にしたことのあるシンは、吸引のトラウマが記憶から出てきて渋面になる。二度とやられたくない。この予想は当たって欲しくなかった。

「だからこそシン君が同じ時間に同じ場所に居合わせてしまうと大変でしょう? 彼の来る日は前日からドーベルマン伯爵家の催しという形にするから、帰ってらっしゃい」

「分かりました」

 シンは即答した。もし会ってしまえば、シンの加護持ちはバレるし、体臭を吸うために粘着されかねない。
 学園生活に特大の爆撃をかまされるようなものだ。
 
「ミリア様、学園内の偽神子騒動が外部にまで漏れているのですか?」

 レニが懸念を口にすると、ミリアは冷静に「いいえ」と首を横に振った。

「教師たちが事態を重く見たのでしょう。詐称による派閥の肥大化、学園の空気の悪化。我が国の名を刻む場所に、劣悪な学び舎などあってはなりませんから」

「先生たちもあの自称神子たちが嘘だって気づいとるんですか?」

 少し驚いたように問うのはビャクヤ。
 生徒の彼らには、教師はことなかれにしているように見えていたのかもしれない。

「予想はできることよ。少し優秀程度の学生が演じたハリボテなんて、杜撰ですもの。
 神子は国と王族が全面的に秘匿しているのに、わざわざ学園で主張するのも馬鹿けた話よ」

 精力的に活動はしておらず、神子用の離宮に篭っている。それが神子の設定だ。
 多くの貴族が接触を図りたいと思っているが、王家はすべて撥ね退けている。神子に会うことは、公務や謁見のある国王夫妻より難しいのだ。
 学園の教師は優秀だ。貴族の噂や、王宮にも伝手がある。生徒からの噂だけでなく、警備に当たっている者からも集めることができる。後者はどちらの派閥にも属さないし、生徒たちはいてもいないと思っている。生徒や教師でもないから、備品のように思っている生徒が多い。第三者の視点として豊富な情報を得られる。
 子供の粗末な嘘など、あっという間に綻びが出るだろう。

(ましてや、シン君が通うようになってからは精鋭を選抜しているもの。諜報としても長けた者が多くいる。プロは耳がいいのよ)

 貴婦人の微笑の裏で、ミリアは思考を巡らす。
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