余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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マイノリティな好み

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 これでは触ることもできない。ちょっと刺さっただけで、こんなに手が痛むのだ。強く掴んで揺さぶるなんて無理である。
 痛む指先をさすりながら、エリシアはため息をつく。
 そんな時に、タイミングを計ったように廊下から音が聞こえる。どたばたと騒々しい足音は、着実にこちらに近づいてくる。
 エリシアは緊張の面持ちで、部屋唯一の出入り口を睨む。
 会いたくもなかった誘拐犯のお出ましだ。いったい何のためにエリシアを攫ったのかも、兄のセブランを脅迫してまでエリシアに結婚を迫ったのかも不明だ。
 良くも悪くも、辺境伯家は田舎にある。歴史はあるが、突出した名家ではない。王都では「そんな場所もあったかもしれない」程度の認識である。

(うちに何かすごい家宝とかあったかしら? 領地は赤字ギリギリな感じだし、何のために……)

 エリシアは痩せてそこそこ綺麗になったと思うが、絶世の美女というわけではない。勉強も運動もそこそこ。特筆するような技能もない。加護やスキルなんてものも縁がない。
 なんだろうか。考えていて、だんだん虚しくなってきた。それでいて、この嫌な現実を直視させた原因に苛立ちを覚える。気づけば、かなり険しい顔で扉を睨んでいた。

「むひょほほほほ! お待たせ、エリシアちゃあ~ん!」

 現れたのはビール腹の頭頂部の頭髪が寂しい中年男性だった。やや時代遅れの貴族服を着ているが、若干サイズが合っていない。真っ赤なベストは、お腹や胸のあたりのボタンが苦しそうである。明らかにデザインにはない引き伸ばされた皺がある。
 その男は一瞬エリシアを見たが、すっと視線を外してきょろきょろしている。

「ん? んん~? エリシアちゃんはどこかなー? 僕の可愛い子豚ちゃん!」

 ぞわっとした。生理的に受け付けない。ねっとりとした視線に、下心がむき出しの甘ったるい声。エリシアは全身に鳥肌が立つのを感じた。
 不快感を何とか心の端に追いやって、何とか平静を取り繕う。軽く咳払いをして、男の疑問に答えてやる。

「エリシアは私だけど……貴方は誰?」

 エリシアがそういった瞬間、男は止まった。
 まるで油を刺し忘れたブリキの人形のように、ぎこちなくエリシアを見る。頭からつま先まで見ると、表情はどんどん険しくなる。

「そんなはずはない! 以前見たエリシアちゃんは貫禄溢れる豊満ボディだった! 首との境界線がないふくよかな丸い頬に、肉に埋もれた丸い鼻と細い目! 制服をはちきれんばかりの肉肉しい背中! 丸々とまろやかなラインをした肉付きの良い重量級の足! お前みたいな鶏ガラなわけないだろうが!」

「失礼ね! 健康的と言いなさい! この夏にダイエットを成功させたのよ!」

 男は以前のエリシアの姿を賛美しているらしいが、全く嬉しくない。かつてのエリシアのコンプレックス部分を的確に突いていた。
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