極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん

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勇気と優しさと甘い恋

ぶつかり合う本音

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 ……秦斗君とのお出かけから、約一週間後。

 遊園地に行った翌日は待ってましたというように、紗代ちゃんから容赦ないマシンガントークを受けた。

『で、デートどうだった!? 氷堂ってオフの日どんな感じ!? というか氷堂と遊園地って合わなそうだけど実際どうなの!? とりあえず全部教えて、結衣!!』

 とんでもない量の質問をされたから、一つ一つ答えていくのは大変だったなぁ……あはは。

 だけど、紗代ちゃんの助けがなきゃ私は何もできなかったと思う。

 男の子との経験がない私だから、本当に紗代ちゃんがいてくれてよかった。今度紗代ちゃんが食べたいって言って駅前のシュークリーム、買ってこようっ。

 どこら辺だったかな……と思い出しながらお昼休憩を過ごす。

 ちなみに紗代ちゃんは今先生に呼び出されていて、少しだけ寂しかったりする。

 いつもは紗代ちゃんがいてくれるから、なんだか落ち着かない。読書をしようにもやっぱりそわそわしてしまい、集中できなかった。

 いっそのこと、ちょっと散歩しようかな。

 そうすれば気が紛れるかもしれないし、暇つぶしにもなるはず。

 思い立ったら即行動!の精神で椅子を立ち、行く当てもなく教室を出る。

 休憩中だからどこに行っても人が多く、人気がなさそうなところを探そうにもなかなか見つからない。

 ……やっぱり一人だと心細いな。

 なんて思いながらも、歩みを止めないようにとめどなく足を動かす。

「あ……ここならよさそう。」

 その時私は、一つの教室の前で立ち止まった。

 確かここはいろんな用具が置いてあって、倉庫と化している空き教室。ここだったら滅多に人が来なさそうだし、時間もいい感じにつぶせそう。

 ひっそり心の中で思いながら、興味本位で教室の取っ手に手を重ねる。

 ……でもその直前で、指先から体が固まった。

「あべ、くん……。」

 五センチくらい開いていた扉から見えたのは、この教室の中でぼんやりと外を見ている阿辺君の姿。

 阿辺君は私の存在に気付いてない。それが不幸中の幸いというか、なんというか。

 ……バレない内に、早く立ち去ろう。阿辺君といるのは気まずい、気まずすぎる。

 あのウソコク以来全く話してないこともあり、無意識に一歩身を引く。

 物音を立てなければ、きっとバレない。

 ふっと、そんな考えを巡らせつつあった最中さなかのこと。

 おもむろに阿辺君は持っていた野球ボールを上に投げた。

「っ……!」

 そのボールがちょうど当たり、グラッと大きな棚の上の荷物が揺れる。そしてその下には阿辺君がいて、直感的に“危ない”と感じた。

 あのままじゃ阿辺君にその荷物が落ちてしまう。当たりどころが悪かったら本当に危険だ。

 ……阿辺君と関わるのは、やっぱり怖い。

 それでも、見て見ぬふりなんてできないから。

「阿辺君っ!」

「? 誰だ……――って、うわっ!!」

 駆け足で阿辺君のところまで行って、腕を掴む。

 そしてそのまま自分のほうにぐいっと引き、荷物が当たらないように避けた。

 その途端、背後からドンガラガッシャーンと言葉にしようのない激しい落下音が聞こえる。

 音的にも重たいものとかいろいろ入ってそうだし、本当に間一髪だ……。

「阿辺君……だ、大丈夫? 怪我とかしてないっ?」

 ぱっと腕を離し振り返って、阿辺君に確認を取る。

 見た感じは大丈夫そう……どこか掠ってるかもしれないけど、大きな怪我はなさそうだ。

 とりあえずほっと胸を撫でおろし、チラッと背後を見ようと視線を動かす。

 だけどその時、阿辺君がぽつりと呟いた。

「……それは、湖宮が心配することじゃねーだろ。」

「え?」

「俺の心配。何で湖宮がしてんのって聞いてんの。」

 一言目は、どういう意味で言われたものなのか全然分からなかった。

 でも補足のように言われた直後の言葉で気付き、察してしまう。

 きっと阿辺君はこう思ってるんだ。『ウソコクしたのにどうして助けたんだ。』……って。

 自意識過剰なのは重々承知だけど、私にはそうとしか見えない。

 正直のところ何て言えばいいのか分からなかったけど、ここで変に取り繕ってもダメだと思って考えていたことを口にした。

「怪我しそうな人を無視するなんてできなかったから、かな。」

「それでも……、湖宮が俺を助ける理由にはならねーはずだ。」

 そこまでで切って、浅い息を一つ吐き出した阿辺君。その言動から、阿辺君の考えていることは見えてこない。

 ……阿辺君は一体、何を考えているんだろう。

 阿辺君と関わりを持たない私は、阿辺君について何もかも知らない。

 元々感情を察すること自体が苦手だけど……特に阿辺君は分からなかった。

 いつもいろんな人の真ん中で元気に振る舞っている、みんなの太陽のような存在。

 だからこそ、こういう時彼が何を考えているかを想像することもできない。

 なんていろいろな考えを巡らせていると、突然阿辺君は呆れたように切り出した。

「湖宮がどんな理由であれ俺を助けたのかは知らねーけど、俺のことなんかほっとけばよかっただろ。つか、あの時あんだけ泣いてたのに助けようって思うとか……案外アホなんだな、湖宮って。」

「……否定は、できないかも。」

 ここまではっきり言われると悲しくもなってくるけど、本当のことだから全面的に否定できない。

 だから少しだけむむ~っとした視線を阿辺君に送っていると、今度は何故か突拍子もなく吹き出した。

「はっ、そーやってすぐ認めんだな。自分が地味で冴えないのも、認めんのか?」

「だって……それは本当のことだから。否定のしようがないよ。」

「……なんかここまで潔いとつまんねーな。」

 えぇ……そんなこと言われても……。

 なんとも返しに困る言葉を浴びせられ、思わず口を閉ざしてしまう。

 そんな私を阿辺君は不思議に思ったのか、次は鋭い声で尋ねてきた。

「この際だから言わせてもらうけどさ、マジで湖宮って可愛くねーよな。そのやたらでっかいメガネも、明らかに優等生ですって言ってるような服装とか仕草も。まぁとりあえず、全部が癪に障るっていうか……とにかく地味すぎてウゼーの。」

 ……グサッ、と心に冷ややかに突き刺さる。

 うっ……確かにそれはそうだけど、そんなにコテンパンに言わなくたって……。

 この見た目で毛嫌いされてきたことなんてざらにあるし、今更強くどうこう思わないようになった。それでも面と向かってこうもはっきり言われたら、豆腐メンタルがもっとぐちゃぐちゃになっちゃいそうだ。

「……けど」

 でも、おもむろに聞こえたそんな言葉。

 導かれるように阿辺君を見ると、まっすぐ捉えるような厳しい視線が交わった。

「今日でちょっとだけ、湖宮に対する印象は変わった。……お人好しってこと追加しとく。」

 こ、これは褒められているのか貶されているのか……微妙なラインだ。
 
 それにお人好しってわけじゃない。私はただ無視したくなかっただけで、無視しちゃったら後悔が残ると思っただけ。

 それだけでお人好しって言われてしまっても、結局困ってしまう。

「つーか、その無駄にでっかいメガネ外せば? そしたら少しは地味な見た目がマシになるんじゃねーの。」

「は、はいっ……!?」

「ま、どーせ地味なのは変わんねーだろ。さっさと外してみろよ。」

「そ、それはちょっと、遠慮します……。」

「だったら俺が外してやる。」

 丁寧にお断りすれば、阿辺君も諦めてくれると思ってた。

 だけど阿辺君は優しくなくて甘くもなくて、あっという間にメガネを取られてしまう。

「これでちょっとくらいはマシになるんじゃねーの……って、は……っ?」

「あ、阿辺君?」

 私のメガネを左手で持ったまま、口をぽかんと開けた阿辺君。その表情はまるで慌てていて、緊張しているようにも見えた。

 ……どこか、困っているようにも。

「阿辺君どうしたのっ? もしかして、私の顔に何かついてる……?」

 自分を指さしながら、率直に尋ねてみる。

 阿辺君はそんな私をじっと見ていたけど、私の言葉で我に返ったらしい。一瞬だけ固まってから、恐る恐る口を開いた。

「メガネ、外さねーの……? 外してるほうが地味じゃねーし……つーかめちゃくちゃ美少女だろ。何でメガネなんてしてんの?」

「そ、それは……えっと……」

「氷堂のやつは、今の状態の湖宮を知ってんの?」

「う、うん! っていっても、つい最近の話だけどね。」

 あははと乾いた笑みを浮かべ、後ろで手を組む。

 秦斗君は信じられるから、こうしてメガネを外すことができたんだよね……。

 けど今外されたら……って、あれ?

 そこまで考えて、やっと自分の変化に気付いた。

 私、メガネ外してても怖くなくなってる……?

 これまではメガネがなきゃ目を合わせることすらできなかったのに、どうして……。

 うーんと考えてみたけど、特にこれといった出来事は思いつかない。

 でも強いて言うなら、秦斗君と行った遊園地かな……。あの時はほとんどメガネを外してたし、気付かない内に慣れたのかもしれない。

 そう思い始めたらまさにそうだとしか思えなくなって、心にストンと落ちてくる。

 メガネはずっと、外さなきゃって思ってた。いつまでもメガネに頼ってちゃダメだって分かってた。

 ……だから、嬉しい。

 自覚していない内に耐性がついていたのはびっくりしたけど、これはこれで結果オーライな気がする。

「……あっそ。まぁメガネはつけといたほうがいいんじゃね。」

「っ、わっ!」

 ちょっぴりふてくされたように吐いた阿辺君が、唐突にメガネを投げて渡してくる。

 慌てて手を出して受け取り、ほっと息を吐く。

 落とさなくてよかった……。伊達とは言ってもしっかり愛着がある、壊したくない。

 ……私を守ってくれた、お守りだから。

 まだ学校で外す勇気はないけど、ゆっくり少しずつでも外していければいいかな。

「なぁ、俺の告白が嘘って知った時……泣いてただろ。そんなに俺の告白が嬉しかったのか。」

「……うん、とっても。私に好意を抱いてくれる人がいるんだって、思って……っ。」

 それは結局偽りだったけど、嬉しかったんだよ。自信もつくんじゃないかって思ってたよ。

 阿辺君のこと信用してもいいのかな……って思ったりもした。

 ……だから、嘘だって分かって怖かった。人を信用するのにはやっぱりそれ相応の覚悟がいるんだって、身に染みて分かった。

「阿辺君のことは……正直今でも、怖いって思ってるけど……嘘でも、私に告白してくれてありがとうっ。」

「っ……変なやつ。そういう時は責めるもんだろ。」

「え……? な、何で?」

「だって、泣くくらい湖宮は傷ついてたのに礼を言うなんてどうかしてる。いっそ罵ってくれたほうがマシだったのに。」

 吐き捨てるようにそう言って、阿辺君は私に背を向ける。

 ……悲しくなかったっていうと、もちろん嘘になる。

 騙されたのも、好意的に思われてなかったのも、私にとっては苦い思い出でしかない。

 だからこそ、阿辺君に言いたい。

「それでも……嘘でもそう言ってくれて、本当に嬉しかった。だからありがとうだよ。」

 教室を出ようとした阿辺君を引き留め、笑顔で本音を伝える。

 すると阿辺君はゆっくり振り返って、はぁ……と心底呆れたようなため息を吐いた。

 ま、またアホとか言われちゃうのかなっ……。

 そう思い少し身構え、自分の手をぎゅっと重ねると。

「……――悪かったな。」

 そんな、思いもよらなかった謝罪の言葉が飛んできた。
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