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連載
突撃
しおりを挟む「行きます!」
いてもたってもいられず、シンは飛び出した。それを追うように、四人も続く。
唯一、リヒターが制止の声を上げる。
「待つんだ、シン君!」
だが、聞こえているはずなのにシンは止まらない。むしろ振り切るかのようにどんどん走っていく。速度を上げて外壁に生い茂る蔦をつかむと、勢いよく登って中に侵入してしまった。
時は少し遡る。
エリシアが連れてこられた襤褸屋敷は、その外観を裏切らず室内もかなり痛んでいた。
埃っぽく、かび臭い。湿っぽくまとわりつくような、閉塞的な空気を感じる。せめてカーテンをもっと開けないのかと思ったが、そのカーテンレールも壊れており、下手に動かすと丸ごと外れそうな老朽具合である。何とかそれに吊るされているカーテンも、ずっと放置されていたのでボロボロである。一番下のフリンジは、大半が床に落ちている。
そんなぼろぼろ具合なので、進められたソファや椅子にも座れない。座った拍子に、中身の木材や金具が革張りや布を突き破って出てくるのではないだろうかと疑ってしまう。
室内をざっと観察したエリシアは、逃亡できるルートはないかと視線を巡らす。
唯一ある廊下への扉は、先ほど鍵を閉めていた。開けるような道具もなければ、壊すような力もない。扉の外に出られたとしても、誰か見張りがいる可能性だってある。
扉からの逃亡は、誘拐した人物たちと会う可能性が高い。となると、自然と窓に視線がいく。
(幸い手足は縛られていないけれど……出られそうにないわ。窓は嵌め殺しのようなものね)
割れてしまった窓ガラス部分に板を打ち付けて補修してある。全部覆われているわけではないが、人が通るには難しい。外にバルコニーらしきものは見えるが、手すりは朽ちて落ちているし、床部分も大きな亀裂がたくさんある。
さすがにあれを歩いて、外に脱出するのは怖すぎた。エリシアは乗馬が得意だが、それ以外で体を動かすことはダンスくらいしかやっていない。それも社交用のために習ったものだ。こんなスリリングな足場を前提にしていない。
(シンたちは助けを呼んでくれたかしら? 追いかけるのは……無理よね。厩舎まで遠いもの。馬車で連れてこられたのだから、その前に見失っているはず)
ちょうど良いタイミングでリヒターが来て、エリシアを誘拐した馬車を尾行していたことなんて知らない。
エリシアは自然と、助けが来るのは絶望的であると思ってしまう。恐怖と不安で膝から力が抜けて、床に座り込んだ。
床には絨毯が敷かれていたが、長年の放置で溜まった埃と砂の感触がした。
自分の腕を抱えるように、身を縮めて必死に涙をこらえるエリシア。何とか落ち着こうと必死に思考を巡らせるが、良い考えも浮かばない。
とりあえず、古そうな窓枠を外せないかと立ち上がった。ボロボロな木製だしできるかもしれない。窓枠を外せれば、打ち付けてある板だって落ちるはずだ。今のエリシアなら通れるだろう。
(以前だったら、窓枠に足をかけるのすらできなかったでしょうね……)
あの真ん丸体型だと、お腹の脂肪が物理的に邪魔をする。そして、圧倒的な重量を片足で支えることもままならず、転んで終わる気がした。
まさか、こんな形で痩身の恩恵を感じるとは。
ちょっと恥ずかしい気持ちになりながらも、木枠を掴んだ。同時に指先に走る痛みに、手を引っ込めた。
「何!? 痛い!」
思わず声が出て、目を凝らす。よく見ると、木枠の後ろから棘のある蔦が蔓延っている。このとげが刺さったのだ。
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