極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん

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思いがけない告白

手を差し伸べてくれたのは、

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「…………人違い、だよね?」

 阿辺君、何を言って……今私のこと、好きって……?

 な、ないないっ。私のどこに好きな要素があるのか、自分でも全然分からないのに。

 驚いて呆気に取られながらも、そのまま思ったことを言葉にしてみる。

 でも阿辺君は即座に首を左右に振り、はっきり否定してきた。

「人違いじゃない。俺は湖宮が好きだ。」

「っ……そう、なの?」

「あぁ。」

 またしても『好きだ』と言われ、一気に顔が熱を持つ。

 ぶれることなく告白してきた阿辺君はいたって真剣。嘘を吐いている感じじゃない。

 ……初めて、男の子から告白された。その事実だけで、浮かれてしまうには充分だった。

 だけど……付き合うってことを、そう簡単には決められない。

 阿辺君には申し訳ないと思ってる。それを踏まえた上で、私は断った。

「気持ちは嬉しいよ。でも……ごめんなさい。私、誰かと付き合うってことが、まだよく分かってなくて……。」

 もちろん、嫌な気持ちはない。

 ただ……一時の嬉しさで付き合うのは、違うって思ったんだ。

 阿辺君には、私よりももっとお似合いな人がいる。私みたいな地味な子より、もっと素敵な子が。

 心の中でそう伝えて、教室に戻ることを阿辺君に言おうと口を開きかける。

 でも阿辺君は食い下がって、まっすぐな疑問をぶつけてきた。

「俺のこと、嫌いか?」

「そ、そんなわけないよ!」

「だったら、もう少し考えてくれないか。返事は後でもいいから。」

 縋るように弱気になった阿辺君の様子に、罪悪感がぐるぐると渦巻く。

 どうしてここまで言ってくれるのか、全然分からない。

 ……だけどここまで言ってくれる阿辺君に、私もちゃんと向き合わないとダメな気がした。

「それじゃあ……返事は、ちゃんと考えるね。」

「あぁ、さんきゅ。……そういや、金森にはこのこと言うなよ。」

「え? ど、どうして?」

 何で、紗代ちゃんに言ったらダメなの……?

 阿辺君の言葉が少し引っかかって、首を小さく傾げてみせる。

 そんな私の戸惑いに対して、阿辺君は頬を掻いて視線を逸らした。

「こういうの、あんま他の奴に知られたくねーから。だから、誰にも言うなよ。」

 あ……そういうことか。そうだよね、こういうデリケートな話はできるだけ第三者に知られたくないよね……。

 私が阿辺君の立場でもそうだし、阿辺君の言う通り秘密にしておこう。

「分かった、誰にも言わないよ!」

「頼むぞ。」

「うん!」

 念を押すようにもう一度頷いてみせると、やっと信じてくれたように私に背を向けた。

「それじゃ、返事考えといて。」

 呟くような声色で一言そう言ってから、阿辺君は騒がしい廊下へと戻っていく。

 その背中をぼーっと見送って、私は人知れず大きな息を吐き出した。

 ふぅ……まさか、私が告白されるだなんて……。

 未だに信じられないし、夢なら今すぐ覚めてほしい。

 だからほっぺたをつねってみたんだけど……痛みが残っただけで、それが現実なんだと教えてくれた。

「本当、なんだ……。」

 どうして人気者の阿辺君が、こんな日陰者の私を好きになってくれたのかは分からない。

 でも……『好き』だと言われて嫌な気持ちになるわけなくて、心拍数が上がっていくのが目に見えて分かった。

 まだ、付き合うってことを具体的には考えられない。

 恋愛的に人を好きになったことも、もちろん好かれたこともない。

 だから、どうやって自分の気持をまとめて結論を出せばいいのか分からない。

 それでも、阿辺君とちゃんと向き合って決めなくちゃ。

 今さっき起きたことを飲み込みきれてはないけど、一人きりの空間でぐっと拳を握った。

 ――ある事件が数日後に起こってしまうなんて、知る由もなく。



 告白のことは阿辺君と約束した通り、紗代ちゃんを始め誰にも言っていない。

 今回こそはさすがに言うわけにもいかないから、紗代ちゃんを騙してしまう感じはなってしまったけど……仕方ないよね。

 紗代ちゃんには申し訳ないけど、阿辺君の気持ちも尊重したい。

 けど、こういう時私はなんて答えればいいんだろう。

 カラスが鳴く放課後、廊下を歩きながら考える。

 だって……今まで阿辺君と接点がなかった私だから、正直答えようがない。

 そもそも私と阿辺君は“友達”という間柄でもないはず。友達として阿辺君を好きかと問われたら……答えは「分からない」と言ってしまうだろう。

 ましてや恋なんて……立派な答えが出せるはずもない。

 うーん……阿辺君を傷つけずに断る方法は……。

 ……とは言っても、私の考えはほぼ決まっている。

 もう一度素直に「ごめんなさい。」って謝って、分かってもらおう。

 こんな曖昧な気持ちのまま付き合うなんて、阿辺君に失礼だから。

 でもやっぱり……どう切り出せばいいのかなぁ。こんな体験初めてだから、断り方なんて分かんないよ……。

「なぁはじめ。」

「なんだよ。」

 つい深く考えすぎてしまって無意識に立ち止まったその時、近くの選択教室から複数の男の子の声が聞こえた。

 肇……って、阿辺君のこと?

 確かそうだったと思い出して、選択教室に一歩近付いた。

 盗み聞きはよくないって分かってるけど、ちょっとくらいなら……。

「湖宮との件、どうなったんだよ。」

「いや、それがさー……湖宮、案外ガード固くってさ。一回告った時振られたんだよなー。」

 ……――え? 私の、話……?

 はっきりと私の名前が聞こえてきて、出そうになった言葉を無理やり飲み込む。

 というか、振られたって……保留って話じゃ、なかったの?

 阿辺君たちが何の話をしているのか全然分からなくて、だからより気になって。

 本能は“これ以上聞いちゃダメだ”って訴えてきているのも無視して、その続きを聞いてしまった。

「ほんっと罰ゲームで湖宮に告るとか勘弁してほしかったわ。ウソコクさせるって、お前ら罰ゲームが一昔前からとまってるっつーの。湖宮めっちゃ必死になってたわ。」

「え……」

 恋愛に疎い私でも、さすがにこの言葉が何を指しているかは分かる。

 嘘の告白……ちょっと前に罰ゲームでよく使われていたものだ。

「え? それマジ? 思ったよりも罰ゲームじゃんそれ。」

「つーか、今は返事引き伸ばしてる状態なんだろ? もしあっちがオッケーしたらさ、こっぴどく振るんだろ?」

「当たり前だろ。あんな地味女とかと付き合えるわけねーし。」

 っ……。

 聞けば聞くほど、私は罰ゲームのためだけに利用されたんだと分かった。

 頭ではちゃんと理解していた、阿辺君が私のことを好いてくれるはずがないって。

 こんなつまんない女、誰も好きになってくれないってことくらい……。

 それなのに期待して一人でドキドキして、馬鹿みたいだ。

 ……もう、帰ろう。

 壁にもたれかからせていた思い背中を起こしてここから離れようとするけど、それは叶わなかった。

「……湖宮、何でいるんだよ。」

「あ……たまたま、通りかかって……っ。」

 あっさりと私の存在がバレて、爪先から冷えていく感じがする。

 私を騙していた人が目の前にいるって状況と、さっきまで言われていたことが頭をよぎって逃げ出したくなった。

「全部聞いてたのか?」

「……うん。ごめん、なさい。」

 ここで嘘を吐いてもどうしようもない。阿辺君が私にウソコクをしていた事実が揺るぐことはないんだから。

 ……やっぱり、私が好かれることなんてないんだ。

 痛いほど知っているはずなのに、ちゃんと心臓が痛む。

 目の前にいる阿辺君は私から少し視線を逸らして、大きくあからさまにため息を吐いた。
 
「それじゃ、もう取り繕う必要はないってことだな。」

 そう言った阿辺君からは、呆れの感情さえも見える。

 ……そして、私をじっと見据えて口を開いた。

「この際だから言うけど……俺、湖宮みたいな地味な奴って眼中にないわけ。なのにこんな変な罰ゲームさせられて、こっちだって御免なんだよ。」

「……そ、っか。」

 何も言えない、何も言葉が出てこない。

 何かを言おうとしても喉の奥につっかえてて、出てきてくれない。

 悔しくて苦しくて……辛い。

 気持ちがごっちゃになった私に、阿辺君は追い打ちをかけるようにこう言葉にしてきた。

「お前みたいな地味女、最初から興味ないっつーの。」

「っ……!」

 今までも陰で同じようなことは言われてきた。

 だから今更、何を言われたって平気……だと思ってたのに。

 こそこそ言われるのと、真正面から言われるのはやっぱり違うんだなぁ……って。

 ……私だって、こんな自分嫌い。

 いつまでもウジウジしてて、何もできなくて、ずっと黙っている自分が嫌い。

 紗代ちゃんみたいにはっきり言える人になれたらな、自分に自信が持てるようになったらな……そう何度願っただろう。

 こんな根暗な性格じゃなきゃって、何度思っただろう……っ。

 こう思っちゃう時点で、自分の出来の悪さが目立って嫌になる。

 全部その通りで、何も言えなくてスカートをぎゅっと握る。

 力強く、傷ついた心を丸ごと覆うように。

 ……けど、無理だった。

「阿辺君が……そんなことする人だって、思ってなかった。」

 これじゃまるで反論だ。こんなことを言いたいわけじゃないのに……!

 でも咄嗟に口をついて出てしまって、逃げ出したい衝動に駆られる。

 もう、ダメだ……っ、泣きそう……。

 涙腺が大きく揺れて、視界の端から滲みだす。

 泣いちゃダメ、こんな当たり前のことで泣いちゃ。

 必死になって言い聞かせるも、効くはずなんてない。むしろ逆効果のような気がする。

 やっぱり……盗み聞きなんてするものじゃないや。盗み聞きした私に、罰が当たったんだ。

 ……ううん、それじゃないか。ずっと下を向いてる私に、罰が当たったんだ。

 絶対、そうだ。

 眼鏡に頼りすぎて、何にも成長できていない臆病者。

 ただの、弱虫だったんだ。

 弱い涙を見られたくなくて、左手を目元に持っていき一歩後ずさる。

「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」

 ……――その時に聞こえた声は、優しかった。

 え……?と驚く暇も与えられず、一瞬でその声の主に引き寄せられる。

 簡単に言うと……肩を抱かれている、という状況だ。

 な、何が起こって……!?

 というか、この声って――。

「……氷堂、どういう意味だよ。」

 阿辺君の困惑まじりの声が飛んでくる。後ろにいた男子生徒二人も、状況が分かっていないようで瞬きを繰り返していた。

 だけど、それは私だって同じ。というか、私が一番状況を理解できていないと思う。

 だって今……私の傍にいるのは、“学園の王子様”である氷堂君なのだから。
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